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ソロ×ソロいっしょに、キャンピングデイズ!(#ソロキャンディ)  作者: 芳賀 概夢
第五泊「興味なんてなかった。だけど、知らなかっただけだった!」
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第一八話「知ったと思っていた。けど、知らなかった」

 教室に入ったら、まず泊の姿を探す。

 それが遙の日課だった。

 もちろん今日もいつも通り、かわいい泊は居たのだが、いつもと違うことがあった。


「ほむ。ならテントは親戚からもらうの?」


「最初はな。そんなに小遣いないしさ。ちょっと古いけど、ソロ用のテントらしいし」


 遙は二人に近づき、聞こえてきた会話に首を捻る。

 隣のクラスの晶が泊の席に来ているのはいつものことだった。

 しかし、晶が積極的にキャンプ関係の話をしているところなど見たことがない。


「おはようございますー、とま・アンド・あき」


「コメディアンみたいな呼び方やめろよ!」


 晶のツッコミを笑顔で流しながら、遙は泊の席の横にある自分の机に荷物を置いた。

 見れば、泊の机の上にはアウトドア雑誌が広げてある。

 もちろん、これもいつもの見慣れた風景だ。

 時間があると、泊はアウトドア雑誌を眺めている。

 なにを買おう、どこに行こうと考えることが楽しいらしい。


 しかし、それを食い入るように一緒になって晶が見ていることが問題だった。


「それでー、テントがどうかしたのー?」


「ああ。オレが親戚からテントをもらうって話だ」


「えー? 晶がー? どうしてー? テントでなにする気ー?」


「そんなの、キャンプするからに決まってんだろうが!」


「キャンプって……。あー! もしかして、食費がかさみすぎるから家から追いだされて、河川敷で暮らすことになったとかー?」


「それじゃキャンプじゃなく、ただのホームレス!」


「で、でもー、晶がキャンプですってー? ……とまとま、その晶の中身はきっと宇宙人よー」


「そこまでかよ!」


 晶にツッコミをいれられるが、わりと本気で遙は驚いていた。

 なにしろ先週まで、「キャンプなんてめんどくせーし、好きじゃねーし」と晶は毛嫌いしていたのだ。

 それなのに週が明けてみたら、打って変わって楽しそうにキャンプ用品を見ていれば不可解に思っても仕方ないはずだ。


「ほむ、落ちつくのだよ、はるはる。わたしも最初は、晶が前世の記憶をとうとう蘇らせてしまったのかと疑ったよ」


「オレはラノベのキャラか!? ってか、どんな前世だよ!?」


「だがね、話を聞いて納得した。晶は週末に、親戚と一緒にキャンプに行ってきたそうだ」


 遙は、動物園のような写真が晶から週末に送られてきたことを思いだす。

 あれはきっと、でかけたキャンプ場の近くだったのだろう。


「そこでキャンプのすばらしさに開眼したというのだ。よきかな、よきかな」


「なんで言い方が芝居がかってんだよ!」


「ともかくそんな晶のために、このキャンプの大先輩である泊先生が、キャンプ用品の指南をしてやっているというわけさ。ほむ、晶くん。感謝したまえよ」


「はいはい、感謝してますよ。めっちゃ楽しそうにキャンプギア解説しているとまりん先生」


 泊と晶のいつもの漫談を聞きながらも、遙は奇妙な動揺を感じていた。

 彼女の頭の中で「どうして?」という言葉が反響している。だけど、「なにが」なのか自分でもわからない。

 そしてジワジワと強くなってくるのは、たぶん焦燥感。


「で、でも、晶は家のこともあるし、部活もあるしで、キャンプに行っている暇はないんじゃないのー?」


「ああ。まあ、そうだったんだけど。収入もなんとかなりそうだし、実はかーちゃん、明日退院することがきまったんだ」


「あら、それはよかったわー、おめでとー」


「サンキュ。でもまあ、そうなると、すぐってわけにはいんけど、家事関係は少し楽になるんだ。部活は……次の県大会が終わったらやめようかなと思ってる」


「えっ!? 陸上部、やめるのー? あなた、優勝候補じゃないー」


「もともとさ、陸上部に入りたかったわけじゃないしさ。もう少しこう、自由にってか、別のものを見て、しがらみ抜きに好きにやってみようかな……てさ。自分一人でも立てるようになるために」


「晶……あなた……」


 泊ではないが、遙は晶の中に別人格でも生まれたのではないかと本気で疑った。

 目の前にいる晶が、明らかに先週までの晶と違って見えるのだ。

 どこがどうと言葉で説明することはできない。

 しかし、彼女は確実に変化していた。


「でさ、とまりんと話して、この際だからキャンプ部みたいなの作ろうかとか思ってな」


「ほむ。そうなの。うまくすれば部費でいろいろ賄えるかもしれない。そこでもしよければ、はるはるも――」


 始業のベルの音が、泊の言葉を遮った。

 しかたなく、晶は自分の暮らすに戻り、遙も自分の席に戻った。


(わたくしだけ……わたくしだけ……知らないこと……)


 授業が始まるにもかかわらず、遙はスマートフォンを取りだすと、素早くメールを打ちだす。

 自分が理解できないこと、自分だけが共有できないこと、それは許容できることではない。

 ならば自分も、それを知らなければならない。


(あの時の口約束……守ってもらいますわー、営野様)




   §




――先日、お願いしたキャンプ体験の件。ぜひとも、できるかぎり早めにお願いしたく。今週末にでもいかがでしょうか。承諾のお返事をお待ちしております。



 メールの内容は一方的なものだった。

 しかし彼女らしいと思うと、営野も腹は立たない。

 それに立場的に、彼女に逆らうこともできやしない。


(だけど社交辞令かと思ったが、まさか本当にキャンプしたいとはな……)


 むしろ、その内容に驚く。

 あのお嬢様が本気でキャンプをしたがるなどと思っていなかったのだ。


「どうした、かず坊? 難しい顔して」


 真っ白で殺風景な病室に似合わない、溌剌とした声に営野は顔をあげる。

 そして横のベッドに腰かけている水色のパジャマ姿に視線を向けた。


「すいません。やはり、仕事のメールでした」


「まーたまた。その顔は女がらみのメールだろう?」


 彼女は長く伸びた髪を梳かしながら、ニヒヒと笑って見せた。櫛が走っている金髪は、長期入院のためか毛根近くはすでに黒くなり始めている。


「違います。それより退院したら黒くしたらどうですか、髪」


「ダメだって。直矢が『きみには金髪が似合うよ』って言ってくれたんだからさ」


 自分のセリフで顔を赤らめ、片手で頬を押さえる。

 四〇才半ばになっても相変わらずの乙女っぷりだが、見た目は十分若く見え、笑顔には愛らしささえ感じられた。

 しかし、営野としては苦笑するしかない。


「はいはい。わかりましたよ、クリスさん」


「お、おい! バカ、かず坊! いくら個室でも、外でその呼び方はやめろって!」


 彼女は髪を梳く手を止めて顔をひきつらし、周囲をキョロキョロとチェックする。

 喧嘩沙汰ならば肝が据わった人のはずなのに、恥ずかしいことには本当に弱い。


「ま、万が一、誰かに聞かれた恥ずかしいだろうが!」


「はいはい。わかりましたよ、『(いり)(たに) 水晶(みずあき)』さん。なら、俺のことも『かず坊』とは呼ばないでくださいよ」


「またそれかよ。『かず坊』は昔から『かず坊』なんだからあきらめろよな」


「勝手なことを。なら、かつて埼玉レディースで、クリスタル・クイーンと呼ばれた……」


「やめろー! マジ黒歴史だからな、それ! だいたいよ、オレがそう名のったわけでもねーんだぞ! 名前のせいでな……」


「ほら、クリスさん。また『オレ』になっていますよ。油断するとすぐなんですから」


「おっ。つい! ……ごほん。あたくしがそう名のったわけでもありませんのよ。そしてクリスはやめろ、このやろう?」


 かなり無理があるが、とりあえずそこは突っこまない。

 話が進まないことは、営野も身にしみている。

 だからため息で話を括ってから、スマートフォンで時間を確認する。

 朝一番で見舞いと明日の予定を話しに来たが、そろそろ仕事に戻らなければならない。


「とりあえず、明日は一〇時に迎えに来ますから。荷物の片付けとか進めておいてくださいよ」


「わかってるって。じゃあ、悪いけど頼むわ。……って、そうだ!」


 髪をひとつに結んだクリスが、パンと手を叩く。

 そして晶そっくりの目を細くして、唇をUの字にした。

 彼女の悪戯好きの子供のような表情に、営野は悪い予感しかしない。


「晶とキャンプ、どーだったのよ?」


「ああ。楽しくキャンプできましたよ。いろいろと飯も作ってくれて、さすが晶ちゃんって感じでしたね」


「そーいーうーことじゃーなくうぅぅぅ! どうよ? 晶と過ちのひとつもしちゃったの?」


「あのね、クリスさん。高校生相手にそんなことするわけないでしょ」


「なに言ってんだよ。知ってんだろ、晶子ができたのはアタシが高校生の頃だぞ」


「知っていますけど、それはそれ、これはこれです」


 またかと、営野は大きくため息をつく。

 この母親は、絶対に自分の娘たちの恋愛事情を楽しんでいる。

 そしてこの話をし始めると、なかなか解放してくれない。

 今もさっと営野の袖口をクリスがつまむように捕らえていた。


「なんだよ。晶のやつ、モーションのひとつもかけなかったのか?」


「まあ、それなりにがんばっていましたけどね。かわいいもんですよ」


「まーたスルーかよ。かわいそうな、我が娘。しくしく」


「なに言ってるんですか」


 そう言いながら営野は、泣き真似をするクリスの手をそっとはずした。

 そしてずれたスーツのジャケットを正す。


「まだ晶ちゃんは子供ですよ」


「んじゃ、大人の晶子ならいいじゃんかよ。早くもっていけよ!」


「あのですね、土産物じゃないんですから」


「土産物なら、のしつけて宅急便で送ってやるところだぜ。ってかさ、かず坊なら二人ぐらい養うの余裕だよな。晶子も晶もまとめてもらってくれよ」


「なに言ってんですか、あなたは……」


「だってよ、二人ともかず坊にゾッコンだぞ。なら、二人嫁にしても問題ないじゃん」


「ありますよ!」


「あたしとしてはマジにさ、かず坊に二人とももらってもらえば安心なんだけどな」


「そんなの二人が不幸でしょう」


「いいや、大丈夫だ。かず坊なら二人でも幸せにしてくれるって信じてる。特に今のかず坊ならな」


 窓からさしこむ朝日を背中に受けたクリスが、意味ありげに笑った。

 その表情に、なぜか営野は緊張してしまう。


「今の……とは?」


「なんかここ最近のかず坊、変わったなって思ってさ。人を察するのがうまくなったってか。人との間にある壁がなくなった……とまでは言わないけど、薄くなった気がするんだ」


「失礼ですね。もともと人づきあいいい方ですよ」


「よく言うぜ! どうせ表面だけだったんだろ? でもさ、今も話していて違う気がするし、晶をキャンプに誘ったことだって今までは考えられなかったし」


「晶ちゃんを誘ったのは、仕事の関係でたまたまです」


「ふーん、そうか。……まあ、もし誰かのおかげで、かず坊が変わったならさ、その誰かはうちの娘のどちらかであって欲しいなって思ってな」


「……知りませんよ」


 営野はそう答えた。他に答えがないと思ったからだ。

 しかし、不思議とクリスは、その営野の様子を見て肩を落とした。


 それはきっと落胆だったのだろう。

 その理由はわからないが、営野は壁の時計に目がいった。


「おっと。そろそろ本当に時間がないので。では、明日に」


 営野は慌てて、病室をあとにした。



   §



「やれやれ……」


 病室に一人残ったクリスは、かるくため息を吐きだしてから、金属ベッドを軋ませてゴロンと倒れるように横になる。

 そしてクリーム色の天井に向かってつぶやいた。


「バカ娘どもめ、逃しやがって。まあ、まだチャンスはあらーな」


 換気のために開けていた窓から、一陣の風が吹きこんで彼女の金の前髪を泳がせる。

 それは、これから到来する厳しい寒さを伝えるものだった。




                               第五泊・完


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