8 第3話 未来から来たドール 後編
ギアスとシフォンはそれぞれ一部屋ずつ使っていいのだが、寂しがりのシフォンの頼みで一つの部屋を二人で使っていた。
話が終わったらいつの間にか23時を過ぎていたので、今日はもう寝ることにしてみんな寝支度を整えはじめた。今は既に入浴も洗面も終えて、ギアスは鏡台の前にシフォンを座らせ、彼女の濡れた長い髪を乾かしてやっているところだった。
落ち着くドングリ色の壁に囲まれたこの部屋中に、ドライヤーの音が温かく響いていく。音が壁に跳ね返って戻ってきては自分の奥へ染み込んで、体の芯から温められていくようでなお心地よかった。
「まったく、部屋に戻ってろって言ったろ? なんであんなとこで寝てたんだ?」
ギアスが広間から出てみたらシフォンは扉のすぐ隣の絨毯の上で猫みたいにぐっすり寝ていたのだった。
シフォンは鏡の中で「えへへ〜。一人じゃ嫌だったもん」と苦笑いするが、ギアスからしたら広間の前にいたのを見たら冷や汗が噴き出すくらい大変なことだった。シフォンが半クローンであることや、それで寿命が短いことなどはあまりにも可哀想なので秘密にしているのである。
一応、どうも聞かれていなかったようだからまあいいかと思った。
それにしてもシフォンの髪を乾かすのは一苦労だ。イスに座れば床に着きそうなくらい長かった。案外このものすごい長さが似合ってしまっているので何も言えないが。
「……、……」
ギアスは無言で真剣にシフォンの髪にドライヤーをかける。やっと腰の辺りを通過し、残る末端40センチくらいはひと束ずつすくい上げながら乾かしていく。
ずっと静かにしているのでシフォンは退屈なよう。しゃがんで髪の末端をすくい上げようとすると腕みたいに細い足をぱたぱたさせているのが見えた。けれどすぐにやめてしまった。
「ねぇ、ギアス。私たちあとどのくらい一緒?」
「……分からない。でもスカイたちとの話でどっかに修行に行くことになりそうになってるから、もしかしたらあと少しの間かもな」
ギアスはシフォンの体のことを知ったその日から彼女をどうにかウーバスタンドのように半永久的に生きさせてやれる方法はないかと考え、旅を始めていた。試験管の中で生まれた子であろうとなかろうと、娘や妹のように見えていたことに変化はなかった。
だがもちろんそう簡単には見つからない。それどころかほぼ不可能なことだ。元々半永久的に生きることのできる生き物なのに、わざわざ半永久的に生きる方法など生み出そうとする必要はない。必要の無いものは作られないのである。それでもシフォンを助けるためにはそれを見つけなければならないので難しいことだった。
一度目の2108年も、シフォンをキサルニアに残して、時々メネスと衝突しながらも異世界中を巡っていたが、得られた手掛かりはただ一つだけ。ウーバスタンドが炎や水などといった能力を操るために使うエネルギーを小ビンくらいのところに大量に集められれば可能性があるかもしれないというのだった。けれどそれ自体もまた難しい。他人のエネルギーを奪ってこいと言われても、どうやったらいいんだという話になるのだ。現状はほぼ、何もできていないのと同じだった。
旅をしている間はあまりシフォンと会うことができず、お互い寂しい思いをしていた。だがそれも仕方がなかった。シフォンを危険に曝すわけにはいかないのだから。
「おお!?」
ギアスはドライヤーを置いて、悲しそうな顔をするシフォンの頬をもちっとつまみ、笑顔にしてみたら彼女は面白い声を出した。
「ははは、何だよその声。ははははっ」
「んん〜」
「ああ、ごめんごめん」
顔を横に引っ張られて喋れないのかと手を離したが、シフォンはそのまま笑顔だった。
「えへへへ、なんか変な声出た。あはははっ」
「は〜あ、面白いわー、おまえ。ま、一緒にいる間はこんなふうに楽しくしてたらいいさ。暗い気持ちなんかならなくていい」
ギアスはシフォンの肩に手を置き、「さて、終わったぞ。そろそろ寝ようか」と続けた。ドライヤーはもう終わり、シフォンの髪はすっかり乾いていた。今日の妖とのことであれだけばさついていたのに、お風呂でフィジーに洗ってもらったお陰もあって美しく茜色に艶めいている。
「うん、ありがとう」
イスから立ち上がってもシフォンはギアスの胸の高さまで届くかどうかだった。そんな小さな体に厳しい運命を背負って生きているとは思えない、無邪気な笑顔だった。
ついさっき、スカイとフィジーにシフォンのその運命について話してきたばかりだ。ギアスにとってそれほど辛い会話はない。今はシフォンの前だからと強がってなんともないように見せていたが、彼女自身の輝きに励まされてしまった。
はああとため息が出る。シフォンが愛おしくてたまらなかった。
「可愛いな、ホント」
気づいたらシフォンを抱き寄せてそう呟いていた。シフォンのほうも甘えるようにくっ付いてきている。
「んふふ、ギアスも寂しがりじゃん」
「うるせぇよ。そりゃ、オレだってずっと一緒にいたいさ」
「ギアス」
「んお?」
不意にシフォンが「シー」と口元に人差し指を立ててきた。
「一緒にいる間は楽しめばいいって、今自分が言ったんだよ? 暗い気持ちなんか、ダメだよ」
「……そうだな。やれやれ、一本取られたよ」
似た者同士。
実の親子であり、実の親子ではない不思議な二人は、それでもどこの誰よりも仲良しだった。




