27 第12話 失くしたもの 前編
レイドはギアスと別れた後、キサルニアの学園に戻ってきた。何か大きなことを忘れてしまっている気がして、そしてまるで胸にぽっかりと穴が空いたような、何か大切なものを失ったような感覚がつきまとっていた。
今日の昼と同様、ミリタニア学園の外でキサルニア王のバリアに阻まれながらソニアの名前を叫んだ。辺りはもう薄暗く、寮生活の生徒たちは一日の授業を全て終えて夕食を摂る頃である。しかし、仕事に関しては人一倍真面目なソニアはいまだに教務室にいて、窓を開けてこちらを見下ろしてきた。
「あれ、レイド? レインズに行ったんじゃなかったのかい?」
「レインズ? まあ、それはいいけぇ、とりあえず中に入れてもらえない? ちょっと、相談したいことさぁあってさ」
ガラスのように艶めく水色の瞳を右へ左へやってそわそわするレイド。何があったのだろうとソニアは小首を傾げ、錬金術で壁をすり抜けて地上へ降りてきた。
ソニアはレイドの手を引いてキサルニア王のバリアをくぐらせ、
「なんか、アンタ今朝から様子がおかしいよ。っていうか、なんか前に会ったときより女の子らしくなってるっていうか、しおらしくなってて可愛いとは思ってたけど、今は特にレイドらしくないぞ?」
「そ、そうかな?」
ソニアは眉間にシワを寄せ、眉をぐにゃぐにゃ曲げて不思議そうにしているがレイドにはその意味がよく分からなかった。
ソニアは巨匠の描いた意味の深い絵画でも覗き込むようにレイドの小さな顔を眺め、
「女の子は恋をすると可愛くなるっていうけど、こんなに変わるんだ。見たところ、ギアスと上手くいってないってとこかな?」
「ギアス? 誰のこと言ってるんさ? 恋って、なんのこと言ってるさ?」
「……え?」
レイドはソニアが言うことがさっぱり分からず、目をパチパチしてキョトンとしてしまう。一方でソニアは怪訝そうな顔をしていた。
ピカッ、ピカッ、と、学園の明かりが灯される。ソニアの顔が逆光になってますます困ったように見えた。ふと、彼女は何かを悟ったようにはっとする。
「う、嘘だろ……。まさか、アイツこんな……」
「え、な、何じゃ? どうしたのじゃ?」
レイドはソニアに抱きしめられた。傷ついた子供をあやすようなソニアの優しさに、自分の身に何が起きているのかと不安になる。
困惑しつつ、ソニアの言葉を待った。
「レイド。アンタ、ギアスって名前に聞き覚えは?」
「ないよ? ソニア、さっきから誰のこと言ってるさ? 私、何かおかしい? 私、なんか忘れてる気がして、それでなぜか分からないけどすごい寂しくて、ソニアに相談に来たさ。やっぱりソニアから見て今の私は、どっか変なのじゃな?」
「ああ。でも大丈夫。あたいがきっとどうにかしてやんよ。あたいがきっと、解決してやる。とりあえず中で話そう。っていうか今日はもう疲れたろうし、泊まってくといい」
ソニアはそう言ってレイドを離し、彼女の手を引く。レイドはソニアに促されるままに学園へ入っていった。
○○○○
レイドはソニアの部屋へ案内された。このミリタニア学園は全寮制であり、教師も泊りがけなのでベッドやバスルームもあった。
以前にも何度も遊びに来たことがあったが、相変わらず散らかっている。足の踏み場もないほど色々な参考書やカバン、くちゃくちゃのバスタオルや脱ぎ捨てた服などが床を覆っていた。異臭こそしていないが、なかなかの悲惨さである。
「ご、ごめんね、ちょっと散らかってるけど、まあゆっくりしてよ」
「どこで!?」
ソニアは苦笑いしながら床の物を端へ寄せはじめた。見るに見かねてレイドも片付けを手伝いはじめる。
「もう、女の子同士じゃけ、別にいいけどさ、女の子がこんなことじゃいけないぞ? あー、もう、端っこに寄せない! ちゃんと本は本棚に入れるさ。洗濯物は洗濯カゴに入れるさ。お? あー! このブラ可愛い! ソニアって男の子みたいにカッコいいけど、意外と女の子らしいとこあるんさな!」
「きゃー! やめろよ、それ見んなって! ちゃんと洗濯カゴに入れるから!」
二人掛かりで部屋を片付けること小一時間。途中、名前を言ってはいけない黒光りする小さなモンスターの出現もありパニックになりながらもどうにか片付いた。
レイドは額の汗を手の甲で拭って、「ふぅ、やっと終わった」と一息ついた。
ソニアが片付いた部屋を一望して呟く。
「なんか、こんなにキレイだと落ち着かないなぁ」
「……ソニア、それ重症じゃぞ」
えへへへ、とソニアは苦笑い。
名前を言ってはいけない黒光りする小さなモンスターを倒すためにレイドが電撃で焼いてしまった床の一部も錬金術で直し、ようやく話ができるようになった。
ソニアは折りたたみ式のテーブルを出してきて組み立て、レイドをマットに座らせた。レイドにはリンゴジュースを、自分には赤ワインを持ってきて、冷蔵庫からどっさりとドーナツを用意した。
「ソニア、ホントお酒好きじゃな。そんなに美味しい?」
「ああ。アンタはまだ未成年だから飲んじゃダメだぞ」
「分かってるさ」
「ま、こういうときこそ明るく話せばいいよ。精神衛生的にもな。ほら、遠慮せず食べてよ」
「うん。ありがと」
そう話している間にもソニアはグラスに注いだ赤ワインを飲み干し、残った一滴を錬金術で増やしてまたいっぱいにした。お酒に強いらしく、レイドはソニアが酔ったところを見たことがない。
ソニアは二杯目もあっというまに飲んでしまうとイチゴのクリームがかかったドーナツをかじりはじめた。
こういうときこそ明るく話せばいいとは言っておきながら、ソニアは「ふん〜〜」と深い息を吐いた。レイドもリンゴジュースに刺したストローを咥えながらソニアの様子をうかがう。




