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第5話

 武闘家は眼を覚ます。


「――なに、これ?」


 今武闘家は木の幹に両手を上に上げた状態で縛りつけられているのだ。

 ロープはとても太く、強固に結び付けられている。

 自分一人の力では引き千切ることは出来ないだろう。縄抜けの技術も持っていない。いま彼女に出来るのは、周囲を見渡すことだけだった。


 ――落ち着け、落ち着けアタシ。


 こういう時こそ冷静になるべきだ。

 そう彼女は考え、辺りを隙なく観察し始める。


 どうやらここは、魔狼たちの巣らしい。森の中にある開けた場所、木々がまばらになり多少地形が盆地になっている。枯草が集められた魔狼の寝床や、何者かもわからない骨が散らばっていた。


 見える限り、魔狼はどこにもいない。ひとまず安心はできる。引きずられたことで、あちこち傷だらけだ。にぶい痛みが身体中に響いている。


 とにかく魔物が戻ってくる前に、何とかしてここから抜け出さないと。


 そこで彼女は気付いた。自分を連れてきたのは、魔狼のはずだ。気を失う前、奴らに引きずり回されたのを覚えている。なら、どうして自分はロープで拘束されているのだろう?


「やあ、目を覚ましたようだね」

「――!!」


 唐突に声をかけられる。

 頑丈そうな大楯を地面に下ろし、彼女の眼前に自然な動きで座る一人の男性。

 

 武闘家はこの男を確かに知っている。

 何故、彼がここに? 何故、当たり前のようにこちらを見ているの?

 様々な疑問が頭をよぎり、けれども確かに男は、彼女の良く知る人物だった。


 最後に見たのは、魔術師に言い負かされて打ちひしがれる姿。

 可哀想だと思った。魔術師の言い方ももう少し何とかならなかったのかな、とも思った。


 チームの頼れる盾役。

 ベルト・フィッシュは確かに、苦楽を共にした仲間だったのだから。


「な、なんでアンタが、ここに……?」

「何で? そんなに不思議かな。君らが追い出した僕がここにいるのが」


 不気味なほどに清々しい笑顔を浮かべている。こんな表情は、旅の中でもあまり見たことがない。何か憑き物が落ちたような、そんな笑み。


 言いようのない恐怖を彼女は、感じてしまった。


「そ、そうじゃなくて……そうだ! この縄解いてよ! 大変なんだ! エイシャが、エイシャが死んでて、魔狼に、みんな襲われて!」

「エイシャが? へえ、そうなのか」


 戦士は武闘家の言葉を聞いてうつむいた。

 そうだ、エイシャが死んでしまったのだ。今は彼を連れて、早く二人と合流しなければ。そして、どうするか話し合わなくちゃ。

 そんな呑気なことを考えていた武闘家は、顔を上げた戦士の顔を見て、心の底からの恐怖を感じる。

 

「はは、はははははっ! そりゃ……死んでるよねえ! しっかり首絞めたんだから!」 

「え……」


 戦士の顔は、先程までとは一変していた。眼球は爛々と輝いて見開き、口元は裂けたように限界まで開いた弧を描いている。そして何より、雰囲気が変貌していた。

 見る者全てが狂気を感じずにはいられない、そんな歪な顔をしていながら、それこそが自然体だとでも言わんばかりの表情。


 縛られているのを分かっていても、魔術師の身体は彼から距離を取ろうと動いていた。

 必死に動かした足が地面を擦る。どれだけ力を込めても腕の拘束は取れそうにない。


 そんな武闘家の様子を、戦士は実に楽しそうに眺めていた。


「いくら魔物避けの結界があるからって油断し過ぎだよ、キミら。しかもここは魔王の領域に近い。勇者のパーティがあんなのじゃあ駄目だろ。だから、僕がそれを教えてやったのさ」

「……あんたが、あんたが本当にエイシャを?」


 震える声で、舞踏家は問いただす。

 今までのは全部演技で、たちの悪い冗談なのだと言ってほしくて。


 だけど戦士から帰ってきた言葉は、更に残酷なものだった。


「そうだけど? どうやって死んだか教えてあげようか? いやしかし、本当に危機感がないというか、あんなのが勇者の仲間だっていうんだからねえ」


 そこから語られる内容は、聞くに堪えないものだった。


「エイシャをどうやって殺したかっていうとね、首を絞めたんだけど。その前に一度、水に沈めてあげたんだ。敵がいるかもしれない場所でバカみたいに背中を晒してたからね、そのまま倒して踏みつけて水浴びを楽しませてあげたのさ。滑稽だったよ。素っ裸で月なんか眺めてうっとりしているんだよ? すぐそばまで近付くまで気付きもしない。水の中に押し倒しても何がなんだかわからないまま、ぶくぶくぶくぶく……あれでパーティのサポート役だとか自負しているんだぜ。フフ……あ、ゴメンゴメン、思い出したら、笑いが……。しかし、あれは油断し過ぎだね……。結界の設置も甘いし危機管理も足りていない。勇者も勇者だよ。仲間を一人にすることが甘さの証明さ。で、ああ殺し方だったね。首を絞めたんだよ。両手で、こうやって。後ろから。持ち上げながら。首を絞めるっていうのは中々面白い経験だったね、柔肌に指が沈み込んでいく感覚に気道を絞めた時の彼女の呼吸のえずきが手から直に感じられて、剣を使った殺しとは違う……そう、生々しさがあったよ。声を出せないと魔術は使えないし色々考えて絞殺にしようと思ったんだけど、何より僕自身の手で殺してやりたかったのさ。首ごと体を持ちあげて抵抗できない彼女を殺した時の感覚は、何ともいえないものだったよ。ほんとは叫び声や命乞いが聞きたかったんだけど、それは仕方ないよね。彼女では諦めることにしたんだ」


 戦士はまるで、子どもが武勇伝を語るように嬉々として、仲間殺しについて仲間に語る。


「ふ……っざけないで! 人殺し! あんた自分が何したか分かってんの!?」


 自然、武闘家はブチ切れていた。

 縄が食い込み血がにじむほど暴れ、血管がにじむほど顔をひきつらせて怒鳴っても、目の前の男は飄々としている。そのことが更に彼女を怒らせた。


「なんでそんなに怒鳴るかなあ。僕はただ、キミらが未熟だって注意してあげているだけなのに」

「狂ってんの!? ア、アンタはただの人殺しよ! このっ、縄、ほどけ!」 

  

 怒鳴る武闘家を冷めた目で見る戦士。武闘家の罵倒だけが響く中、ふと彼女は気付いた。

ここは魔物の巣だったはず。これだけ騒げば、いずれ魔物が戻ってくる。


「余裕そうだけどアンタ、ここがどこか分かってんでしょうね」

「魔狼の巣だろう? 僕がキミを連れてきたんだ、知らない訳ないじゃないか」


 肩をすくめる戦士に、武闘家の怒りはさらに強くなる。


「簡単に言ってるけど、魔狼の群れ相手じゃアンタなんて一たまりもないわよ」

「ああ、そうかもね。それが原因で僕は追い出されたんだから」

「だから、さっさとアタシを解放しなさい! とりあえず魔物は追っ払ってやるから!」


 少し声のトーンが下がった戦士の様子には気付かず、武闘家はまくし立てる。

 どうにかして、拘束から抜け出さないと。もちろん、彼女に戦士を助けるつもりなど毛頭ない。自由になった瞬間にぶっ飛ばしてやろうと考えていた。


「キミは馬鹿だから気付かないかもしれないけど、その心配はないよ」

「は?」


 しかし彼女の目論見通りにはいかず、むしろ戦士はより笑みを深める。

 彼はふところから小さな小瓶を取り出した。


「これ、何だと思う?」


 眼前で揺らされる瓶の中身は、何かの液体のようだ。左右に揺れるたびに水音がする。

 だが武闘家にはそれが何なのか分からなかった。

 そのことに気分をよくしたのか、戦士は饒舌じょうぜつに語り始める。


「これは魔物避けの香水でね、結界とは違って魔物が逃げていく効果があるんだ」

「っ、まさかそれで逃げるつもり!?」


 いずれ魔狼は戻ってくる。このまま放置されれば間違いなく襲われてしまう。

 足くらいしか使えないこの状況では、まともに戦えない。

 武闘家はそう考えていたのだが、戦士はその考えを聞いて大口を開けて笑った。


「はっ、はははっ! やっぱりキミは馬鹿だね! これはただの魔物避けじゃない。ちょっと加工するだけで、こんな風にも使えるんだ」


 そう言って戦士は演技がかった動きで、指を鳴らす。すると森の暗がりから魔狼が何匹もつらなって現れた。武闘家たちを襲った時に比べて非常に大人しい。

 従順な態度で戦士の横にはべる姿は、魔物とは思えないものだった。


「!? なん、で……」

「すごいだろ? 一部の魔物を意のままに操ることができる。これが知識の差って奴さ。キミと僕じゃあ、頭の中身が違う」

「馬鹿にして!」


 歯噛みしてうなる武闘家を、戦士は残念そうな目つきで眺める。


「馬鹿にして? 実際、馬鹿じゃないか。結界を信じ込んで被害を増やして、勇者は仲間を守れず魔物に翻弄されている。僕ならそんな失敗はしなかった」


 戦士はつまらなさそうに魔狼の頭を撫でた。


「結界なんてお粗末なものさ、一つでも壊せばそこに穴が出来る。一度侵入してしまえばそこから簡単に崩せてしまう。魔狼だってそうだ、この辺りに生息している魔物の種類、その特性を把握すれば対処できた。無知だから、無能だから、こんな目にあうんだ」


 彼が言っていることは無茶苦茶だ。自分が全ての張本人であることを自覚していないのか、まるで他人事のように語っている。


「全く。馬鹿が集まったチームってのはどうしようもないね」

「そこまで言うなら、教えてくれればよかったじゃない! そんだけ知識があるっていうなら!」


 激昂のままに、武闘家は言葉を浴びせた。

 しかし、戦士はその言葉を聞くと押し黙ってしまう。そしてその顔からは、表情が抜け落ちていた。

 突如訪れた沈黙の異様さに、彼女は呑まれてしまう。


「ねえ。

逆に聞こうか。

なんで、この僕に教えを乞わなかったんだ?」


 そう言って戦士はここまでずっと大人しく控えていた魔狼たちに合図を送る。

 荒々しく牙をむいて涎を垂らし、じりじりと迫る魔狼。武闘家の顔が一気に青褪めた。


「ひっ……」

「追い出しておいてそれは、虫が良すぎると思わないかい?」


 再びにっこりと笑いながら、右手をゆっくりとあげる戦士。それが振り下ろされた時何が起こるか、武闘家は最悪の未来を自然と想像してしまう。


「大人しくさあ、ガキはガキらしく僕を敬ってかしずいて頭を垂れて言うこと聞いときゃ良いのに……」

「嫌、嫌……! 止めて、お願い! 助けて……!」


「追放だなんて、なに様だよ?」


 そして戦士は、右手を彼を下ろした。


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