黑侠幫⑤
晩餐会が終わって屋敷の部屋に戻って着替えるとすぐに、勝は雅麗に外に連れ出された。彼女曰く、自分たちの宿神器を見せるとのことで、途中で鴻鈞と合流して倉庫のひとつに入った。雅麗がそこの電気をつけると、二体の宿神器の姿が露わになった。ひとつは、鳳をやや丸みを帯びた風貌にした宿神器で、もうひとつは黄金の甲冑を纏い、二本角のある黄金の兜を被り、両手には戟を携えた宿神器だった。前者はほとんど鳳と同じ見た目なので言わずもがなだが、金色の宿神器の方も、麒麟の彫刻をそのまま人型にしたような見た目をしており、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「紹介するよ。あの鳳っぽい方が私の凰で、金ピカな方が鴻鈞さんの麒麟」
「そういうこと。訓練は明日だが、その時に君の鳳を見るのが楽しみだよ」
唐突に鴻鈞が日本語で話し出したので、勝は喫驚して一瞬だけだが宿神器どころではなくなってしまった。その様を見た雅麗は下品に笑ったが、鴻鈞の方は申し訳なさそうに気落ちしたような表情を見せた。
「済まない。驚かせてしまったね。これは麒麟がそうしてくれているんだ。宿神器にこれだけ近ければ、それが僕たちの意思疎通を仲介してくれる。実を言うと、僕は今台湾華語で話しているんだ」
「へェ、便利なんですね」
「宿神器は生き物みたいなもんだからね。ただの機械と思ってると驚くこといっぱいあるよ。もっとも、宿神器との絆が強くなかったらそんなこと起きないけどね」
雅麗は得意げに言うと、凰に目配せした。すると、凰はひとりでに動いて自分の羽根を一枚抜き、それを宙に浮かせた。更に、雅麗は軽々とジャンプして、その羽根の上に乗ってみせた。
勝が大したものだと感心していると、雅麗はおもむろに羽根から更にジャンプした。すると、羽根の方も彼女の跳躍に合わせて位置を移動する。雅麗はそれを足場にしてもう一度跳ぶ。これらを繰り返して、雅麗は凰の肩のアーマーの上に乗った。見事な技に勝が拍手でも送ろうかと考えていた矢先、彼女はそこからいきなり、頭から飛び降りた。しかし、あわやぶつかるというところで彼女の体が宙に留まり、そのままゆっくり回って安全に着地した。
「こんな感じ。私と凰の絆がなせる技よ。十年の付き合いだから、これくらい余裕余裕」
「そりゃすごい。俺もそのくらいはやってみたいな」
「そのうち出来るよ。相性良いみたいだし」
雅麗はすぐにそう返した。それで、早く触れ合って絆を深めたいと勝が思った瞬間だった。いきなり、勝の隣に鳳が転移してきたのだ。これには雅麗や鴻鈞も驚いたらしく、二人とも唖然としていた。そのうち、雅麗はハッとするや否や、勝に詰め寄ってきた。
「あ、こら勝。何呼び出してんのさ」
「いや、俺はそんなつもりじゃ」
勝がなんとか言い訳の文句を探そうとしている一方で、鴻鈞は鳳の足元に近づいて、その姿を目を輝かせて見上げていた。そうしていると、鳳が少しもぞもぞし始めた。その様は、まるで初めての場所に来てオドオドする子供のようだった。
「緊張してるんだね。でも大丈夫だ。麒麟も凰もいい子だから。すぐに慣れるよ」
鴻鈞が穏やかに告げると、鳳は麒麟と凰を交互に見た。麒麟は鴻鈞と同じく穏やかな様子だったが、凰は唐突に貧乏ゆすりをし始めた。その巨体による貧乏ゆすりはただものではなく、地震かと思うくらいの音と揺れが勝たちを襲った。
「こら、凰! 気持ちは分かるけど、うるさいし抑えなよ! お姉さんがそんなことしちゃみっともないでしょ!」
雅麗は、母が子を叱りつけるように、凰を怒鳴った。それからしばらくしても凰は貧乏ゆすりを続けていたが、やがて渋々といった様子でそれをやめた。勝は鳳がいきなりやってきてからの一連の流れを眺めていたが、最も衝撃を受けたのは雅麗の言葉の内容だった。
「おい雅麗。お前さっきなんつった? お姉さん? 鳳の?」
「言ってなかったっけ? 鳳と凰は双子なんだよ、多分。で、凰の方がお姉さんってことにしてる。鳳は分からないけど、凰はそれで納得してるしそういうことでいいでしょ」
「鳳、そうなのか?」
勝はにわかには信じられなかったので、鳳の方に尋ねてみた。すると、鳳もぎこちないながらも首を縦に振ったので、雅麗の言うことは真実らしいということで勝は納得した。
疑問がひとつ解消すると、次に気になりだしたのは凰の貧乏ゆすりを始めとする、宿神器の一連の行動だった。雅麗は「宿神器は生き物みたいなもの」と言ったが、ここまで人間らしい行動を見せられては、勝はもはや機械の一種と思うことすらできなくなっていた。
「しかし、何となく思ってたけど宿神器の性格って使う人に左右されるのかなァ」
ふと、雅麗がそのようなことを言い出した。勝は首を傾げていたが、鴻鈞は思い当たる節があるらしく、ああ、と声を上げていた。
「確かに、そうかもね。僕の麒麟は、自分で言うのもなんだけど穏やかで大人しい。雅麗の凰は、ええと」
「言っちゃっていいよ。わがままで短気で傲慢だって。鳳は弱気で臆病で人見知りって感じ?」
「おいこら。人のにそんな言い方はないだろ」
遠慮の無い雅麗の言い方に、勝は流石に我慢出来ずに注意した。それから心配になって鳳の方を見ると、彼はひとつ悲しげな唸り声を上げた。その様は見ていてかわいそうに思えたが、ここで勝は先程雅麗が凰を叱りつけていたのを思い出した。彼とこれから共にあるためにも、ここでのコミュニケーションは必要不可欠と考えた勝は、鳳に近づき、手を伸ばしてその体に触れた。
「あいつはあんなこと言ったけど、気ィ落とすなって。これから頑張って、雅麗や凰を見返してやろうよ」
勝がこのように励ましてやると、鳳は気を良くしたのか、落としていた肩を上げ、その上姿勢まで正した。その出で立ちは凛としていて、相変わらず不気味な外観ながらもある種の格好良ささえ感じられた。
「わァ、超単純。ま、宿神器自体、子供みたいなものだし仕方ないか」
鳳を見上げて、雅麗は小馬鹿にする感じで呟いた。それに対する反感はあったものの、勝はその言葉の内容の方が気になった。
「そうなの? 神の化身じゃなかったのか?」
「そうだけど、別に神そのものじゃないし。ぶっちゃけ劣化コピー? この子の相手するのも楽しいから、私にとってはどうでも良いけど、兵器として廃れた理由はよく分かるね。こないだ言うの忘れてたけど」
「確かに、これは兵器として使うには癖がありすぎるな」
勝はぽりぽりと顎を掻きながら、鳳を見つめた。兵器としては使いにくくても、勝にとっては相棒で友達のような存在だ。このように勝にとっての鳳を確認することで、彼はより鳳との絆が深まったように思えた。
「しかしまァ、こういう性格とは意外だったかな。徳橋が持ってるくらいだから勇敢だと期待してたんだけど、ずっとあの蔵で大人しくしてたからなのかな」
勝が満足している一方で、雅麗は小声でブツブツ言っていた。その言葉を聞いて、勝は、黑侠幫から鳳が戦力として期待されていたことを思い出した。決して、和気藹々とするためではない。江竜会の世界征服阻止のための力でなければならないのだ。そのように思い直すと、勝は急に申し訳ない気持ちになった。すると、気落ちした彼を慮ってか、鴻鈞が彼の隣に来て、背中を優しく叩いてきた。
「気にしなくていい。雅麗も言ったように宿神器はまだ子供みたいなものなんだ。だから、伸び代もその分大きいし、君が勇気を出せば宿神器も勇気を出して応えてくれる。重要なのは気の持ちようで、ポジティブにやれると信じて頑張ればいいんだ」
「はい、分かりました! そういうことらしいから、また言うけど頑張ろう、鳳」
勝の言葉に対して、鳳はひとつ唸り声を上げる。その声色は大変張りのある声で、聞くだけで気分の良くなるいい声だった。勝はちらりと雅麗の方を見てみると、まだ納得できていなさそうな顔をしていた。
「どうしたよ」
「ん? ああいや、なんでもないよ。気にしないで」
勝はなんでもないわけはあるまいと思ったが、追求しても無駄だろうと判断した。それで勝は彼女から目を離し、三体の宿神器を眺めた。鳳は適当な場所を見つけて座り込んでいて、凰は貧乏ゆすりはもうしていないが、指を忙しなく動かして鳳の方を見つめている。そしてその二体を、麒麟な見守る。まるでこの三体は兄弟のようであった。
「そういえば四靈とか言ってたな。あと應龍と靈龜だっけ」
その二体はいかなる宿神器であろうかと、勝は色々と想像する。まだ見ぬ宿神器に心を踊らせ、勝の心はかなり浮き足立っていた。
***
勝が眠りについたのち、雅麗はベッドから抜け出て、ベランダに出て一服した。勝が隣にいたら中学生のくせにタバコを吸うなとうるさいだろうなと考えながら、口出しされずにタバコを吸える喜びを噛み締めていた。
雅麗はベランダから海を見つめていた。海面は夜の闇を映し、底知れぬ闇そのものと言っていい様相を呈している。そして、上海に潜伏している黑侠幫の仲間の情報が正しければ、明日の戦場はこの海の上だ。
その水面に、雅麗は勝の顔を重ねた。彼は寝る前、明日の戦いに対して、だいぶ意気込んでいた。世界征服阻止のために頑張ると、部屋に戻ってからも度々口にしていた。その無邪気さはある意味でとても貴重なものだったが、雅麗からすればため息しか出てこなかった。
「何も知らないし察せないんだね、勝。そりゃ世界征服阻止ってのはあるけどさ、こんなロクデナシの集まりが、そんな崇高な目的のために江竜会を潰そうとするわけないじゃん」
雅麗も、本気で世界征服を阻止しようとしているわけではなかった。黑侠幫が江竜会と戦争をする一番の理由は、黑侠幫が上海のマフィアとの関係で得ていた利益を江竜会に潰されたからである。しかも、江竜会はそことの関係を継承するわけではなく、上海にいた黑侠幫の仲間も皆殺しにしてその死体を送るという挑発行為に及んだため、黑侠幫としては江竜会を潰さないわけにはいかない。宿神器を使うのは、江竜会が宿神器を使っているからで、それ以上の理由は無い。
「しかし、勝はともかく剛吉さんはそんなことは分かってるよね。徳橋が主義を曲げてまでウチに力を貸したってことは、その分の見返りが欲しいんだよね。あそこもどっかと、近々デカい戦争をやる気なのかな。勝が今朝言ってた宗教団体? いやでも、一応あれもカタギだし」
雅麗はここで考えるのをやめ、ベランダから部屋に戻った。他の組織の事情など、考えたところで仕方がない。それに、もし徳橋に黑侠幫が力を貸すことになっても、宿神器が必要になるとは考えづらいので、雅麗が関わる可能性は低いように思われた。
灰皿でタバコの火を消すと、雅麗はベッドの上の勝を見た。極楽にいるかのように呑気に眠るその姿は、雅麗から見たら失笑ものだった。
「まァ、こんなん見せられても一緒のベッドで寝る気なんか毛頭ないけどね」
こう呟くと、雅麗はブランケットを押入れの中から一枚引っ張り出し、それを被ってソファの上に飛び込んだ。タバコを吸ったせいもあって雅麗はなかなか寝付けなかったが、最終的には静かに眠りについた。