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第9話

 禍々しい赤色が森を照らした。

 戦士が不用心に踏み込んだ地面を中心に広がる、緻密な術式。

 紅に染まる魔力によって構成された巨大な魔術によるものだ。

 

「なに……?」


 戦士も驚きを隠せない。彼は地面に浮かぶその術式を何度も見たことがあるのだ。

 この魔術は彼が盾となり、勇者と武闘家が時間を稼ぐ間に魔術師が作り上げる、最上級の攻撃だ。そのため効果は絶大であり、対多数の戦いにおいてこれ以上強力な術はない程だった。



 短時間で魔術師はこの術を使えない。

 そのはずだった。


「お前が殺した皆の分、苦しんで、苦しんで、死ね! ベルト!」


 涙を流しながら、魔術師はありったけの魔力を注ぎこむ。


 実は勇者が剣を抜いて戦士を攻撃していたのは、単なる反撃ではなかった。襲撃者の注意を引き、その間にもう片方の手で地面を指差して、魔術師に意思を伝えるをためだ。

 それだけの動きだったが、魔術師は勇者の考えを感じ取っていた。彼はずっと、勇者の指示のもと準備を続けていたのだ。


 並外れた自己修復能力を持つ戦士を殺すためには物理的な攻撃や並の魔術では難しい。今この場で戦士を殺せる可能性があったのは、最高位の範囲魔術のみ。

 勇者は自分の命を身代わりにして、詠唱に時間のかかる高位魔術をするように示したのだ。

  

 勇者の死を囮にしたその魔術は、魔術師の悲しみと共に発動した。


 天へと昇る火焔の柱。

 目を開くことが出来ないほどの熱量と光が辺り一面に散らされ、業火をもって戦士を焼き殺そうとする。

 勇者の遺体がある辺りだけは炎が出ない様に調整しているのは、ひとえに魔術師の技量故だった。

 暗闇に包まれる森の中そこだけが昼間よりも明るく光り、さながら地獄のような様相を生み出していた。


 その炎を前にして、魔術師はただ泣いていた。

 治癒術師は首を絞められ陵辱された。戦士も獣に無残に食い散らかされた。そして、勇者も。

 みんな、いなくなってしまった。

 戦士を殺しても何も解決しない。仲間は戻ってこない。

 どうしようもない寂莫感と、脱力感が魔術師を襲い、彼は思わずその場に崩れ落ちそうになる。


 だが術式はまだ終わっていない。

 魔術師は最後の責任としてその魔術のを維持する。あの男を殺すためには、完全に燃やし尽くす必要がある。彼は魔力の全てを炎に注ぎこんだ。

 

 やがて、果てなく思えた魔力にも限界が見える。

 煙と灰が大量に巻き上がり視界を隠す中、魔術師は目を凝らした。

 そして息を大きく吐き、肩の力を抜く。


「終わった、か?」


 動く影は見当たらない。不死身のごとき戦士もこの炎には耐えきれなかったようだ。

 なんて一日だろう。

 これまでの旅はなんだったのか。

 自分達はどこで間違えたのか。

 自問自答がいくつも湧いてくるが、答えは出ない。

 もう少し落ち着いてから、これからのことは考えよう。


「まずは、みんなを埋葬しない、と……?」


 少し上の空になっていた思考の中、突如胸の辺りを衝撃が襲った。

 魔術師が視線を下に向けると、そこにあったのは勇者の剣の、柄。

 何が起こったか分からず、彼はただ視線を前に向ける。


 そこに悪魔の姿があった。

 真っ黒焦げになった戦士が、剣を投擲した姿勢のまま不気味な彫像と化していた。


「……ごぶっ」


 深々と突き刺さったその剣は、殺人鬼の執念の結果。

 口から大量の血液を吐き出して、魔術師が崩れ落ちる。


「ごめ……みん、な」


 剣の柄を握りしめ、しばらく痙攣していたその身体もやがてゆっくりと動きを止めた。

 黒く焦げた戦士もまた、満足げに倒れて

動かなくなる。


 結界の中、そこには静寂が戻っていた。

 結界が淡く光る、ある種幻想的な空間の中、誰一人として動く人はいない。

 皮肉にも再集合した勇者一行は遺体に姿を変えて、森の中に横たわり続けるのだった。

次話、最終話になります。(紀)

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