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ソロ×ソロいっしょに、キャンピングデイズ!(#ソロキャンディ)  作者: 芳賀 概夢
第一泊「執筆ソロキャンプを始める。でも、一人じゃなかった」
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第一話「出るペグは打たれる。でも、抜ける」

(なんで抜けるんだ、この杭は……)


 頭にプラスチックsaの部品がついている鉄の杭を打つこと、早一〇分。

 たぶん、そのぐらい。

 彼女自身、本当に一〇分なのかどうかもよくわからない。

 (とまり)は黄色いプラスチックのハンマーで、杭を地面に打ちつけ続けていた。


(これ、初心者にはムリゲーなのか……)


 杭は二〇センチもない長さだから、挿すのは簡単。

 素手で押しても、地面に潜りこんでいくぐらいだ。

 でも彼女が反対側に行って、また杭を打ちこみ紐を張ると、前に打った杭が紐に引っぱられて、にゅるんと地面から逃げだしてしまう。

 地面が柔らかすぎるのだ。

 女子高生の大切な青春の一ページが、このままでは杭を打つことで終わってしまう。


 今日は連休でキャンプ場も混んでいる。

 そして、まだ一四時ほどだ。

 周りの楽しげな家族の声も耳につき、イライラが募ってきてしまう。


(ほむ。これはあれだな。モグラ叩きゲームだ……)


 右かと思うと左、左かと思うと上やら下やらと、プレイヤーをからかってくるモグラ。

 あれと似たようなことを杭にやられている気分だ。


 ちなみに泊は、最近のモグラ叩きゲームが大嫌いだ。

 点数が低いとモグラどもが、「へたくそ!」とか言って小馬鹿にしてくるところが許せない。

 あれは本当に腹が立つ。

 なぜお金を払った上に、バカにされないといけないのか。

 むしろお金を払っているのだから、失敗しても「大丈夫だよ」「挫けないで」「そんな君が好きだよ」とか慰めてくれるモグラ叩きゲームがあってもいいと思う。


(お客様は、女神様だぞ。わかっているのか、モグラ。じゃなくて、そこの杭。貴様はわたしに身柄を買われたのだから、おとなし――あああぁっ!)


 また紐に引っぱられて、杭が地面を裂くようにして逃げだした。

 本当に「フフ~ン。オレの自由を奪えるなどと思うなよ!」と嘲笑されている気分になってくる。

 そろそろ我慢の限界突破だ。


「ほむ。バカにしているのか? しているんだな? よーし、今度こそ地面に埋めて反省さ……って……今度はあっちが抜けるのかよ……うぬぬ……」


 たかがテントについていたおまけの杭のくせに、なんとも生意気である。

 ぜんぜん思い通りになってくれない。


(……もういいか、このままで……)


 とりあえず、テント自体は立っている。

 ゴムでつながったフレームをガシャンガシャンと伸ばして、それをテントの生地にある穴に通す。

 それを二本通し終わったら、テントの四隅にある穴へ、フレームの端を引っかけてフレームをたわませる。

 すると自然にドーム型になるのだから、最近の技術はすばらしい。


 しかしだ。

 立ちあがったテントを地面に固定するのに、杭を打ちこんで紐で結ばなければならない。

 風で飛んでいってしまっても困るからだ。

 そのためには、紐をピーンと張らなければならないんだけど、片方を張ると反対が抜ける。

 とてもじゃないけど、一人では手が足りない。


 もしかしたら、テントを張るという行為は、一人(ソロ)ではできない高難易度な技術のいることなのかもしれない。

 よく「一見、簡単そうに見えることほど、実際は奥が深いものだ」と言うし。

 これもなにか特殊な技術がないと、達成できないことなのではないだろうか。


「ほむ、そうか。一人でテントを張るために、まず分身の術を身につけるべきなんだな」


「いや、必要ないだろう」


「――!?」


 いきなり後ろから声をかけられて、心臓が跳ねあがった。

 思わず前のめりに倒れそうになりながら、しゃがんでいた腰をあげつつ後ろをふりむく。

 長い黒髪が、見開いた目にかかる。


「あ、すまん。驚かせたか」


「わっ……わたしの背後を取るとは、只者ではあるまい……」


「何者だよ、俺……」


 動揺してよくわからないことを口にする泊に対して、声をかけてきた男性は抑揚なく応じてきた。

 いったい誰だと、彼女はまじまじと容姿を見てしまう。

 見た目は、二〇……いや、三〇才ぐらいか。

 中肉中背という表現が、よく似合うシルエット。

 少し角ばった輪郭に、細目の双眸が眠そうなイメージを与える。 

 というより気だるそう。

 多少の無精髭は見られるが、短く切りそろえた髪は清潔そうだった。


「これなら、忍者じゃなくてもペグダウンできるぞ」


 ジャラッという金属音と共に、その男性が黒いナイロン製袋をこちらにさしだす。


「え? 忍者? 忍者ってなんのこ……――あああぁっ!」


 理由に気がつき、泊は頬を熱くする。

 ばっちりと「分身の術」という、奇妙な独り言を聞かれていたわけだ。

 もしかしたら、その前の杭に啖呵を切っているところも聞かれていたのかもしれない。

 思わず泊は、両手で顔を覆う。


「恥ずかしいこと、この上マックス……」


「……最上位な言いまわしだな。それよりこれ」


 男性は、また黒い布袋を前にさしだす。


「使っていいぞ。このサイト、水はけがあまりよくないっぽい。昨日、雨が降ったらしく、地面の表面が柔らかくなっている。もう少し深くなれば固い層があるから安定する」


「は、はあ……さようで……」


 よくわからないが、さしだしてくれた黒い巾着袋はどうやら自分の問題を打開するアイテムらしい。

 いわば、泣きついたのび太くんを助けるために、ドラえ○んが出してくれたアイテムのようなものか。

 とりあえず、泊は受けとるために片手を伸ばす。


「あ、ありがとう、見知らぬドラ○もん」


「見知らないのに、ド○えもんってわかるのか。それよりも両手で――」


「えっ? ――って重っ!!」


 黒袋を受けとったとたん、ずっしりと片手にかかる重量。

 慌てて両手でそれを支える。


「……ダンベル?」


「キャンプ場で、女の子にいきなりダンベルを渡す男がいるのか?」


 それは確かに、いたら怖い。

 怪奇ダンベル男とかで、ちょっとした都市伝説になりそうだ。


(ほむ。ここは秩父のキャンプ場だから、「都市」はおかしいか)


 セルフツッコミを心でしてから、泊は受けとった布袋の紐を緩めた。

 そして中に入っていた物を一本だけ取りだす。


「……金の杭?」


 なんと光っている。

 金ぴかである。

 思わずなにこれと、彼女は視線で男性に尋ねた。


「新潟は燕三条(つばめさんじょう)の伝統的技術でアウトドア用品を作る【村の鍛冶屋】製の鍛造(たんぞう)ペグ【エリッゼステーク】。その中でも最強の【エリッゼステーク・アルティメット】だ」


「ほむ……よくわからないけどまとめると、伝説の鍛冶屋が作った究極のエクスカリバー?」


「全然違う。なぜまとめると、聖剣伝説になるんだ? ……エクスカリバーではなく、エリッゼステーク。通称、エリステと呼ばれる有名なペグだ」


「エリステ……大仰な感じだけど、要するに杭ですよね? そんなすごいんですか? 心臓に打ちこめば、吸血鬼を一発で倒せるとか?」


「これはペグだから、吸血鬼もテントも倒さない(・・・・)


「誰がうまいことを言えと……」


「二八センチモデルだから、そのネイルペグより深くしっかり入るはずだ」


 こちらのツッコミをスルーされたので、泊はエリステとかいうペグを眺めてみた。


(長い。わたしの杭――ネイルペグ?――よりも一〇センチぐらい長い。マジ、武器になりそう……)


 そして長いだけではなく、太くてずっしりと重く、すごく固そうだ。

 そのひんやりとした鉄の感触は、ゆるぎない頼りがいを感じさせる。


「丈夫そうですけど……金のペグってあるんですね」


「この商品は限定ながらカラフルに作っているからな、ピンクとかオレンジとかもある」


「ピンクにオレンジ……ちょっ、それかわいい。調べてみよ――」


「テント、張らんのか……」


「あっ。そうでした……って、借りていいんですか?」


「学生さんだろ? なら、連休二泊で明後日にはチェックアウト?」


「はい」


「俺も同じだから、その時に返してくれればいい。あとそのプラハンマーじゃ叩けないから、これも」


 ずっしりと重いゴムハンマーが渡される。

 これもまた武器になりそうだなと、泊はなぜか頭の中でハンマーとペグの二刀流の構えを想像してしまう。


「……武器じゃないぞ」


「――っ!? な、なんのことですか……二刀流でカッコイイなど思ってませんよ?」


「そうか。それはショックレスハンマーと言って、衝撃吸収してくれる。反動が少なく手が痛くならないから、女性にもお薦めだ。……それから、さっきから見ていたけど、テントからペグを刺す距離が近いときは、地面にまっすぐ打ちこまない」


「ほむ……。まっすぐじゃダメなんですか?」


「滑りやすいペグは、簡単に抜けてしまうからな。テントと反対側に六〇度ぐらい倒して打ちこむとか、張り紐とペグは九〇度が基本とか、いろいろな説がある。だが、ここは地面が柔らかいから、もう少しテントからの距離をとって垂直に刺すのが一番だ。キャンプ協会なんかのお薦めも、垂直打ちらしいし」


「流派があるのですか……」


「まあ、要するに抜けなければいいんだがな。とりあえず、下の層までしっかり打ちこめ。その先端の紐をひっかけるところがかるく埋まるぐらいまで」


「そ、そんなに打ちこんだら、抜けなくなりませんか?」


「ペグの先端に穴があるだろう。そこに別のペグを差しこんだり、別の金属ハンマーの先端をひっかければ、だいたいは抜ける。……ちなみにエリッゼステークのエリッゼはイタリア語で楕円の意味だそうだ。その通り、ペグが真円ではなく楕円になっている」


「……ホントだ」


 確かによく見れば、わずかに楕円形をしている。


「だから抜くときは回すと、地面の穴がひろがって抜けやすくなる」


「ほむ。なるほど。やるな、エリステ……。作った人、天才じゃないですか? ノーベル賞ものじゃないですか!?」


「ノーベル賞が簡単すぎるだろう……。それより早くペグダウンしたらどうだ?」


「ほむ。そうでした……」




 これがソロキャンプを始めたばかりの少女【新宿(あらやど) (とまり)】と、奇妙な三十路ソロキャンパーとの腐れ縁の始まり。

 そして、泊のキャンピングデイズの始まりでもあった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd001-01.html


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