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スカーレットオーク  作者: はぎわら 歓
第一部

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 毎週とはいかなくとも結構な頻度で二人はネット上で会っていた。ネットからの知り合いだと、もう少し警戒心が湧き、会話も遠慮がちになるが、先に現実で出会っているのでお互いの事をよく話した。


「この時期ってどんな仕事するんです?」

「冬が本番かも。伐採するんだ。レッドは?」

「同じく作陶するので本番かなあ。粘土の用意は夏なんですよ。水使うから」

「なるほどね」


 直樹の仕事の話を聞くのが緋紗には楽しかった。クリエイティブな仕事だと思っている陶芸は好きだが、季節に呼応して自然の中で作業している姿もいいなあと想像しながら聞いた。


「そろそろお正月ですね。仕事は休みです?」

「うん。勤め人だしね。陶芸家って休むの?」

「今年は休みかな。去年は忙しかったから二日から窯焚きでしたよー」

「へー。なんかやっぱり違う感じがするね」

「だから今年は正月暇ですよ。実家に帰ってもゴロゴロするだけだし」

「そっか。暇なんだ」

「弟子の身分なので旅行とかいくのも経済的に厳しいしなあ」

「ああ、そうだ。休みは何日間くらいある?」

「えーっと三十日から五日までかな」

「よかったら、静岡こない?」

「え? 静岡ですか?」

「うん。遊びじゃなくてバイトに」

「バイト?」


 いきなり誘われたと思ったらバイトの誘いなので、戸惑ったが興味が湧く。


「毎年、年末年始にペンションを手伝っているんだ。一緒に来ない?」

「え。そんなところに一緒に行っていいんですか?」

「うん。まあ人手不足ってやつでね。年末年始だけちょっと忙しいんだ。いつも誰かいないのかって聞かれるんだ」

「そうなんだー。面白そう。バイトならいいな」

「じゃあ、おいでよ。住所も教えてくれないかな。新幹線のチケット送るよ」

「え。いいですよー」

「いいんだよ。旅費も宿泊費も先方持ちだから」

「そうなんですか?」

「うん」

「そんなに至れり尽くせりでいいのかなあ」

「正月の特別料金ってやつだよ」


 こうして緋紗は直樹の誘いを受け、静岡へアルバイトに向かうことにした。



 慌ただしい師走もあっという間に終わる。

 初めていく静岡に緋紗は興奮し、ワクワクしながらジーンズとトレーナーをメインにバッグに詰めた。


「さて、静岡に向けて出発」


 帰省ラッシュのようで岡山駅はごった返していたが、チケットは指定席を送ってくれており緋紗は混雑している中、ゆっくり座ることができた。直樹の気配りに感謝する。――ああ、そうだ。電話しなきゃ。

 何か音楽が少し流れてつながった。


『はい。おはよう。ひさ?』

『そうです。おはようございます。今、岡山出発しました。なので十一時四十分にそちらの駅に到着すると思います』

『うん。迎えに行くから北口の一般乗降場というところにいてくれる? 改札を通ってすぐだからわかると思うけど迷ったら電話して』

『わかりました。じゃまたあとで』

『あとでね』


 ドキドキして電話を切った。いつもチャットで会話を交わしているが電話だと緊張する。電話の直樹の声は実際のそれより硬質な感じで事務的だ。窓から景色を見ようとしたが、目を閉じて体力の温存に努めた。


 直樹が斧で薪を割っているとペンションのオーナー、吉田和夫が声をかけてきた。


「もうそろそろ迎えの時間だろ」

「ああ。もうそんな時間ですか」

「今日はもう、こんなもんでいいぞ」

「そうですか? また帰ってきたら続きやりますけど」

「いいよいいよ。今夜は今夜であれをやってもらうつもりだし。午後は連れに仕事を教えてやってくれ」

「わかりました。じゃあそろそろ行ってきます」


 直樹がここで年末年始のバイトを始めてから四年目になる。林業に就き、一年ぐらいして講習会で知り合ったのが吉田和夫だ。和夫はもともと東京で営業マンだったのだが田舎暮らしがしたくなり、都会の生活を捨て四十歳を期にIターンしてきたのだった。知り合いになるきっかけだった講習会は『薪づくり』だった。講習会では四十代五十代のやはりUターン、Iターン希望者が多い中、一人二十代であり、すでに林業に就いているにも関わらず参加している直樹に吉田は興味を持ったのだった。

 吉田には二十代で仕事の時間以外を、また仕事のような時間に費やすことが不思議に映ったらしい。しかも吉田が二十代の時は『休みは女性と遊ぶもの』だったので直樹のような草食男子が異端だったのだ。今でも直樹の草食っぷりが不思議だがペンションをやるにあたって少し男手がほしかったのと、ストイックな感じが安心できたので直樹にアルバイトの話を持ち掛けた。

 最初の一年は月一で手伝ってもらっていたがペンションの経営が落ち着くのと、吉田の慣れによって今は年末年始の直樹の休みの時にだけ手伝ってもらっている。しかし直樹の環境が変わればこの年末年始のアルバイトもどうなるかわからない。――彼女とかいないのかねえ。

 手伝ってくれるのはありがたいのだが、ずっと独りでいる直樹に心配をしなくもなかった。


 新幹線が到着した。駅は混雑していてなかなか先に進めない。もどかしい気持ちで緋紗は出口を探した。初めての町に少し興奮しながら駅を出て、待ち合わせ場所へ急いぎ、一般乗降場の看板を見つけほっとする。キョロキョロして立っていると目の前に軽トラックが止まり直樹が降りてきた。スーツ姿ではなくグレーっぽいデニムのツナギを着ていて、イメージが違っていた。


「やあ。来たね」

「こ、こんにちは」


 雰囲気が前回と違うので緋紗は少し緊張する。

「荷物それだけ?」

「はい。そうです」


 緋紗の手からボストンバッグを取ってやすやすと車の荷台に乗せた。


「ありがとうございます」

「うん。じゃ乗って。行こう」


 直樹がドアを開けて乗せてくれた。


「軽トラでごめんね。十五分くらいで着くから我慢してくれるかな」

「全然大丈夫です。軽トラ好きですよ」

「そう。よかった」


 直樹はにっこりして発進した。緩い上り坂を進む。軽トラックはマニュアルだがギアチェンジも滑らかで全然揺れない。乗り物にそんなに得意ではない緋紗でも直樹の丁寧な運転で酔わずにすんだ。気分よく乗っていると目の前に大きな富士山が迫ってきた。


「大きいー。私本物の富士山見るの初めてなんです」

「ああ。そうなんだ。なかなかいいでしょ」

「はい。でもなんか大きいカレンダーみたいですね」

 緋紗の言いように直樹は笑った。

「あの。ペンションって何したらいいんでしょうか」


 全く前情報も得ずに来てしまったので心配になってしまった。


「基本的には食事作りの手伝いとベッドメイキングと掃除くらいかな。これから行くペンションはオーナーが趣味でやってる陶芸教室もあってね。よかったらそれも手伝ってあげて」

「へー陶芸できるところなんですかー」


 少しでも自分の得意分野があると安心する。


「朝が少しはやくて、夜まで片付けがあるけど重労働ではないよ」

「弟子の身分なので大抵のことは平気ですよ」

「ああそうだ。温泉があるよ。混浴ね」


 早くも楽しみが増えてきた。

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