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第8話

 呆けた表情で戦士を見る勇者に向かって、武闘家の首が投げられた。

 緩く弧を描いて飛んできたそれを、勇者は反射的に受け取る。


 二人目の仲間の死が、彼の手元に落ちた。

 魔術師の言葉の意味を考える暇もなく、勇者の頭は武闘家の死で埋め尽くされてしまう。

 勇者の思考がノイズで埋まる、その隙を狙って戦士が一気に近づいた。


 その顔は歪んだ笑顔に満ちている。

 このままでは、放心している勇者はその魔の手にかかってしまうだろう。

 一息に距離を詰めようとした戦士に向かって、魔術師が容赦なく魔法を放った。


「近づくなァ!!」


 剣の形をした炎が次々と戦士の身体に突き刺さっていく。

 反射的にに使ったのは極めて攻撃的な魔法。しかし、魔術師は失念していた。今の相手は、パーティの盾だった戦士なのだ。

 使うべきなのは、動きを止める魔法だ。


「アはハハっ!」

「ッ!」


 戦士の傷はあっという間に回復していく。

 自己修復能力を遺憾なく発揮して勇者のもとに辿り着き、その首を掴んで持ち上げた。

 大柄で筋肉質な彼は、人間を容易く宙に浮かしてしまう。


「うぐっ! べ、ベルト、さ」


 苦し気に自分の腕を掻きむしる勇者を見て愉悦に目を細める戦士。

 一気に力を込めるのではなくじわじわと、嬲り殺すように彼は楽しんでいた。

 その身体には今も炎が突き刺さっている。痛みは、もはや感じていないのだろうか。

 狂気を周囲に巻き散らしながら、彼の口は饒舌に仲間の死を語り始めた。


「エイシャもこうやって殺したんだよ、ナハト! いやあ実に愉快だった! あれは本っ当に楽しかった……。でもね、伝説の勇者をこうやって苦しめられる瞬間はもっと愉快だよ!」


 うっ血し顔が赤紫になってきた勇者の様子を見て、更に戦士は笑みを深める。

 意識は飛んでいない勇者が、必死に足を振るって抵抗していた。だが、かねてから盾役として体を張ってきた戦士だ。その程度の反撃では怯みもしていなかった。


 動かない魔術師を見て、戦士が首を傾げる。

 勇者を盾にしながら、彼は嘲笑った。


「おや、魔法は使わないのかい? この距離だと勇者を巻き込むから? そうだねぇ、君が全力で魔法を使えば、僕よりも勇者の方が先に死ぬだろうね、きっと。キミは優しくて愚かで甘っちょろくて可愛いなあナハト。このままだとどっちみち勇者は死ぬのにさあ……自分の手を汚したくないから躊躇するとか、笑えるねぇ!」


 高笑いしながらも、戦士は手を緩めない。魔術師が動けない理由は確かに彼の言う通りだ。

 魔術師は歯を噛みしめて目を見開き焦燥を露わにしながらも、何も出来ないでいた。 

 そんな様子を見て更に戦士の機嫌は良くなる。

 

「悔しいねえ、哀しいねえ、無力だねえ! こうなったのは全部、ぜんぶ自業自得だ。僕を追放なんてするから! だからこういう目にあうんだよ! 僕がいなきゃあの程度の魔物にも手こずるんだから! その結果、勇者が殺されそうなのに、何にも出来ない無力な魔法使い! 実に! 滑稽! サイッコーに愉快だよ!」


 煽り、哄笑する戦士。

 魔術師の顔は怒りで真っ赤になっていた。


「ぐ、うっ!」


 その時、もがく勇者が必死に剣を抜き、無理な体勢で戦士の胸を横一文字に切り裂く。


「おや?」


 しかし深くついた傷は、巻き戻すようにゆっくりと治っていった。勇者の一閃はただ、殺人鬼の服に切れ込みを入れたに過ぎない。

 自身から飛んだ血を眺め、戦士は目を細める。彼は無言のまま、なす術のなくなった勇者の息の根を止めることを決めた。


 締め付けられる力が強くなり呼吸がどんどんと出来なくなる中、薄れゆく意識を必死につないで勇者は剣を振るう。魔王を討ち滅ぼすためにあるはずの剣が、狂った仲間の身体に傷をつけていく。


 それでも戦士は止まらない。血を流しながら、狂気に溺れた彼はただ真っ直ぐに勇者に殺意を向ける。


「この、止めろぉ!」


 流石に焦った魔術師が魔法を放とうとするが、にやついた戦士の視線に疎の動きは止まった。

 焦って精彩を欠いた魔法では勇者をも傷つけてしまうだろう。


「はは。無様だね。ねぇ……アルビーク?」

「ぐ、ぐむ、ぐうっ」


 魔術師が怯む。魔法では、勇者を助けられない。かといって近づいても勝ち目はない。攻撃力はパーティの中では低めだが、流石に近接戦で魔術師に勝てる要素はない。


 ついに、魔術師は動きを止めてしまった。


 戦士の手が勇者の首を絞めつける。魚のように口をぱくぱくと開きながら、勇者の動きが刻一刻と弱々しくなっていった。

 剣も手から離れ、重力に従い落下していく。

 力なく剣が地面に突き刺さると同時に、硬質な鈍い音が、うつむいた魔術師の耳に届いた。 


 ぐるんと支点を失った勇者の首が、逆さに反れてあり得ない方向を向く。

 その異様な光景に魔術師は思わず息を呑む。

 人々の希望、伝説の剣を抜いた勇者の顔が、魂の抜けた目で魔術師を見つめていた。


「ん……はぁぁぁあ……!」


 歓喜に満ちた息を吐きながら戦士は余韻を楽しむ。

 へし折れた首から手を離さず、その肌の下にある奇妙な感触をその手で味わっているようだ。 

 執拗にごりごりと勇者の首を捻じり、完全に殺したことを確認して戦士は、勇者を無造作に横に放り投げ。


 力なく、彼の身体が地面に横たわる。残るは魔術師一人。


 殺人鬼は勇者を殺した瞬間を脳裏に刻むように、目を閉じて愉悦に身を震わせていた。

 一通り堪能したのち、彼は勇者の剣を手に取った。

 戦士を持ち主と認めた様に淡く光る伝説の剣。彼もまた、勇者と同じように選ばれた特別な存在だったのだ。


 もはやそれは意味をなさず、彼はその剣をもって最後の獲物を殺そうと魔術師に迫る。

 足取りは散漫ですっかり油断しきっているようだ。

 魔術師相手なら自分のほうが有利と、そう心で思っているからだろう。

 だからこそ彼は見逃した。


「……くたばれ、ベルト!!」


 魔術師がそう叫ぶことで、その魔法は完成する。

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