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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第一部

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17

 備前に帰ってきてから一か月がたった。緋紗も直樹も特に連絡を取り合うでもなく、そのまま時間だけが過ぎた。緋紗は毎週土曜日にインターネットゲームにログインして直樹に会えることを願っていた。

このゲーム内では対立国家の別種族なので基本的に交流はでき辛い。一度でもゲーム内で会っていて友達登録機能を使っていれば会話も可能なのだが未だ会えていなかった。

忙しいのか直樹はログインしていないようだ。

――そろそろ戦争か。今日はどうなのかなあ。


 とにかくログインしてみる。緋紗はカタカタとIDとパスワードを打ち込んだ。

 ローディング画面が流れ、『スカーレット』が登場する。

なんとなく戦争をやり過ごし、共通国家ですごしているとミストが飛んできた。


「久しぶり」

「お久しぶりです」

「元気だった?」

「ええ。最近インしてなかたんですね」

「うん、ちょっと忙しさと疲労でね」

「肉体労働ですもんね」


何気ない会話を交わしてミストは「おやすみ」とログアウトした。戦争も出ていないようだったし、もしかして会いに来てくれたのかなとも思ったが、それはどうか分からない。スカーレットも武器と防具を修理してログアウトした。


 緋紗はワインを冷蔵庫から出してきて備前焼きのグラスに注ぐ。さっきの直樹の姿を思い出す。直樹のことを知らなければあの獣人の狂戦士『ミスト』が本人と結びつきにくいが、今はあの姿に違和感がなかった。自分でも『スカーレット』は分身のようで本人のような錯覚を起こす。――仮想現実ってすごいよな。

 『ミスト』は静岡にいるときの直樹のようだ。威圧的で好戦的でセクシーな。緋紗は小さな小箱からスギのエッセンシャルオイルを取り出した。コットンに少し落としてみると青っぽい森のさっぱりとしたようなしっとりとしたような香りがする。――会いたい……。

 本来はリラクゼーションに効果があるのだろうが緋紗にはまったく逆効果だった。直樹自身がつけている香水ではないものの木の香りは直樹を思い出させた。枕元に置いたコットンから薄っすらと香りが広がってくる。スギの木の香りに包まれて直樹のことを夢に見られるように祈りながら眠った。


 直樹はゲームを落としてから緋紗の住む、備前市の伊部駅周辺のマップを開いた。備前焼作家と窯元以外に少しの個人店と病院、ビジネスホテルが一軒ある程度だろうか。――陶芸しかないところだな。

 眺めていると携帯電話が鳴った。番号が通知されているだけだ。


『もしもし』

『大友か?俺俺』

『オレオレ詐欺か?』

『三上だよ。三上博通だよ』

『ああ三上か。久しぶり。よく番号がわかったな』

『この前、佐野に会ったろ』

『ああそうだった』

『同窓会の場所と日時決まったから教えておこうと思ってさ』

『葉書出さないのかよ』

『出すよ。でもおまえいつも音信不通だったからさ。どこいるんだよ今』

『実家に帰ってるよ』

『なんだじゃあ来いよな。場所は【シフト】な』

『おまえんちじゃん』

『ハハハ。そうだよ』

『三月二十一日の六時から一応十時までで二次会は適当だな』

『祝日か』

『都合悪くないだろ? 佐野から大友は土日祝休みで残業なしとか聞いたぞ』

『そうだけどな』

『飲み放題にするから楽しめよ。ほとんど全員参加だ』

『うん。まあいくよ』

『じゃあな』

『じゃ』


 ――同窓会か……。たまにはいいか。

 パソコンを落としてベッドに入った。


 小夜子にきついアイラインを入れられていた緋紗の目を思い出す。豹のような目と紅いドレスはそれまでの緋紗の中性的なイメージをぐっと変えた。ぼんやりとだが彼女の事をよく意識している気がする。今夜もゲームよりもスカーレットに会いに行ったのだ。彼女の存在がどんどん大きくなっていることに躊躇いはするが、不快では決してなかった。


 二月と三月は〈地拵え〉を行う。新しく苗木を植えるための整地作業で、刈り取った雑草やら伐採した木の枝などを取り除く。これが結構な重労働だ。伐採した木は案外太く丈夫なものがあり、常にチェーンソーを振り回している。年がら年中楽な作業一つもないのだが、直樹にとって森にいることが自然なので今のところ苦ではなかった。

ただ以前の仕事のように、帰宅後『睡眠時間を削ってゲーム』ということはできなかった。したいとも思わなかった。少しのインターネットや読書程度で夜は終わっても直樹には十分満足なプライベートだった。更に緋紗の出現により、日常が活気づいている。そのためより満足度が上がっている。

 仕事を終えて帰宅すると母の慶子の声がかかる。


「おかえりー」

「ただいま」

「すぐ食べられるからねー」

「着替えてくるよ」


 毎日変わらないやり取りがなされる。

 部屋着に着替えてダイニングテーブルに着くと、次々に料理が並べられ慶子も席に着いた。


「今が一番寒いわよね。平気なの? 薄着だけど」

「山にいると暑いくらいだよ」

「身体動かしてると冬でも暑いものなのねえ」


 母とは仲がいいのだが二人とも寡黙なたちなので、たいして会話はない。対照的に今は亡き父と兄の颯介はやかましいくらいだ。――静かなのが一番だよ。

 賑やかさが嫌いではないが毎日になると静かな方が好ましかった。――ああ、そうだ。

 同窓会のことを思い出す。


「来週の土曜日は同窓会に行ってくるよ。だからご飯もいいよ」

「そうなの。どこで?」

「三上んちの『シフト』」

「ああ近いのね」

「飲むし歩いていくよ。二次会はわからないけど遅くなるかも」

「そんなのに行くのなんて珍しいわね」

「まあね。直接来いよって言われたしね」

「楽しんでくればいいわよ」


 直樹が付き合っていた彼女と別れて、何年も一人でいることを慶子が心配しているのはわかっていた。しかし辛抱強く寡黙な母は何も聞かないし何も言わない。直樹はそんな母に軽く申し訳ない気もしたが、兄が家庭を持ち孫もいるので、それ程気にはしなかった。毎日の生活を感謝しているが、母が兄のもとで暮らし自分は一人で暮らしてもいいと思うくらいだ。自分には兄のように『幸せな結婚をして孫の顔を見せること』ができそうになく感じている。

スープの冷めない距離に兄夫婦がいるので会おうと思えばすぐ会えるのだが、直樹には父なき今、静かに過ごす母の夜は寂しいのではないかと思っている。


「じゃ颯介のところにでも行ってこようかな」

「そうしなよ。義姉さんはもっと聖乃を見てほしそうだよ。」

「そうねえ。今かわいい盛りよねえ」


 慶子は楽しげに顔を綻ばせる。


「女の子はほんと可愛いわよねえ」

「男二人でごめんよ」


 二人で笑って食事を終えた。

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