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3 第1.5話 過去

 ——西暦2090年。

 王の間は真っ白だった。御伽噺(おとぎばなし)に出てくる煌びやかさなど一つもない。大理石と白い長ソファーしかない、雪原みたく殺風景かつ目を焼くほどの白さ。

 展望台のように360度一面ガラス張りの窓から差し込む太陽の光が部屋中に反射し、具合悪そうにソファーに横になった金髪の笑わない青年の姿を霞ませていた。


 青年が着ているローブも白かった。彼の肌も陶器のようで美しかった。ぐったりとしているが、金の瞳はいまだ王たる風格を絶やさず、横目ながら客人を見つめている。

 王の元を訪れていたのは、黒いローブに頭の先から足の先まで隠した背の高い女だった。口元にも布を巻き、鋭い茜色の瞳だけが見えている。すやすやと眠る、まだ赤ん坊のギアスを前に抱いて、たった今やってきたところだった。


「久しいな」

「いらぬ挨拶はせん」


 王は気が短かった。

 二人とも低い声をしていた。ただ声色に性別の違いがあるのみ。そして二人とも無愛想で、ゆっくりした口調だった。

 女は本題に移る。


「この子を、人間界へ行かせてもらいたい」

「さすれば、貴様もこの世界を離れるというのか」


 女は横に首を振る。


「信頼の置ける仲間に、私の代わりをしてもらう」

「分かった。では明後日の出発を目指し、行動してやろう」


 鋭い女の瞳にかすかに安堵が見えた。しかし王は至って業務的に続ける。


「ただし、その子供にはまたこちらへ帰ってきてもらうことになるだろう。貴様の子として生まれたからには、逃れられぬ宿命だ」

「……ああ」

「故に、その子供には情けをかけてやろう。まだ物心ついておらぬのだ。男子とはいえまた帰るとき、同類なくして未知なる世界の広さを前にしてはたまらぬ。こちらとしても色々と面倒だ」

「つまり?」

「同年代の友人をつけてやる。将来有望な孤児(みなしご)を二人ほど連れてこよう。貴様の仲間には悪いがな」


 女は寝ている小さな息子に視線を落とし、母の笑みを向けた。またすぐに王に向き直り、


「ありがとう。この子も幸せに、友達と共に強く育つに違いない。……例え、私がいなくとも」

「金より気遣いのほうがよかろう。これまで長きに渡り、ご苦労だった。残りの時間は、あとどのくらいなのだ」


 やっと無表情だった王が人間的に残念がる目をした。

 女は薄く、開き直ったように笑みを浮かべる。


「もって10日だそうだ。早くて5日」


 女は毒に冒されていた。

 彼女は長い間兵士として活躍してきた。しかし、とある戦闘で猛毒を受け、極端に短い余命を言い渡されていたのである。

 彼女は最期に、息子には母親としてできる限りのことをしてやりたかった。その想いの答えが、人間界で育ててもらいつつ、匿ってもらうことだったのだ。


 彼女らのいる異世界は、ある大きな脅威に脅かされてきた。そのまま脅威という意味でメネスと呼称される輩が何かしらの目的のために異世界中で(うごめ)いており、しばしば大惨事を引き起こしていたのである。

 メネスたちの目的の一つと言われるものに、希少な能力を奪うというものがある。その実、珍しい能力を持つ者は命を狙われやすいという傾向があった。


 そう、ギアスとその母親が持つ破壊という属性は、片手で数えても指を全て折るか分からないほどの希少種だった。

 命を狙われた幼い息子を、そんな危険な世界に残したままでは死に切れない。故に彼女はこの王の能力をもってしてようやく行くことのできる人間界に隠すことを望んでいた。


「少なくとも、貴様の息子が独り立ちするまでは手厚く支援してやる」


 王にも思うところがあったのか、しばらく間を置いてそう言った。


「貴様は息子のことはもう何も心配する必要はない。貴様の意思はこの王が確かに引き継いだ。あとは、安らかに眠るがいい。以上だ」

「……ふん、何だその台詞。らしくないじゃないか」


 女は王に背を向けながら、そう呟いた。

 沈みゆく夕日のような茜色の瞳に、涙を浮かべて。

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