14
「失礼します」
緋紗はアトリエのドアを開けた。
「こっちこっち。一応、今日は手びねりなんだけどロクロもやってみたいって子供の希望があってね。大人二人はこっちでゆっくり手びねりしてるからひさちゃんは子供にロクロさせてやってくれない?粘土はここの自由に使っていいよ」
和夫は粘土の入ったムロを開けて緋紗に見せた。十キロずつビニール袋に入っている。一袋取り出して作業台に置きビニールをはいだ。とりあえず針金で四等分にしてみる。子供がちょっと使う分には二、三キロあれば十分だろう。切った粘土の柔らかさを確認するべく一つの塊を菊練りしてみる。
「おお。さすが上手いな~」
和夫が感心して声を上げた。緋紗は照れ臭そうにへへっと笑った。
家族連れがやってきた。
「こちらへどうぞ」
和夫が作業台の手回しロクロの前に案内する。両親は四十代、子供たちは小学六年生と四年生の姉妹だ。旅の記念の器を作りたいらしい。とりあえず四人に腰かけてもらい和夫が説明を始めた。
「お父さんとお母さんは僕がここで紐作りというやり方を教えますので見ながらやってください。娘さんたちは今日、岡山の備前というところから来てくれた『ひさ先生』にロクロを体験させてもらってください」
先生と呼ばれ気恥ずかしいが、一応自分の中で一番自信をもってできることなので頑張ろうと気合を入れた。
「じゃ、『ひさ先生』頼むよ」
和夫は緋紗に子供たちを任せた。
「はい。じゃあこちらに来てください」
女の子たちをロクロの前に連れていく。まずは緋紗がロクロでコップをひいてみせた。ロクロの回転を利用して粘土を引き伸ばしたり押し倒したりして土殺しをする。成形しやすいように山形に整えコップの量の粘土を手の中にとり、穴をあけ広げ引き延ばす。そしてコップの形に整える。この一連の動作は本来一分くらいなのだがパフォーマンスもかねて三分くらいかけた。
「すごーーい!」
姉妹が感嘆の声を上げる。気分を良くして緋紗はそのコップを広げて皿にしてやった。
「すごーい!」
歓声が上がる。
「さあじゃあやってみようか。どっちからやる?」
姉妹は顔を見合わせてじゃんけんを始めた。
「わたしからー」
姉のほうが先になった。ロクロは初めてらしい。
「うわー。ヌラヌラだあー」
濡れてドロドロした粘土は初めてのようだ。少しだけ自由に粘土の感覚を味あわせてから、子供の手を軽く支えて形を作り始めていく。
「うわー。穴が開いたー」
「この親指を外に広げていくよ」
一つ一つの動作が子供たちには新鮮らしく、何かすれば形が変わることへ目を輝かせている。上へ上へと粘土を伸ばす。緋紗は子供にばれないように力を入れて粘土を引き上げる。子供たちは自分の力でコップが大きくなったと思い喜ぶのだった。
「すごい大きいのができたよー」
満足げに姉は椅子から降りた。コップを粘土の塊から、木綿の細紐で切り取って板の上に置く。
続いて妹だ。
「お姉ちゃんよりおっきいの作る!」
負けん気が強そうな妹だ。
「はいはい。頑張って」
姉は気楽に返事をするが、妹は真剣そのものだ。指にすごく力が入っているので、リラックスさせた。
「そんなに強く持たなくても大丈夫だよ。ロクロは回ってるからあんまり力が要らないんだよ」
一生懸命な子供はとても可愛らしく感じる。さっきと同じようにコップを作る。なんとか姉のコップより大きく作れたようで満足そうだ。また細紐で切って並べておいてやると、一センチ程度だが妹のほうが高い。それを確認して妹は手びねりをしている両親に自慢しに行った。
「みてみて。上手だよ。大きいんだからー」
姉のほうはもう手びねりのほうを見ていた。
「二人ともうまいじゃない。お母さんもロクロすればよかったかなー」
嬉しそうな姉妹に緋紗は、「サインいれておく?」と、聞いた。
「いれるいれる!」
二人は細い棒でサインを大きく入れた。
「これだけ大きい名前が入ってると絶対間違えないね」
妹は嬉しそうに自分の入れたサインも眺めていた。
陶芸教室もそろそろ終了だ。手びねりも、もう仕上がっていて大人たちは手を洗っている。
「ありがとうございました」
子供たちも緋紗に笑顔でお礼を言い、両親も、笑顔で緋紗に礼を言う。
「いいものができて良かったです」
「いえいえ。こちらこそ、楽しんでももらえたようでよかったです。」
「ひさちゃん、適当に片付けててくれる?お客様を送ってくるよ」
和夫は緋紗に後を任せると、家族四人と一緒にアトリエを後にした。
薪を割っていた直樹は、陶芸体験を終えた家族連れと和夫を横目にし、緋紗の様子を見に行った。扉は開いたままだった。入ってロクロ台のほうを見ると緋紗がロクロを回していた。残ったらしい粘土を使って何やら成形している。
緋紗は粘土を螺旋状に滑らかに引き上げていく。女性の割にゴツゴツした緋紗の手が無駄なく美しく動く。思わず思いついて後ろからそっと緋紗の背中に覆いかぶさり、緋紗の両手の上に両手を重ねる。
「あ」
びっくりして緋紗が後ろを振り返る。すぐ目の前の直樹は笑いながら、「こんな映画知らない? 古いけど」と、両手を重ね続けたまま尋ねた。
「も、もちろん。知ってます」
驚いた緋紗の手の中の皿は勿論ぐちゃぐちゃになった。
「あーあ」
緋紗は崩れた粘土を心の動揺と裏腹に器用にまとめると、一つのきれいな山にした。
「さすが。うまいね」
直樹は緋紗の技術を目の当たりにして素直に感心した。恥ずかしそうに笑う彼女を後にしてまた直樹は持ち場に戻った。
緋紗が粘土を片付けて作業台を拭き終わると小夜子がお昼に呼びに来た。
「ご飯にしましょうよー」
小夜子がいると場所が華やいで明るくなるような気がする。
「はい」
手を洗って食堂へ向かった。
直樹はまだ来ていなかった。
「伸びちゃうから早く食べてね」
小夜子はパスタの皿を二つテーブルに置いて座るように促した。
「教えるの上手だったみたいねえ。お客様、喜んでらしたわよ」
「ああ、よかった。ありがとうございます。前に陶芸教室でバイトしてたことがあったので」
「そうなのー。いいじゃない。またあったら是非お願いしたいわ」
小夜子が嬉しそうに言ってくれるので緋紗は少し照れた。直樹もやってきて厨房へ向かった。二つパスタ皿を緋紗たちの隣の席に置き座った。和夫もやってきて直樹と同じテーブルに座った。
「ひさちゃん、おつかれさま。さっきの教室とてもウケがよかったよ。ロクロもうまくてびっくりしたなあ。今度うちのパスタ皿作ってくれないかな」
そういわれてみると食器は磁器のものが多い。
「そうそう和夫さんは大きいもの出来ないのよね。このくらいのパスタ皿ほしいわ。手作りの」
小夜子も両手を皿の大きさに広げて言った。
「ひさに弟子入りしたらどうです?」
「こいつー。実は俺もそう思う」
直樹の一言に、和夫が大笑いして言った。
「お皿作って帰ります」
「ほんとか。そりゃいいな。マジ頼むよ。二十センチくらいでちょっと深めかなあー」
和夫が具体的なことを言い出した。緋紗は少し考えて提案を一つしてみた。
「粉引きの一部分を月形に抜けば、ペンションの名前と感じがあっていいと思うんですけど」
「あら素敵じゃない。そうしてよ」
小夜子が高い声で言う。
「釉薬にも知識があるの? すごいねえ」
「少しですけど」
和夫に感心されて緋紗は照れ隠しのように、パスタを素早く平らげた。
食後に緋紗はペンションの掃除をしたりショップの品物を整えたりした。直樹は和夫と厨房で夜の支度をしているらしい。小夜子は菜園をいじっている。緋紗は掃除しながら丸太小屋を堪能した。
客が来ると慌ただしくなるし、一日中、何かしらすることがあるが、気分はゆったりとするのだった。陰イオンの効果でもあるのだろうか。こんなに気分よく過ごせる休日もめったにない。ふと、さっきのロクロを回していた時のことを思い出した。映画の中で流れていた曲が頭の中を流れる。――陶芸をしている女の子の過半数は憧れるシーンだよね。
リラックスと動悸が同時に緋紗に起こる。なんだか直樹を変に意識してしまいそうだ。ぼんやりしかけたので慌てて床を磨き、自分を取り戻そうとした。
泊り客がやってきたようだ。小夜子が部屋に案内している。厨房で一通り準備が整った頃、小夜子が戻ってきて直樹に耳打ちした。
「ゴーストごっこいいじゃない。私も和夫さんと今度やろうーっと」
「設定が男女逆じゃないですか?」
「今夜は気分がいいから私が弾くわ」
つんっと顔を上げ、小夜子は支度をしに部屋に行った。
入れ替わりに緋紗が掃除を終えて厨房にやってくる。
「お掃除終わりました」
「こっちも今はいいよ」
直樹はちょうど手が空いたらしい。
「和夫さん、ちょっと散歩してきていいですか?」
「おう。いいぞー」
和夫も少し座って休憩をするらしい。
「ひさ行こう」
直樹が緋紗を外に連れ出す。ペンションの周りにはよく見るといろんな木が生えていた。変わった葉っぱが紅葉している。細長い炎の様なギザギザした不思議な形だ。
「面白い形の葉っぱですね」
「綺麗でしょ。スカーレットオークって言う木だよ。」
――スカーレット……緋色の木。
「普通にモミジも綺麗だけど僕はこの木の紅葉のほうが好きだな」
自分のことを好きだと言われるような気がして緋紗は嬉しくなり、スカーレットオークが好きになった。
「どんぐりも丸っこくてなんか変わってるだろう」
緋紗のてのひらに直樹はどんぐりを三個乗せた。
「ほんとだ。なんか変わってて可愛い」
「さて仕上げするかな。今日は小夜子さんがピアノを弾くそうだから楽しみにするといいよ」
「そうなんですか。なんかすごそうですね」
「すごいよ、実際。ただディナータイムの演奏は有名で静かめな曲を選ぶからね。小夜子さんには合ってないな」
「えー。昨日の選曲よかったんですか?」
緋紗が目を丸くして言った。
「小夜子さんの演奏がお目当てでくる人もいるけど僕のは何でもいいんだよ」
笑いながら歩く直樹の色々な側面に驚かされるばかりの緋紗だった。
ディナータイムが始まる。小夜子は黒のサテンのドレスを着てピアノの演奏を始めた。映画音楽のメドレーだった。『タイタニック』から始まって最新らしいロマンティックな曲が流れる。緋紗は演奏を堪能しているようだ。そろそろかなと直樹は、うっとりして聴いている緋紗を見つめた。小夜子がラストの曲を演奏はじめた。緋紗がみるみるうちに赤面していく。――やっぱりな。そう来ると思った。
直樹はこっそり笑った。ディナータイムも終わり片付け始める。緋紗は夢見心地で片付けている。小夜子が着替えてやってきた。直樹にニヤッと笑いかけたあと、頬を染めた緋紗に、優しく尋ねる。
「ご飯いっぱい食べた?」
「はい。いっぱい食べました。あ、あのすごく演奏が素敵でした」
「ありがとう」
「そろそろいいよー。お疲れさん」
和夫の一声で緋紗はハッとする。
「お疲れ様でした」
これで今日の業務は終了だ。
ぼんやりしている緋紗に直樹は声を掛ける。
「平気?」
「はい。なんかうっとりしちゃって」
「わかるよ。小夜子さんの演奏はなんだか揺さぶられる感じがするよね」
「ええ。最後はドキッとしちゃいましたけど」
小夜子の選曲が意図的であることに気づいてないようなので、直樹は笑ってその場を済ませた。




