序章
二つの影が折り重なっている。
覆いかぶさった巨体の男は、大きく肩で息をし全身を震わせていた。
地面に伏している華奢な女は固まっている。動けないのかもしれないし、意識がないのかもしれない。
周囲には誰もいない。
二人を邪魔する者が誰もいない空間で、その行為は淡々と続いていた。
男は首にそえた両の手に力を込める。
必然、女の首は締め付けれられ、彼女の呼吸は止まっていた。
陸に上がった魚のように痙攣しながら、彼女の命の灯は確かに消えようとしていた。
しかし、その殺意は途中でかき消える。
なにか躊躇うように男は、首を絞めていたその手を離した。
震える手を自分の眼で見つめ、そして再び、意を決したように、首に手を添える。
だけれど、その手に力は込められていない。
悩んだように手が止まり、迷ったように力が抜ける。
他者から見れば残忍な行為に見えたかもしれない。
その奇妙な動きは暫く続き、二つの影は暫く折り重なったままだった。
悩み苦しむような巨漢を見上げ、女はか細い言葉をつむぐ。問いただすように、糾弾するように、懇願するように。
これが、貴方の復讐なのかと。