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第2話

 

 勇者たちは森の中にある、大きな湖畔の近くに荷物を下ろした。


「すっかり日が暮れたな」 

「ええ。運よく湖を見つけられて、良かったですね」


 ひと息つく魔術師に対して勇者はどこか疲れた顔をしている。

 

 一行はたき火を囲んでそれぞれ休みをとっていた。

 火の明かりは、夜の森の闇を照らすには少し心もとない。しかし、彼らの周りには他に光源があった。

 等間隔に置かれた光る棒、魔物除けの結果である。光源となるだけでなく、魔物が嫌がる波長をだす便利な道具だ。駆け出しから熟練者まで、こよなく使っている旅の必需品だった。


「ここだと水浴びも出来るぜ! けっこう汗かいちゃったし、ちょうどいいや」


 ぱたぱたと胸元をあおぐ武闘家。

 体つきはまだ幼いが、戦闘力は仲間のなかでも随一で、今日も彼女の活躍が皆を引っ張っていた。


「二人が覗きに来ないように私、見張ってますね」


 笑いながら男たちに釘を刺す治癒術師に、汚れや疲労は見えない。彼女は回復が専門で隊列の後衛を任されているためだ。

 動きやすい軽装な武闘家に対して、彼女は清楚な儀礼服を着ている。だが、その肉付きのいい豊満な身体は隠せていない。

 色々な意味で、二人は対照的だった。

 

「おい、覗きなんてするわけないだろうが。まったく」

「そうですよ。ナハトはともかく、僕はしません!」

「なんでオレは『ともかく』なんだ!?」


 勇者の言葉に魔術師が反応する。

 そのかけ合いに笑いが起こった。

 森の中、ひと時の息抜きを楽しむ四人。

 自然と会話は、ここまで戦闘の話になっていく。


「昼間の戦い……思ってたとおり、激しくなってるよな。ま、アタシにかかれば余裕だったけどさ!」

「慢心はいけませんよ。私の法術を一番使わせたのは誰だと思っているの?」

「え、うぅっ、でもほら! 手数はアタシが一番多かっただろ?」

「ラトリーはちょっと無理し過ぎですね。それが良いところでもあるんだけど」


 勇者と治癒術師の言葉に、武闘家は不満顔だが言い返せない様子。


「その通りだ。少し、戦術も練りなおした方がいいかもな」


 森を進む道中、何度も魔物は襲い掛かってきた。

 想定どおり魔王に近付くにつれて強くなっていたが、全員で息を合わせれば問題ないレベルだ。

 それでも油断は出来ない、先に進めば進むほど、魔王の力の影響が表れてくるのだから。


「いいか、お前ら。夜が魔物たちの領域であることは変わらない。いつもなら魔物は近づかないけど、ここは魔王のそばだ。魔物除けの結界をすり抜ける新種がいるかもしれない、油断はするなよ?」

「そうですね。魔物避けはしっかり設置した? 特に……ね?」

「なんでアタシを見るんだよ勇者さま、このヤロー! 馬鹿にしてんのか、しっかり設置したからなッ!」


 魔術師の言うように、結界は確かに魔物を寄せ付けない。

 しかし万能でもないのだ。結界があったとしても、人の姿を直接に見た魔物には効き目がない。だからこそ警戒して二重三重に、広く結界を配置する必要がある。


「……魔王に近付いているにしては、あまり景色は変わりませんね」

「そうだな、どんどん禍々まがまがしくなってくなら身構えられるんだが」


「ここでも、空の景色は変わらずに綺麗なままですね」


 ぽつりと勇者がつぶやいた言葉に、自然と仲間達も空を見上げた。

 見えるのは満点の星。魔物がひしめく森の中とは思えない程、安らぎに満ちた空間だった。


 勇者たちの会話は、あくまでも無駄な気遣いのない自然体。

 魔王に挑むことへの緊張感はなく、命のやりとりをしてきた怯えもなかった。

 だが、いつも通りだからこそ無理をして明るく見せようという口調を、皆が簡単に感じ取れてしまう。

 その原因は、誰もが思い当たっていた。


 会話がひと段落したとき、勇者がつぶやく。


「あれで、本当によかったのでしょうか」


 初めて沈黙が場に満ちた。

 勇者が問うたのは森に入る前のこと。仲間を一人、置き去りにしたことについてだ。


 落ち込んでうつむいている勇者はずっと、置いていった仲間のことを考えていた。

 心優しい彼にとって、あれは望んだ別れではなかったのだ。


「仕方ないだろ、さっきまでの戦いで身に染みたんじゃないか? ベルトは……あいつはもうこの先の戦いについてこれない」

「それは、そうかもしれないけど。僕が言いたいのは、もっと、良い方法があったんじゃないかって」


 まだ後悔を捨てきれない勇者の顔を、魔術師が見つめる。

 彼の優しさは長所だが、ときに欠点となることもあった。魔術師はそれを知っていても、彼の性格を悪く思うことはできない。

 そういう勇者だからこそ、ここまで無事に生きてこれたのだから。


「ちょっとやりすぎだった気はするけどなー。オッサン、あきらかに取り乱してたし」


 武闘家は周囲の顔をうかがいながら発言した。彼女もぶっきらぼうではあるが、根は優しい少女だ。

 森に入る前振り向きながら見た戦士の最後の姿が、まぶたから離れないのだろう。


「そりゃ金も食糧も、護身用道具だって十分すぎるほど置いて来たけどよぉ」

「私は、ベルトが自棄になって暴走しないかが心配です……。いくら自然治癒力が高くても、ひとりで王都まで帰ることができるでしょうか」


 治癒術師もまた戦士の身を案じていた。仲間のケガを癒し、守る役割の彼女は誰よりも人が傷つくことに敏感なのだ。


「……ナハト、今からでもッ!」

「仕方ないことだったんだ」


 勇者の言葉を遮って、張り上げるように声を出す魔術師。自然、皆の視線が彼に集中する。


「あいつ自身の身を守るためにも、置いていくしかなかった。無理して連れて行けば、間違いなくどこかで命を落としてたはずだ。お前も、皆も……それは望んでいないだろう?」


 魔術師の言葉に俯く三人。


 この旅を始めるにあたって、決めたことがあった。

『誰も死なずに、誰一人掛けることなくこの戦いを終える』

 全員で故郷に帰るのだと、そんな夢物語のような理想を勇者はかかげた。


 そしてその理想が、ここにきて足枷となっていたのだ。


「今さら後悔するのはあいつにも失礼だ。俺たちが出来るのは、はやく魔王を倒して安心させることだろう」

「……そう、だね」


 勇者の返事を聞いて、魔術師は会話を終わらせる。


「今日はもう寝ようぜ。明日から、また戦いは激しくなる。ここで死んだら、ベルトに顔向けができないしな」


 無理矢理笑顔を作っていった言葉に、仲間たちは返事をするのだった。

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