7 第3話 未来から来たドール 中編
シフォンは広間を出た後一旦自室に寄ったが、ヒョウガが本部へ帰っていってしまうのを見送ったら広間の前の廊下に膝を抱えていた。
廊下の壁の下半分ほどは黒革に一マスが大人の手の平くらいあるキルティング加工が施され、ふかふかとしていた。加えて床はワインレッドの毛足の長い絨毯だ。ここならいつまででも座っていられそうだった。
もうどれくらい扉の向こうのギアスたちの話し声を聞いているだろう。何を言っているのかは聞き取れないが、一人でいるのよりは声が聞こえるだけ気が紛れるというものだった。
シフォンは、三人が何を話しているのか想像できた。ギアスがコワイことと言って自分に席を外させるような内容など、一つしかない。自分自身のことである。
彼女は制服の隙間を探り、胸元からダイヤ形の赤いペンダントを取り出した。ロケットになっていて、鎖の付け根を押すと静かに開いた。
「……パパ。きっと私が、助けてみせるから。もう少しだけ、待っててね」
開いたペンダントの中には枠に合わせてダイヤ形に切り取られた小さな写真が嵌められていた。まだ赤ん坊だった頃のシフォンを前に抱いて幸せそうに微笑むギアスの写真。ただ、そのギアスは今広間で話しているギアスではなかった。この写真のギアスは国際連合軍のコバルトブルーの制服に身を包んだ、数年後の未来のギアスの姿である。
シフォンはあまり考えないようにしているが、過去を思い出すと胸が締め付けられるようだった。自分が生まれた未来の異世界では、結局13になるまでノエルの愛情を受けて育ったが、彼女の元に預けられて以来一度も父親と過ごすことはできなかった。薄っすらと彼女の記憶にある未来のギアスとのことは、瓦礫の海と化したキサルニアへおんぶされて連れていかれていたときのことだけである。
もし父親の背の温もりに身を委ね、眠ってしまってさえいなければ、自分をより長く生かすために無謀な戦に挑もうとするのを止められたのではないか。そんな自分への怒りで腸が煮え繰り返りそうだった。
13になったある日、シフォンに運命的な出来事が起きた。シフォンにとって過去の時代、一度目の2108年7月上旬へのタイムスリップである。
前後の記憶が曖昧で、一体どうしてそんな不思議な現象が起きたのかは未だに分かっていないが、シフォンは過去へ遡ったと知ったら胸いっぱいに希望が溢れた。もしかしたら、ギアスを助けることができるのではないか。過去を変えてしまえば、死ぬはずの父親を死なさずに済むかもしれないのではないか。
シフォンは音を立てないよう、そっとペンダントを閉じる。そうして元のように胸元にしまい込んで、深いため息をつく。彼女はこの時代にやってきてからギアスを助けたいと願っていた。だがしかし、助けられるのはむしろ自分のほうだったのである。
○○○○
——一度目の2108年7月下旬。
タイムスリップの後、ギアスと再会して2週間ほどが過ぎたある日のことだった。この日もシフォンは広間の前の廊下で膝を抱え、ギアスを待っていた。
7月上旬、ギアスは異世界へ来て、シフォンはこの時代に来てキサルニア王の城で一緒に過ごせるようになると、まず最初に健康診断を受けていた。特にシフォンは未来から来るという、異世界でも前代未聞の超常現象を経験していたため、より詳しい検査を受けていた。
この日は医師から検査の結果を聞かされていたのだが、何故か途中でシフォンだけが席を外すようにと指示されたのだった。
もちろん会話の内容をシフォンに聞かれないようにするためだが、これが気にならないはずがない。聞くなと言われれば聞きたくなるもの。シフォンは広間の扉に耳を押し当てて盗み聞きしていた。
扉の厚みのせいで二人の会話は小さいが、どうにか聞き取れた。
「ここからは少し、覚悟して聞いてください」
「え、オレ、なんかあったんですか?」
「いえ、ギアス君のほうは健康そのものでしたよ。しかし……、あの子に関しては、お伝えしておかなければならない問題があったんです」
「……も、問題? シフォンに?」
耳からの情報だけでもギアスが戸惑っているのがよく伝わってきた。
シフォンにとってギアスは父親だが、反対にこの時代、まだ18の彼からすれば血縁といえど限りなく他人に近い存在に見えていたはずである。けれど再会して事情を聞いたときから、ギアスは実の家族として受け入れてくれていた。
シフォンはこの時代に来て初めて知ったが、ギアスも赤ん坊の頃に最後の家族だった母親を亡くして孤児になっていた。身寄りがないことの寂しさと、ようやく家族に巡り会えたという喜びは彼も同じだったのである。
シフォンは自分なんか他人も同じなのだから嫌がられるかもしれないと不安に思っていた。しかしギアスは、まるで曇り空に晴れ間が差したように心の底から喜んでくれたのだった。
お互いに、念願の家族だった。ギアスは父親になるには早すぎるのにも関わらず、2週間も過ぎたら本当に親のように甲斐甲斐しく面倒をみてくれて、そして優しい兄のように可愛がってくれるようになっていた。
ギアスはどれだけ辛かっただろう。溺愛する家族に、余命を宣告されたのだから。
「嘘だ!! ふざけるなこのヤブ医者め! そんなバカなことが信じられるか!」
扉の向こうから聞き耳を立てるまでもなく、いつもの仏のようなギアスからはとても想像できない怒声が聞こえてきた。シフォンも雷に撃たれたように飛び上がるくらいの勢いだった。
医師も毅然とした態度でギアスをなだめ、しばらく言い合いが続いた。
どうにかギアスも落ち着きを取り戻し、医師が重々しく解説を始める。
「遺伝子の一部分に、その個体の寿命を決める箇所があります。この部位は年をとると縮んできて、老化をもたらすのです。しかしながらそれはあくまで人間界の生き物での話。我々ウーバスタンドは栄養さえ摂っていれば永遠に傷を再生でき、この部位に関しても常に縮んだそばから再生しています。例えそれがクローン生物であったとしても、もとの個体と全く同じ体なので問題なく半永久的な寿命を得ることができます。ですが、上手くクローンになれなければ、不自由な体で生まれてくることになるんです。シフォンさんの場合、影響が出ているのが寿命に関してのみで他に異常がないというのが、不思議なくらいなんです」
「ふざけんなよ、そんな、良いふうな口ぶりで言うんじゃねぇよ」
ギアスは情緒が安定せず、今度は今にも泣き出してしまいそうになっていた。
「まだ、13なのに、なんだよ半クローンって。あと、たった4年しか、生きらんねぇのかよ。どうなってんだよ! ふざけんな……、ふざけんなよ……。お互いやっと出会えた家族で、やっと分かり合えてきたと思ってたのに」
彼は一度そう声を荒げ、それからは時々鼻をすすりながら泣くばかりだった。




