弔い
侍は困っていた。死んだ友人をどのように弔えば良いのかと。
友人はゴロツキとの斬り合いの末、崖から海に落ちて波に掠われた。ゴロツキ共はどうにか自分で片付けたのだが、波に掠われた友人はもう海から上がってはこなかった。
遺品は無い。骨を拾えぬどころか、遺髪も取り損ねている。故郷には妻子を残している。何を持ち帰って、墓とすれば良いのだろう。
丁度、そこに旅の坊主が通りかかった。侍の難儀を聞いて、ひとまずは海に向かい経を唱え、侍の気を静めた。そして坊主は、友人の弔い方について、こう答えた。
「弔いは、後に残されたお侍様の良いようにすれば良いだけじゃ」
「いや、しかしどのようにすれば友は浮かばれるのか。適当であっては、残る妻子の気も収まらぬだろう」
「ふむ」
旅の坊主はひと思案。そして、言い直す。
「今、拙僧が唱えたのは般若心経、それはどのように生きれば良いかを説いたものじゃ。死んだそなたのご友人には何の役にも立たぬ。ひたすら、残されたそなたのために読んだのじゃ」
「いや、それでは死んだ友は報われないだろう」
「死者とは何か。もう動かず、見ることも、聞くことも、語ることも無い、ただの土塊にすぎぬ。海に掠われたなら、魚の餌にしか役には立たぬ。そのような者に、いくら経を唱えたところで、役に立たぬどころか、聞こえはすまい」
その坊主の云いように、侍は少し憤慨した。
「それは僧侶の云う言葉ではござらぬ」
「左様。拙僧は半端もの故な。半端ゆえ、拙僧の目には仏は見えぬし、そなたのご友人の顔も知らぬ。しかし、お前さんは此処に居る。お国には、ご友人の妻子が残されているのじゃろう?」
「……」
「ひたすら、そなたのお役に立てれば、と思っているよ。動かぬ死者のためではなく、今を生きる人々のことを思いなされ」
そう云って、坊主はその場を立ち去った。
侍はどのように考えたものかと更に頭を悩ませたが、ついに結論に行き当たった。
そうか、ただ役に立てば良いのなら、死者に口無し、どうにでも出来ると立ち上がった。
墓は、友人が死んだその崖に立てることにした。近場の村から鎚とのみを借りて、大きな石に自らの手で、こう掘った。
「○山 ○介 ここにて単独、悪漢三十三名を斬り伏せたり」
実際には、ただのゴロツキ三名ほどと揉み合い、うち二名は自分が切り捨てたのだ。少々、話を盛りすぎである。そして、「ここで眠る」などという墓めいた文句は記さず、ただ戦果を残すのみとした。
故郷に帰り、残された妻子に友人の不幸を伝えたが真実は隠し、誇張した話をさらに盛り上げ、お悔やみの言葉を述べ、友人を守り切れなかったことを謝罪した。そして折り返し、墓の場所へと案内した。大きな石を突き立てたので、迷うこと無く辿り着けた。誠に、良い道しるべである。
もしかしたら残された妻は、同じ崖から身を投じてしまうかとヒヤリとしたが、残された我が子が幼いため、それを思いとどまらせた。子は幼かったが既に立派な男子で、父親の「戦果」を読み上げ、鼻息を荒くした。期待通り、その子は父の面影を背負い、強く生きていけるだろう。
実は、そこは身投げの名所だったのだという。しかし、このような「看板」が立てられ、悪をくじく力強い正義漢が居ることを心丈夫に想い、引き返す者も居たという。
更には、未だ残るゴロツキや悪漢共はその「看板」を見て震え上がった。この辺りにはそのような強い侍がいるのかと。その厄介な正義漢に行き当たらないよう、少なくとも、その辺りで悪さを働くことだけは避けたという。
侍は「看板」、もとい、「墓」に手を合わせて、自分の悪さをわびた――友よ、すまぬ。このまま千年、人々の役に立ってくれ、と。
(完)