表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宿神器奇譚  作者: 黒井押切町
戦いの始まり
9/10

黑侠幫④

 K市内のある店で行われた晩餐会で、勝は日本語が話せる者から謝罪の言葉を一人ずつから述べられた。特に同じ朝鮮族の者は、後で必ず埋め合わせをすると言ってかなり丁寧に謝った。勝はそのあまりの必死さに目を丸くすると同時に、それもそうか、とも思った。忠信の話によれば戦いが苦しくなっているとのことなので、これがきっかけで徳橋が協力を打ち切ってしまえば、その苦しい戦いを続ける必要が生まれる。それだけは何とか避けたいということだろうと勝は推定した。


「済まなかったなァ。うちの若いのが無礼を働いちまってよ。ところで、勝君はあまり食事が進んでないようだけど、食欲が無いのかい?」


「あ、いや。そういうことじゃないです。ただ、こういう高い食事をしたことがなくて、ビビってしまって」


 忠信に苦笑いしながら答えつつ、勝は皿に乗っている料理を一瞥した。各テーブルには、中華料理であるということ以外は、名前すら分からない高そうな料理が数多くある。また、彼が言ったことも理由のひとつだが、それ以上に死体を見てしまったことが、箸が進まぬ一番の理由だった。しかし、それを知らぬ忠信は、ひたすら食え食えと勧めてくる。勝が断ることもできずに惑っていると、暫く彼から離れていた雅麗が二人の間に割り込んできた。


「父さん。勝、貰ってくから」


 雅麗はいきなりそのように言うと、勝の手を引いて店の隅まで引きずるようにして連れて行った。


「どうしたんだよいきなり」


「困ってたんでしょ。助けた私を、少しはありがたがってよ」


「そう言われると感謝する気持ちも消え失せるな」


 勝が呆れ気味に言うと、雅麗はむすっとして「生意気」と口にした。勝は、どっちが、と思ったが、口には出さずに心にしまっておいた。つまらない意地の張り合いをしたくはなかった。ところが勝が黙ったおかげで会話が止まってしまったので、仕方なく勝は、たった今ふと思い出したことを尋ねることにした。


「なァ、俺さ、ちょっと疑問に思ってたことがあるんだけど」


「うん? どしたの?」


「さっきのお前の過去話、三栄子とどう共通点があんの?」


 雅麗は目をぱちくりさせていた。彼女はそれから数秒間天井を見上げた後、何か一人で合点がいったように頷きを繰り返していた。


「えっとね。私が凰に認められてから、鴻鈞さんと知り合うまでの間の私と、三栄子ちゃんが似てたの。ほら、あの子、変な意地張ってるじゃん? 家族とは口きかないよーみたいな。あの頃の私も、意地張って人と口きかずに凰にばかり話しかけてたからさ」


「でも、お前と三栄子じゃ程度が違うだろ」


 勝は、深く考えずにそのように指摘するが、雅麗はそれを鼻で笑ってきた。


「私と三栄子ちゃんとで全然状況が違うじゃん。比較しちゃダメだよ。あの子はあの子で大変なんだから。それに、今は好きにさせた方がいいよ」


「そうかね。俺は、三栄子にああいうのはやめてほしいけど。何度言っても聞く耳持ってくれねェし、やめてもらうにはどうしたらいいものか」


 勝が何気なく呟いた途端、雅麗の目の色が変わった。そして、彼女はいきなりヒールの踵で勝のつま先を踏みつけて来た。指が千切れるかと思うくらいの痛みに、勝は思わず大きな呻き声を上げた。幸い、それは喧騒に掻き消されて雅麗以外の誰かに聞かれることはなかったものの、だからといって何かあるわけでもない。


「何すんだよ」


「あのね。ああいうのは自分でいけないことだって気付いて自分からやめなきゃダメなの。特に三栄子ちゃんは馬鹿じゃないんだから。周りが押し付けがましくぐちぐち言うと、将来を殺しちゃうんだよ」


 雅麗は真剣に怒っている。そのことが分かって、勝は反論する気が無くなった。勝はまだ十五年しか生きたことがない上、雅麗の人生ほど密度の濃い時間を送ったわけでもない。浅はかな持論で議論を試みるのはみっともなく、またそれでは雅麗に認められることはないと思えた。


「そうか。そうなんだな」


「分かってくれた? 我慢するのは難しいと思うけど、もう少し待ってあげてね。勝が卒業する頃には、まともになってると思うからさ」


 一転して、雅麗の態度が柔らかくなった。それを見て、勝は前とは違うことを実感し、ほっと一息をついた。前のように下手に反抗していれば、余計に馬鹿にされることは想像に難くなかった。

 それから二人で宴に戻り、雅麗に案内されて、挨拶回りも兼ねて料理を食べて回り始めた。勝は忠信と一緒だった時は躊躇していたが、雅麗と一緒なら、不思議と食事も進むものだった。潘に関しての謝罪も済み、勝の緊張もほぐれてきたので、日本語で意思疎通ができる者とは会話も弾んだ。


「うちの徳橋もそうだけどさ。こういうとこの偉い人、結構愛想良い人多いよな」


 テーブルとテーブルの間を移動しているときに、勝はそのように感じて何気なく呟いた。対して、雅麗は呆れた様子で返答してきた。


「そりゃあ、愛想良くて人付き合いの上手い人じゃなきゃ、この社会に限らず上に立てないって。そうじゃない人は死んでるから。勝さ、徳橋の組長になるならないに関係なく、そのくらいは知っとかなきゃだめだよ」


「ということは、今のうちから気をつけた方がいいか」


「もちろん。と言っても、むすってしてるわけでもないから、こういうのが初めてな子にしちゃよく出来てるよ」


 また馬鹿にされると思いきや、軽く褒められたおかげで勝は少し舞い上がった。しかし、その様を雅麗に見られていると意識し出すと、勝は咳払いをして彼女から目を少し逸らした。するのそれを面白く思ったのか、雅麗はわざと勝の目線の方向に移動した。勝は遊ばれていると分かってはいたが、恥ずかしいものは恥ずかしいので、また目を逸らした。その先にまた雅麗が現れる。そのようなやり取りを数回繰り返すと、突然雅麗はため息をついて、ひとつ大きなあくびをした。


「飽きた」


「ふざけんじゃねェ」


「や、なんで怒ってんの」


 雅麗に冷めた目で見つめられて、勝は返答に窮した。無意味に意地を張るのはやめたといっても、今素直に「割と楽しかった」などと言ってしまえば、それはそれで馬鹿にされることは間違いなかった。気がつくと、勝は周りの者たちにくすくす笑われながら見られていることに気がついた。そのうちの一人の忠信と同い年くらいの男が、日本語で、わざとらしい大声で辺りを見回しながら言う。


「いやァ、みんな。雅麗に嫁の貰い手が出来て良かったなァ!」


「慕容さん? もう歳ですし、あなたのムスコさんは使わないですよね? 邪魔でしょうから切り落として塩漬けにでもした方がいいんじゃないでしょうか」


 勝は恥ずかしがって俯いたが、雅麗の方は、彼女も日本語で慕容に答え、笑顔を浮かべて大股で彼の方に歩み寄った。


「落ち着けよ雅麗。軽いジョークだよ、ハハハ」


「そうですか。じゃあ私も軽いジョークで慕容さんを去勢しましょうかね」


 雅麗が笑顔を崩さずに告げると、慕容は顔を引きつらせ、冷や汗をかき始めた。彼のその様子を雅麗は鼻で笑うと、身を翻して勝の方に戻ってきた。


「偉くなるって良いね。昔ならあんなこと言ったらボコボコにされたけど、今は対等に話できるもの」


 そのように言う雅麗の表情は爽やかなものだった。また、その声も晴れ晴れとした調子だった。それが決定的となり、これまでのやりとりで、ぼんやりと勝の心に浮かんでいたひとつの疑問が具体的な形を持った。


「雅麗。お前、一生を黑侠幫で終えるつもり?」


「黑侠幫かは分からないけど、少なくとも裏社会で人生を全うするつもりだよ」


 雅麗は即答した。あっけらかんと言ってのけた彼女に、勝は目を丸くした。一方の彼女は、どこか遠い目でテーブルで食事をする男たちを眺め、言葉を続ける。


「確かに辛い経験ばかりだったよ。でも偉くなってからはそうでもないし、それに、日本での生活、特に中学生活がね、私には息苦しい」


「息苦しい?」


「うん。だって、あそこじゃ私は素の自分を出せないもの。勝はほぼ四六時中私と一緒だから慣れたかもしれないけどさ、私が初めて本性出した時のこと、思い出してみなよ」


 勝は言われた通り当時の自分を思い出し、それで簡単に彼女の言うことに納得できてしまった。


「確かに、なんて女だって思ったな」


「そうでしょ? ああいう自分を学校で気楽に晒せると思う?」


「それは、無理だろうな。特に仲良いのに限っても、真一はともかく、真面目な薫と笠島さんは受け付けないだろうしなァ。久島さんはちょっと分からないけど」


「そういうこと。自分を偽らなきゃ異物として見られるのがヤなの。裏社会なら、私みたいなのは珍しくないし、別にそれが元で縁を切られるみたいなこともない。潘みたいなのもいるけど、あんなのはブッ殺せば済む話だし。こっちの方が変に気を張らなくて済むから楽なの。わがままとは分かってるけど、こっちで生きるリスクを全て考えて、それでも私はこの道を選んだ。鍛えた技と頭があれば、いつ死ぬか分からないなんてリスクも軽減できるしね」


 雅麗は毅然と語った。勝には、この時の彼女がより一層の輝きを放って見えた。中途半端な勝とは違い、彼女は自分なりの立脚点を以って、自分の道を見据えている。あの時感じた輝きはこのことかと、勝は実感した。そして、己の身のくすんでいるのを再確認し、彼女に認められるには、この身を磨くしかないと、強く確信したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ