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第7話

「セヤァアアッ!!」

「吹き飛べ!」


 勇者と魔術師が魔狼の群れを消し飛ばし、ようやく戦いを終えた。

 たき火はいつの間にか消え、巨大な月の光が周囲を照らしていた。辺り一面には魔狼の肉片が散らばり鮮烈な光景を生み出している。血と肉が彩る森の中、二人は大きく肩で息をしながらようやく武器を下ろすことが出来た。


 通常通り実力を発揮できれば、ここまで苦戦はしなかっただろう。だが治癒術師の死と敵の強襲、加えて武闘家が連れ去られたことへの動揺。

 悔し気に勇者は武闘家が連れて行かれた方向を凝視する。当然、既に彼女の姿はなく鬱蒼とした繁みが見えるだけだった。


 武闘家がどこに連れていかれたかも分からない。

 それでも勇者は直ぐに森の奥へと特攻しようとする。はやる気持ちが彼をせき立てていた。


「待てアルビーク!」


 決死の表情で怒鳴る魔術師。今、不用意に動くべきではないことが分かっているのだ。


「何故だ! ラトリーを助けないと!」

「いいから落ち着け!! お前が焦ってどうする!」

「……ッ」


 戦いの疲れも決して軽いものではない。無理に突破した結果、体には相応の反動が出ている。

 闇の中の森に進み、さらに強大な魔物が出てきた場合、二人で対処出来るかも分からない。

 

「……分かった、分かったよ」


 苦しそうに歯噛みしながら、勇者は魔術師の言う通り心を落ち着かせようとする。それでも焦りは抑えられず、その拳は痛いほどに握りしめられていた。


「エイシャを……エイシャの、死体を……テントに寝かせよう。このまま離れたら、魔物に荒らされるかもしれない。お前は結界を見てくれないか。効果があるか分からないけど、設置し直しておこう」

「……」

「終わったら、ラトリーをすぐに追うぞ。なに、大丈夫さ。あいつの火事場の馬鹿力はお前も知ってんだろ?」

「……ああ、わかったよ」


 そう言って勇者は先に拠点に戻っていく。理性で納得はしていても、本能がそれを否定しているようだ。それでも彼には落ち着いて貰わないといけない。

 リーダーが暴走してしまえば、それこそ全てが崩壊してしまう。


 魔術師は焦る思考を何とか落ち着かせながら、エイシャの遺体を抱え上げた。あの乱闘の中、どうにか無事でいたようだ。壮絶な死に顔を晒しつつも、彼女の身体に目立った損傷はなかった。


 そこでふと、疑問が浮かぶ。

 魔狼の持つ特性の一つ。腐肉食性。彼らは狩りや戦闘が苦手なわけではないが、積極的に行うことは少ない。基本的には他の魔物の食い残しや、弱った冒険者を襲う。テリトリーを荒らされない限り、積極的に生きた人間を襲う程の凶暴性はないはずだった。


 明らかに自分達を狙ってきた魔狼。聞いたこともない程大量に現れた魔狼。ここが魔王の居城の近くだから、凶暴性が増している……? 結界の効果がないほどに?


「ナハト! 早く!」

「っ、ああ! 今行く!」


 異常な出来事が続く中、チームの頭脳であるはずの魔術師も思考がまとまってはいなかった。

 治癒術師を寝床に使う布の上に寝かして、その上からもう一枚布をかぶせてその体を隠す。

 死体を見たのは初めてではない。

 過酷な旅の中、魔物にやられた人間の死体を見たことが何度もある。

 だが、今回はワケが違う。

 ずっと一緒だった、どんな苦境も乗り越えてきた仲間が、死んだのだ。

 もう動かない。もう笑わない。もう二度と、その命が戻ることはない。精神的な疲労と、重く圧し掛かる死という現実。

 魔術師と勇者は、短い黙祷を捧げる。武闘家を助けることが今、何よりも優先すべきことだった。顔を上げて、2人は無言のうちに駆け出そうとする。


 その時、勇者が手早く設置した結界の明かりに照らされて、森の影から巨躯が現れた。


「誰だ?」


 魔術師が素早く長杖を構える。


「……ああ、二人ともここにいたんだな。それにエイシャ……彼女もか」

「ベルト!?」


 勇者が驚愕を露わにする。こっぴどく追い出した戦士、ベルト・フィッシュが、もう一度自分達の前に現れたのだ。

 彼は横たわる治癒術師の顔を見て、彼女が死んでいることを察したようだ。重い足取りでこちらに近づいてくる。

 勇者は治癒術師をちらりと見て、どう説明したものかと一瞬悩んだ。そして同時に、戦士が無事で、ここに現れたことへの安堵感もあった。

 喜色を浮かべた勇者の反面、魔術師は一歩遅れて別の驚きを味わっていた。


「おいベルト、それ……それは!」

「……これだけしか、助けられなかったんだ」


 戦士が両手で抱えていたのは、人の頭部。

 魔狼に引きずられていった武闘家の、生首だった。


「え……」


 絶句する勇者と、悔しそうに歯噛みする魔術師。

 もう手遅れだという現実を突きつけられた二人の足元は、音を立てて崩れていくようだった。


「助け出そうとしたんだ、けど僕一人じゃ……無理だった。これが限界だったよ」

「っ、そう、です、か。……くそ、くそぉ!」

「……」

 崩れ落ち、地面を叩いて慟哭する勇者。その拳の隙間からは赤い血が垂れている。

 魔術師は武闘家の顔から目が離せずに、泣きそうな顔でただその亡骸を茫然と眺めていた。


「たまたま魔狼の巣に連れて行かれる彼女を見つけたんだ。飛び込んだけど、余りに数が多くて、手間取っているうちに、彼女は……」


 沈痛な面持ちで、武闘家の最期を語る戦士。勇者は膝をついたまま動けず、ただ涙を流していた。

 

 立ったまま武闘家の顔を見ていた魔術師は、そこで気付いた。

 戦士の着ている鎧が、綺麗なことに。汚れていはいるが、損傷もなにもない。あの魔狼は固体の強さはともかく、群れを活かした連携が脅威だ。勇者でさえ深手はないものの細かい傷が絶えない。

 守りに長けた戦士が、とても無傷で突破できる相手ではない筈だ。


 瞬時に冷えた思考が、また別の違和感を見つける。未だ生々しい臭いが取れない中、魔術師の鼻が少し違う匂いを捉えた。

 甘い、どこかで嗅いだことのある匂いだ。

 勇者に対して、悲壮感を漂わせて武闘家の最期を語る戦士を視界に捉えながら、魔術師は思考にふける。

 そしてその匂いの正体に思い至った。


「魔物避けの香水か……?」


 小さく呟いた言葉は戦士には聞こえなかったらしい。匂いの正体は分かっても、それがどういう意味かは分からない。単に戦士が魔物を避けて自分達を追いかけていたと考えるのが、普通だがーー。   


「!!」


 電撃のように、魔術師の思考が繋がった。

 抱き上げた時に見えた治癒術師の身体。何故か自分達を襲ってきた魔狼。魔物避けの香水。一人だけ連れて行かれた武闘家。


 全ての疑問が、最悪の答えを導き出した。


 剣呑な顔つきになりながら、魔術師は未だ武闘家の首を持っている戦士に声をかける。


「……なあ、ベルト」

「その時、僕は……ああ、どうかしたのかな、ナハト?」


 戦士は勇者にいかに武闘家が力の限り抵抗していたか、そして、いかに無残に殺されてしまったかを語っていた。


「少し、お前の意見が聞きたくてな。……エイシャの死体なんだが、魔狼に殺されたようには見えないんだ。死因は絞殺だ、首にハッキリと跡が付いていたし.そしてその後……乱暴、されてたみたいだった。なにか、知っていないか?」


 抱き上げた際に見えた傷跡と、勇者にはあえて話さず、自分でも考えないようにしていた体に残るけがれの跡。それはどう見ても、狼に出来るものではなかった。


 武闘家の死に様を戦士から聞き、その上、気づいていなかった、治癒術師が陵辱されていたという事実に、勇者は口許を抑えた。

 長い沈黙の後、戦士が口を開く。


「…………そうかい。よく、分からないけど……そういえば、近くに人型の魔物もいたよ。たぶん小鬼ゴブリンだったかな? 奴らほど醜悪で気味の悪い魔物もいないね。奴らは女を狙って襲うんだ。エイシャのことは……うん。本当に、かわいそうなことだね」


 武闘家の頭を撫でながら、戦士は顔を伏せる。


「まだ気になることがあるんだ。ラトリーが襲われたときも、魔狼の群れは彼女だけを狙っていた。まるで、操られていたように見えたな。これについても、知らない?」


 魔術師の語気が強まった。一方で戦士は、相変わらず穏やかに応じる。


「そうなのかい? 魔物を操るなんて聞いたことがないなぁ。ああ、きっと変異種とかじゃないかな。普通とは違った習性を持っていたんだろう。ここは、魔王の近くだしね」

「結界は、どうやら誰かに破壊されたみたいだ。魔物は近寄れないのに、『誰か』って誰だろうな?」

「さあ、知らないね? すごいね、きっと新種の魔物だよ。恐ろしいな、まだ近くにいるかも」

「ラトリーを殺すほどに魔狼の群れは強かった、その群れの中にお前は飛び込んだのに、疲れも汚れも見えないのは?」

「なにを言っているのさ、暗いからかな? こんなに汚れているし、疲れているのにさ。彼女の最期をもう一度語った方がいいかな?」


 とぼけた戦士に向かって、魔術師は決定打を突きつけた。


「そうか……ところでベルト、知っているか。魔物除けの香水と眠り草の粉末を混ぜたものを魔物に浴びせると、一時的に魔物の意識を操作できるんだよ。魔術学校で学ぶことができた……危険な行為だから、禁止されていると、絶対やるなと教えられたけどな」


 それこそが戦士が武闘家に自慢げに見せびらかした、道具の正体だった。

 尋常じゃない様子の魔術師の様子に、ちょうど魔術師と戦士の間にいた勇者が問いかける。


「な、ナハト、どうしたの、さっきから、なにを言ってるの……?」

「俺は鼻が良いんだ。さっきから……お前が現れた時から、臭ってるんだよ、ベルト……この臭いがなにか、知らないか?」



 その通告を聞いて、戦士は諦めたように肩を落とす。そしてゆっくりと上げられた顔は、実に嬉しそうに、にっこりと嗤っていた。


「ああ……知っているよ?」

「離れろアルビーク! 二人を殺したのは、そいつだ!!」


「……え?」


 呆然とする勇者に向けて、戦士は手に抱えていた武闘家の頭を放り投げた。

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