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ソロ×ソロいっしょに、キャンピングデイズ!(#ソロキャンディ)  作者: 芳賀 概夢
第五泊「興味なんてなかった。だけど、知らなかっただけだった!」
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第一話「勝負のために来た。だけど、テンパってる」

 それは街中で暮らしていたが故に、しばらく忘れていた風景だった。


 (あお)く、(あお)く、(あお)く、そして水色から白へと変わる遮るものがない空。

 その空の下を走る風は、周囲の木々を澄んだ冷たさで撫でていく。


 ああ。撫でられるのは、木々だけではない。


 (みどり)に、(みどり)に、(みどり)に、そして茶色の混ざった凹凸を浮かばせる大地。

 その大地の上を走る風は、いくつも並ぶテントに土の香りを運んでいく。


(なんか展示会……ってか集落みたいだ)


 晶は目前に広がる景色に見いってしまう。


 白色、灰色、黄土色、茶色、黄緑色、緑色。

 丸、三角、四角。

 小さいの、大きいの。


 別にテントを見たのは初めてではない。それに先日、泊とキャンプ用店舗に行ったさいに、展示されていたテントはいくつか見ている。

 だが、こうして実際に目の前でたくさんのテントが並んでいるのを見るのは迫力が違う。

 それに店舗で展示されているのとは、雰囲気が違って見える。


 左手には、区画された範囲に整然と並んでいるテント群。

 一見すると、所狭しとひしめくように立てられていても、それぞれの空間を確保してテーブルや椅子、焚火台がテントの外にも並べられていた。

 しっかりと自分たちのスペースができあがっているのだ。


 右手には、広々とした空間に気ままに並んでいるテント群。

 一見すると、自由そうに立てられていても、不思議となぜか無秩序さがなく、椅子や焚火台が見えない境界線の中に並べられていた。


(確か区画サイトとフリーサイトだっけか?)


 きっちりと区切られているが他人と密接しているのと、区切られず他人との境界はあやふやだが離れているのと、いったいどちらがプライベート感が保たれているのだろうか。

 そんなことを考えながら、晶は冷えてきた手をダウンジャケットのポケットへ突っこんだ。


「お待たせ。受付は済んだから、場所を探すか」


 ロッジのような、ちょっとしゃれた二階建ての建物から出てきたのは、かず兄だ。

 正面にある大きな木製のテラス部分で待っていた晶は、その姿にコクリと頷く。

 いつものように明るく「ありがとう」と言いたいのに、ドギマギとして言葉が綴れない。


(な、なんか……今になって緊張してきちまった!)


 眠れなくなりそうなので前日までなるべく考えないようにしていたが、今日は想い人と二人きり、狭いテントの中で一緒に寝るのだ。

 相手は自分のことを妹のように思っていることはわかっているが、こちらとしては意識がまったく違う。

 まちがいが起こるとは思っていないが、希望的には起こって欲しい。晶にしてみれば、それはまちがいではないのだから。


(姉貴に釘は刺されたけど、そんなの無視だ。ここでアドバンテージを稼がないとな!)


 一一月末の連休。晶は「かず兄」こと営野と共に、千葉県成田市にある【成田ゆめ牧場ファミリーオートキャンプ場】にきていた。家事も休み、部活も休み、友達の遊びの誘いも断って挑む、一世一代の大勝負だ。


 本来、男の人と二人きりで旅行など、バレたら事案発生とばかり問題視されることまちがいなしだろう。しかし、この旅行はもちろん晶の母公認でもあるし、そもそもかず兄は晶の遠縁の親戚になる。いわば、「親戚のおじさんと旅行にきた」という話なのだ。


(だから問題はねぇぞ! うん……で、でもなぁ……)


 がんばらなければならない。しかし、その頑張り内容を具体的に考えてしまうと、四〇〇メートル完走直後のように心臓の鼓動が激しくなる。


(やべぇ……やべぇよ! どうしよう、オレ……。ってか、もうどうしようもないけどさ!)


 意識しすぎだとわかっているのだが、動揺と高揚が止まらない。


「晶ちゃん。移動するぞ」


 気がつけばいつの間にか、かず兄は一時駐車場に駐まっていた車の運転席に座っていた。

 晶は慌てて走りよる。


「ご、ごめん、かず兄。テントがいろいろあって面白くてさ」


 適当なことを言ってごまかす。


「ああ。気持ちはわかるよ。俺もついいろいろと眺めちゃうからな。毎回、俺も初めて見るテントとかあるし」


 そう言って笑うかず兄は、本当に楽しそうだ。

 こんな楽しそうな顔は、久々に見たかもしれない。

 助手席についた晶も、自然に頬がゆるむ。

 こういう時、晶はかず兄との距離が近くなった気がする。


「さてと。お湯がでる炊事場を狙うとして……Dサイトは静かだけど木が多めだからこの季節は日当たりがなぁ。うん、やっぱり晶ちゃんもいるしGサイトかな」


 受付でもらったらしい地図を見ながら、かず兄が言う。

 晶も助手席からそれを覗く。

 キャンプ場はかなり広いようだった。サイトもAからGサイトまであるらしい。

 Gサイトはどうやらログハウスの目の前に広がるサイトのようだった。


「えーっと、フリーサイトってやつ?」


「ああ。ただ、フリーサイトの申し込みでも、電源のない区画サイトに泊まることもできるけどね。やはりフリーサイトの方が広いからな。ちなみに区画の中には電源サイトもあるんだけど、冬だと人気ですぐに予約で埋まっちまうんだ」


「冬だと? ああ、暖房器具か」


「お。よくわかったな」


「そりゃあ昔、かず兄がいろいろと話してくれていたからな」


「ああ。そう言えば、いろいろ話したな。よくそんな前のことを覚えてたな」


「そりゃあ、覚えてるに決まっているぜ……ゴホッ……決まっているよ」


 かず兄の興味のあることは、聞き逃すまいとした。なにが好きでどんなことが嬉しいか知りたかったからだ。特にキャンプの話は、聞いたこと全て覚えるようにした。


 しかし聞いている内に、そのキャンプに対して嫉妬が募っていった。なぜなら、キャンプに連れて行ってもらえなかったからだ。自分は、かず兄の好きなことを一緒にできない。それどころか、かず兄の興味はすべてキャンプに向いている。

 キャンプの話を聞いていると、まるで恋人ののろけ話を聞かされている気分だった。


(でも、今日は違うし!)


 ただのろけ話を聞く立場ではない。そこに戦いを挑んでいける立場になったのだ。


「よし。Gサイトに向かおう。真ん中辺りなら空いているようだし……」


「でも、なんでオレ……あたしがいるとGがいいんだ?」


「話し方、無理しなくてもいいぞ」


「うっ……」


 やはりバレている。

 当たり前だが、正面から言われたら恥ずかしく頬が熱くなる。

 そこに触れて欲しくないのが乙女心だというのに。


「い、いいじゃんか! さ、最近、喋り方を気をつけようと思ってんだよ!」


「まあ、確かにいいことだけどな。……Gサイトのいいところは、受付とか売店があるあのログハウスに近めなところだ。ログハウスの後ろにはトイレもあるし、シャワールームもあるからアクセスがいい。あと遊びにいくとしたら、ゆめ牧場も近い」


「なら、Fサイトのがログハウスの隣だからいいんじゃねぇの?」


「まあな。でも、Fサイトは少し傾斜が強いんだ。それに対してGサイトはわりと平坦でね。傾斜していても慣れていれば対応できるが、これがなかなか初心者にはつらいもんでな。だから、初心者がいるときはなるべく平坦なサイトがいい」


「ふーん」


 もちろん、晶はすぐにその知識を記憶へ書きこんだ。かず兄の言うことは覚えておきたいというのもあるが、この知識は泊に教えてやるのにも役に立ちそうである。


「じゃあGにしようぜ、かず兄!」


「ああ。ならあとは建てる場所を探すか」


 かず兄の車はゆっくりゆっくりと走りだし、道沿いに右へ曲がりGサイトの中に入っていった。そして適当なところでまた右折して中央辺りに向かっていく。

 ゆっくり走るものの芝生の上はデコボコだ。ガコンガコンと車体が少し揺れる。


「あの辺りかな……」


 かず兄がテントが並んでいる中で、広く空いた地面を指さす。

 だが、晶は別の広い場所を指さす。


「あっちの方が広々してるじゃん」


「あっちは芝がハゲ気味で、土がかなり見えているからな」


「土でもいいんじゃね? 別に雨も降ってないし」


「この時期は霜が降りたりして朝になると地面はビショビショになるんだ。そうなると汚れやすいからな。芝生の方がいい」


「そうかぁ」


「太陽は……日当たりがいい方にタープを張るか。さて、荷物を降ろして設営するぞ」


「オーケー! 任せとけ!」


 こうして晶のキャンプが始まった。


※次回は、2023年06月06日12:00に公開です。

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