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5 第2話 再会とは呼べない再会 後編

 広間は見渡すほどの広さではなかった。個室にしてはやや大きいというくらい。

 壁はドングリ色の木。ベージュの、やはり毛足の長い絨毯。部屋の中央にはガラスのコーヒーテーブルを挟んでワインレッドのソファーが向かい合わせで鎮座していた。


 扉が開くとこちらを向いて座っていたスカイとフィジーとすぐに目が合った。

 スカイは水色の髪と瞳をしていて、アップバンクにした髪型は彫りの深い目鼻立ちに似合っていた。能天気で爽やかな性格が目で見えるよう。

 彼の隣に座るフィジーは明るい黄緑の髪と瞳の、黒カチューシャをしたセミロングの童顔な少女である。


「うわ! なにあの子! すごい可愛い〜!」

「へ!?」


 フィジーはシフォンを見るなり目を輝かせて駆け寄ってこようとした。が、すぐ隣にいたスカイに、「おいおい、今はそんな状況じゃないだろ」と慌てて止められてしまった。彼女は渋々ソファーに浮かせた小ぶりな腰を戻すが、驚いてギアスの陰に隠れたシフォンをまだまだ見つめている。


 幼馴染なだけあって、とても一度目の2108年のことを知らないように見えない。壁を貫いて遥かに抜けていくようなフィジーの明るい一声でギアスの不安も吹き飛んだ。


「にしても、やっぱりなんか雰囲気違うな。ホントに1年多く過ごしてたんだな」


 話を本題に移すようにスカイがギアスを見て言った。と、フィジーもギアスを見ると突然頬を膨らませる。


「もう、急に人間界で行方不明になっちゃうし、色々大変だったんだから。今日だって何時間も待たせるし」

「お前、半泣きになって心配してたもんな」

「うっさい!」


 ベシン! フィジーがスカイの膝を叩いたら広間中に破裂音が反響した。

 少し過激にじゃれあう姿はやはりギアスの知っている二人だった。ほっとしてシフォンの頭に軽く手を置き、


「ああ、二人とも悪いな。こいつが街で迷子になっちゃってて大変だったんだよ。とりあえず、久しぶり」

「うぬぬ……。別に、なりたくて迷子になったんじゃないやい」


 シフォンはまた頭をポンポンして示されてリスみたいにぷっくり頬を膨らませた。


「うっ。そういうことなら、まあ、いいわ。とりあえず座りなよ。ソファーがあるんだから」


 フィジーはもうシフォンに夢中になっているとみえる。彼女の中の怒りがしゅうぅぅ、と鎮火される音が聞こえてきそうだった。

 ギアスがシフォンをフィジーの正面に座らせれば案の定、フィジーの目はシフォンを追いかけるように動いた。恥ずかしそうにシフォンがもじもじしはじめるのがまた面白い。そんな仕草をすれば余計にフィジーを刺激するというのに。


「はぁ〜、可愛い〜。こんな可愛い子初めて見た。お人形さんより可愛いじゃん! ねぇねぇ、名前、なんていうの? いまいくつ? ギアスの仲間か何か?」

「え、えと、名前は、し、シフォンって、いいます。14。色々あって、その、ギアスとはめんどくさい関係です」


 なかなか誤解を招く言い方を上手にやってくれたなとギアスはため息をつきながら呆れて首を振る。

 スカイもフィジーも目を点にし、一瞬言葉を失った。

 そして……。


「「誘拐したの!?」」

「違うわ、バカかおまえら」


 またやれやれと首を振り、


「シフォンとは色々あるんだ。そういうやましいことじゃなくて。こいつのことは後で話すから、今は本題に移ろう。亞界化についてだ」


 扉のところで立ち控えていたヒョウガもその通りだと頷き、無言のままスカイとフィジーを促していた。

 スカイがヒョウガを一瞥して言う。


「ああ、それオレも聞きたかったんだよ。なんか今年2108年が2回目なんだってな。本当なら2109年らしいじゃん」

「そうなんだ。正確には、2109年に亞界化っていう時間が巻き戻る現象が起きて2108年まで遡ったってことなんだけどな。それでほとんどのヤツらが2108年を生きてるんだが、一部、オレらみたいに2109年まで過ごしたヤツが混ざってるんだ」

「なるほど。ってことは、やっぱりオレらからすればギアスとヒョウガ、それからシフォンちゃんもなのか? その三人は1年先の未来から来てるってことになるのか?」

「確かに、そう見えるだろうな。オレたちが1年前にタイムスリップした感覚なんだから」


 不意に、静かに立ち控えていたヒョウガが付け加える。


「ただ、この亞界化で異変が起きたのは時間軸だけではありません。異世界中の環境にも影響が出ているんです」

「どういうこと?」


 フィジーが難しそうに細い眉を歪めた。 ギアスが代わりに答える。


「例えば、そうだな。フィジーたちは今日こっちに来てから1回でも外に出て、街の様子を見てきたか?」


 二人とも横へ首を振る。


「じゃあ、聞くけど、この街で夜になると事件を起こすことが多くなる種族は、なんだ?」

「え、それって、妖のこと言ってるの? そんなのずっと前からいるじゃない」


 フィジーの隣でスカイもふむふむと頷いていたが、ギアスもヒョウガと揃って横へ首を振った。


「お前らが知ってる妖たちの記憶は、全部亞界化によるものなんだよ。世界が再構築される前の一度目の2108年には、ただの一体もそんな種族はいなかったんだ。この亞界に作り変えられてからやっと現れた、二度目の2108年固有の連中なんだよ」

「え!? 嘘でしょ!?」

「あ! へぇ〜、なるほど、そういうことなんだな。そんなに作り変えられてたのか」


 亞界化とは単に時代が遡ったことをいうのではない。世界の"再構築"なのである。

 事の発端は2109年の2月。ギアスはシナリオという運命を司るメネスと戦闘になるも、死闘の末に瀕死の状態まで追い詰めることに成功した。

 だがしかし、トドメを刺そうとしたとき、シナリオは最期の力を振り絞って世界レベルで運命を捻じ曲げ、亞界化という現象を引き起こしたのである。


 亞界化の影響でどこまで世界が作り変えられているのかは分からないが、妖という種族の存在ははっきりとこの事実を伝えてくれるものだった。

 二人はそれを聞くともう亞界化がどういうものかは理解できたようだった。

 フィジーが不安そうに眉を歪める。


「じゃあ、この異世界は私たちの知ってるものよりずっと恐ろしいものになってるかもしれないってこと?」

「可能性は充分にある。すまない、フィジー、スカイ。オレには亞界化を止められなかった」

「何言ってんだ、仕方ねぇさ——」


 真剣に謝るギアスとは対照的に、スカイが笑い飛ばした。

 

「それに元々この異世界にはメネスがいたんだ。妖が増えようが大差ねぇよ」

「そうよ、別にギアスは何も悪くないんだから。ギアスだって被害者じゃない。大丈夫。私たちも力貸すよ? 旅してるって聞いたけど、その目的も亞界化が云々(うんぬん)ってことなんでしょ?」


 持つべきは友だとギアスは心の底から思った。二人に会うまで一人で抱えていた悩みがすうぅぅ、と薄らいでいくのは自分でも分かるほどだった。


「ああ、ありがとう二人とも。そう言ってもらえるとありがてぇ」

「いいってことよ」


 得意になってフィジーが胸を張った。


「確かに目的はその、亞界化を起こしたシナリオってヤツが生きてるのかどうか、それから生きてるんならどこにいるのかっていうのを調べることが一つだ」

「一つ? 他にもあるのか?」

「ああ。じゃあ、ちょっとシフォン——」


 ギアスは会話の途中でシフォンのほうを向く。

 三人の間に目を行ったり来たりさせて話を聞いていたシフォンはキョトンとしてギアスを見上げた。


「ん?」

「ここからはコワイ話になるから、先に部屋に行っててくれないか? 眠れなくなるぞ」

「えっ、わ、分かった」


 コワイ話と聞いただけでシフォンは本当に怖がったみたいだった。何事かと顔を見合わせるスカイとフィジーを尻目に、シフォンはヒョウガに案内されて広間から出ていった。

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