18
同窓会の日がやってきた。特に楽しみでもなんでもなかったが、たまにはいいかという、気楽な感覚で支度をする直樹だった。慶子が声をかける。
「もういく?私はそろそろ颯介のとこへ行っちゃうけど」
「まだいるよ。鍵かけておくから持って出て」
「わかったわ。じゃいってらっしゃい」
「いってきます」
時間を見ると六時だったが歩いて十分足らずなので気にせず出かけた。
会場の『シフト』に到着する。この店は直樹が子供のころからあって当時は同級生、三上の父親が経営するバーだったようだが、今ではタコスの美味しい多国籍レストランになっている。フロアは広くたまに結婚式の二次会や新年会などのパーティにも使われるようだ。中学の同級生は四十五名なのでちょうど良い会場かもしれない。自動ドアが開くとすぐに会場だ。
「お、大友」
「やあ」
「お前おせーよ」
「お久ー」
「まだ揃ってないだろ?」
数名と口々に挨拶をかわす。まだ全員揃ってないようだ。
「おーい。みんな席についてー」
どうやら揃ったところで乾杯するらしい。六人掛けのテーブルが十席ほどあるが、直樹は適当なところへ腰を掛けた。乾杯の音頭があがり幹事が挨拶をした。もう誰も聞いておらず料理と酒と交流に費やされている。
「よお大友。お前今何やってんだ?」
「キコリ」
「結婚は?」
「まだ」
だいたいこんなやり取りだ。――どこに居てもこんな感じだよな。
男女問わずほとんど既婚者と離婚者で純粋に独身なのは直樹くらいだった。
「結婚はいいよ」
「早まるな」
双方、相反する話を直樹にしてくるのだった。三上が直樹の席にやってきた。
「大友、楽しんでるのか?」
「まあまあ。この店って今三上が継いでるのか?」
「おう。親父は経営下手でさ。俺がなんとか持たせたんだ。たまにそこで仲間となんか下手な演奏してるよ」
なるほどステージがあって小さなピアノが置かれている。
「三上って結婚してたっけ」
「してるしてる。大友はまだなのか」
「まだだな」
「そうか。今時、結婚しなくてもいいと思うけどな。でもしたい相手がいたらした方がいいと思うぞ」
「したい相手ねえ」
緋紗のことが頭をかすめなくもないが打ち消した。三上と飲んでいると佐野達女子三人組がやってきた。
「大友くーん。この前はどーもー」
「いえいえ。こちらこそ」
女子三人組はもう出来上がっているらしく陽気に話しかけてくる。
「なんか、この前ピアノ弾いてた時めっちゃかっこよくてさ。誰かわかんなかったんだよねー」
佐野が他の二人に高いテンションで話し始めた。
「バイトしないと生活厳しいのか?」
三上が怪訝な顔をする。
「いや。そういうバイトじゃないんだ。頼まれて仕方なくな」
「一緒にいた女の子ってさー。彼女?」
佐野が今頃突っ込んできた。――うーん。女ってよく覚えてるよな。
「そんなもんかな」
友達と言うよりも彼女にしておいた方が突っ込まれずに済むと思い、直樹は適当に返す。
「なんだいるのかよ。誰か紹介しようと思ってけどな。結婚式の二次会ででも使ってくれよここ」
「そこまでの関係じゃないよ。まだ知り合って間もないし」
「時間じゃないって。タイミングだよ」
「ノリだよノリ」
三上と佐野は口々に言う。二人とも結婚生活が順調なのだろう。どうやら推進派のようだ。
「ぶっちゃけ年収が低すぎて結婚は無理だよ」
そういうと大抵この話は終わるのを直樹は経験で知っていた。
「そんなに低いのか」
「うん。前のとこに比べたら半分くらいだな」
「そうなんだー。ちょっときついか?」
「自分的にはそんなに不満ないけどね。相手が不満に思うだろ」
「あの女の子いくつ? 相手が結婚したがるんじゃないの」
「二十七だっけかな。自由人って感じだよ」
「でも三十寸前になったら変わるよぉー? 」
佐野は女性視点で話してくる。
「まあそん時はそん時で考えりゃいいさ」
三上はお気楽に酒を注ぐ。
「そうだ。お前になんか聞きたいことがあるって斎藤が言ってたぞ」
「斎藤? 哲也? 」
「うん。斎藤哲也」
「なんだろな。あんまり話したことなかったけど」
「なんか、真面目そうだった」
笑いながら三上が言った。
直樹が席に着くと斎藤哲也が同じく席についてきた。
「久しぶり。変わらないな。大友君は」
「久しぶり。男は皆あんまり変わってないよな」
直樹は笑って言ったが斎藤はなんだか深刻な素振りだ。
「聞きたいことがあるんだって?」
斎藤は頷いた。当時の印象は大らかでのんびりとしたサッカー少年だった。今の斎藤はやけに神経質そうで落ち着きがない。
「林業ってさ。どう? 俺のとこ七月いっぱいで閉めるんだ。他の奴らも似たような製紙工場だからそこへ転職してもなんだか不安でな。ちょっと色々聞いて回ってるんだ」
「俺は林業組合員だからたぶん一生勤められると思う。倒産はないんじゃないかな。でも給料も低いぞ。最初の三年くらい手取り二十ないだろうな。今六年目でやっと二十超えたよ。結婚してたっけ?」
「うん。結婚はもう七年目で子供も小一と三歳なんだ。二十切るかあ……」
「子供ってかかるんだろ?」
「まあなあ。嫁は子供を来年幼稚園に入れて、小学校に上がるまで働かないつもりだったんだが、今回の件でもう来年から働くつもりなんだ」
「共働きでもきついのか」
「うん。嫁はなかなか教育熱心でさ。習い事と塾にかかるんだよ。しかも娘二人だからかかるのってなんのって……」
「そんなにかかるんじゃうちは勧められないよ。人手はないから、いつでも歓迎だけど基本きついし危ないからな」
「そうかあ。俺的にはきついのも危ないのも平気な方だし人間関係でストレスたまるよりは肉体労働のほうが好きなんだよな」
「まあ。俺もそうだよ」
渋い表情の斎藤に、気に入っている森に入った感じや季節の移り変わりの美しさ、心地よい疲労感や充実感などの話はしなかった。この仕事の魅力はきっと伝わるだろうが斎藤の目的は家族を養うことなのだから。
「ありがとう。また考えるよ」
「うん。まあ折角だし飲んで楽しめよ」
「だな」
いつの間にか同窓会も終わりに近づいてきた。半分は二次会へ向かうらしい。直樹も誘われたが断った。久しぶりの賑やかさで疲れはしたが悪くはなかった。しかし考えさせられることも多々あった。結婚、仕事、家庭、人生。直樹にとって今は仕事と人生が充実していて結婚と家庭はなかった。
ぽつぽつ歩きながら自分自身の結婚を想像してみたが何も描けなかった。ポケットに手を突っ込んで緋紗のことを考えてみる。彼女はきっと陶芸が優先順位のトップに来るだろう。そうなると同じ陶芸家であるか、自由でいられるような経済力の持ち主が結婚相手になるはずだ。自分では彼女の結婚相手には相応しくないだろうと結論付けていると、いつの間にか自宅が見えてきたので考えるのをやめた。
三月はログインできないというミストに、スカーレットも窯焚きが始まるので自分も来ないと告げた。
「忙しそうだね」
「ええ。窯詰めちゃう四月まで休みなしなんですよ」
「へえ。でも詰めたらすぐ焚くんじゃないの?」
「そうなんでけど、ガスで三日くらいあぶるんです。だから私は休みになるんですよ。で、そのあと10日くらい連続で焚きます」
「そんなに長い期間焚くんだ」
「ほかの焼き物と違ってゆっくりじっくりなんです。楽しいですよ。最後の方なんか」
「一度見てみたいね」
関心を示す様子に思わず「窯焚ききません?」とスカーレットは誘った。
「え、いいの? 」
「見学の人もけっこう来たりしますよ」
「そっか。土日ならいけるかも」
「スケジュールはもう決まってて、一応最終日は土曜日です」
「行ってみようかな」
「是非是非」
「じゃあ予定しておくよ」
「えっと、じゃ、はっきり決まったらあの電話します」
「うん。それがいいね」
「じゃあ、また」
「おやすみ」
ログアウトした緋紗は久しぶりに心臓がどきどきしていた。なんのことはない窯焚きの誘いだが、緋紗にとっては勇気を出した誘いだった。――この町に直樹さんが来る……。
また実際に会えるのだろうと思うと、緋紗は嬉しくてたまらなかった。もう直樹のことがはっきりと好きという自覚はある。しかし今の関わりが無くなってしまうことが怖くて気持ちを伝えることは出来ない。またこれから伝えるかどうかもわからない。それでも不安は辛さはなく再会の喜びだけがあった。
数か月で色んな作品を作り終え、いよいよ窯詰めが始まりそうだ。緋紗は大、中、小の皿それぞれの高台に銀砂をうち、藁を乗せ重ねていき最後に小皿を置いて牡丹餅という景色ができるようにセットした。今週いっぱいで下準備を終えたら再来週にはあぶりが始まって窯焚きになる。火入れは二日からで最後は十一日の土曜日になりそうだ。一度決まると予定が変わることはなかったがもう少し様子を見て電話をかけようと思っている。準備が遅れて予定に響くといけないと思い緋紗はてきぱきと作業を進めていった。
黙々と作業をこなしていると、あっという間に一日がおわる。
「先生。今度の窯焚き、知り合いが見たいらしいんですけど。最後のほう。来てもいいですか?」
「ええよ。どんな人なら?」
――どんな人か……。
自分との関係についてはうまく説明ができないのでとりあえず直樹の職業を話してみた。
「えっと。林業やってる人です」
「林業って言うと男か」
「緋紗ちゃんの彼氏?」
松尾の妻の美紀子が優しく尋ねる。
――突っ込まれると思った。
「いえ。そういうのではないんですけど」
「この前の工芸展で備前焼のことを色々説明してあげたら興味を持ったらしいです」
「ふーん。ええよ。今度はおめえと鈴木と谷口で焚いてもらうけ。最後まで居れるんならおめえと組んで横焚きすりゃええ」
「打ち上げもどうぞって言ってあげて」
「え。いいんですか。ありがとうございます」
備前焼きは他の窯業地と比べて比較的オープンだ。釉薬ものをつくる陶芸家には釉薬そのものにも窯の温度の上げ方や冷まし方などにも企業秘密があるらしく容易に仕事場を訪れることができにくい。こうやって初めての人が参加できる大らかさは備前焼の魅力の一つだ。――直樹さんと窯が焚けるのか。
いつも待ち遠しい窯焚きがますます楽しみになった。
緋紗は窯焚きのスケジュールがはっきりきまったので、直樹に電話をかけることにした。繋がるまで緊張し息が浅くなった。
『はい』
後ろでガヤガヤ騒がしい声が聞こえる。家族と過ごしているのだろうか。
『あ、こんばんは。緋紗です。今忙しかったですか?』
『ううん。ちょっと待ってね』
『あ、はい』
『お待たせ、日程?』
『そうです。たぶん最終日が十一日の、えと来月の、土曜日になると思います。先生と奥さんが一緒に焚いてもいいですよって』
『へー。素人が窯に手を出してもいいの?』
『一応私とペアです』
『行くよ。土曜ならちょうどいいや。お昼過ぎには着けるけど遅い?』
『いえ。本格的に焚き上げるのは夕方くらいなので大丈夫です』
『うん。わかった』
『それと服は綿百がいいです。高温の火に近づくとポリとかの合成繊維は燃えてしまわずに溶けて肌に張り付いちゃうんですよ。すごく危ないですから』
『そうなんだ。こわいね』
『そんなものです。長々とすみません。失礼します』
『うん。じゃあ楽しみにしてるよ』
『あ、はい。私もです。おやすみなさい』
『またね』
電話をきって直樹の声を頭で再生させた。『楽しみにしているよ』窯焚きのことであろうがとても嬉しかった。




