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26 第11話 破壊してはならないもの 後編

 一瞬、目の前にいるのが誰なのか理解できなかった。水色の髪と瞳、同じく水色の涼しげなキャミソール。間違いなくレイドだった。

 レイドの目はずっと会いたかったと叫ぶように涙が浮かんでいて、ギアスは驚きと混乱で言葉が見つからない。

 ただじっとレイドを見つめたままでいると、彼女も草の上にしゃがみ、目線を合わせてきた。

 もう、レイドとは言葉を交わすことも叶わないと思っていた。しかし彼女は確かに目の前にいる。本物だ。ギアスは知らずのうちにレイドの頬に触れていた。

 レイドはそのギアスの手にそっと触れ、


「覚えていたのじゃな。私の、こと」

「……」


 レイドはどれほどギアスとの再会を喜んでいることだろう。人生でこれほど幸せなことはないと言いたそうなほどの満たされた笑みを浮かべていた。

 しかし、ギアスは返って困ってしまった。思わず舌打ちしそうになりながら、苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らした。


「どうして、どうしてここが分かった」

「……キサルニアで、聞いたのじゃよ?」


 視界の端でレイドが戸惑っているのが見える。傷ついたに違いない。

 ギアスは写真をポケットに押し込み、これはたまらないという具合に激しく頭を掻く。そしてレイドとは反対側の夕焼け空を眺めた。

 しばらくの静寂の後、ため息をつき、


「オレはもう、デウマキ兵じゃないんだ。強いて言えば、亞界化を許した罪人も同然なんだ。そのオレに、何しに会いに来やがった」

「な、何を言っているのじゃ。何しに来たって、そんな——」

「連れ戻しにでも来たのか。また一緒に過ごしたいとでも言いたいのか」

「一緒にいたいに決まってるさ!」


 レイドの怒声が爆ぜた。透けるような、幼さの残る声にはとても似合わない勢いだった。


「どうしちゃったのじゃ。どうして、そんな突き放すようなことを言うさ? ずっと、ずっとずーっと、君が生きてるって祈って、気が遠くなるくらい待ってたさ。なのに、君は、私のことさ嫌いになってしまったのか? デウマキ兵とか、罪人とか、君の言ってることが、分からない」


 何も知らない小鳥たちが、涙を堪えながら土を握るレイドを尻目に夕日の中を清々しそうに羽ばたいていく。

 ギアスは単純にレイドを巻き込みたくなかった。仲間に囲まれることは幸福なことだが、同時にリスクを抱えているのだ。

 静かに、ギアスは立ち上がった。足下にうなだれているレイドを置いて立ち去ろうとするが、すれ違ったくらいのところで立ち止まる。

 レイドに背を向けたまま、こう呟く。


「レイド。お前には分からないよ。亞界化のとき、何があったのか……」

「何があったんじゃ。どうして、君が、そんなふうになってしまったんじゃ……」

「……みんな、死んだんだ」

「え……!」

「結局、亞界化でやり直しになったから生き返ったらしいけどな。もう見たくないんだ。……死んだやつの中には、レイド、お前もいたから。オレの言いたいこと、分かるだろ。二度と来ないでくれ」


 ギアスはポケットに手を入れ、その中で先に押し込んでいた写真をぎゅうぅ、ぅ、と、強く握りしめた。

 オレは一人でやっていくと決めたんだ。これでいい。みんなを守るには、これが一番いいんだ。これしか、ないんだ。と、そう自分に言い聞かせながら屋敷へ歩みを進め始めた。


「行かないで!」

「……」


 西陽に長く伸びる二つの影が、一つになる。レイドが腰にしがみついて離さない。

 腹までのばしてきた彼女の小さな手はギアスの上着を強く握りしめていた。


「君は、バカじゃないのか。仲間が死んだのがトラウマだからって逃げるのか? 私は、君がそんな弱虫だとは思わない。そんなはずがないのじゃ。君は、自分を見失っているのじゃ。昔の君ならきっと、今度こそ守れるように強くなればいいって考えてたはずじゃ」

「……離せ」

「嫌じゃ。君の気持ちは分かったさ。じゃけど、今君がしようとしているのは、ただの自殺行為じゃぞ? 思い出してみるさ。今までどれだけ仲間がいて良かったと思ったことがあった? そう思ったことがたくさんあったけぇ、君はみんなを失って、余計に辛かったんじゃないのか? 私はこれでも君のものじゃ。何があっても君のものじゃ。君のことが全く理解できないわけが、ないじゃろ」

「うるせーんだよ!」


 ギアスは身体を勢いよく捻り、レイドを引き剥がした。


(せっかく会いに来てくれたのに……、どうしてこうするしかねぇんだ!)


 赤ん坊のように小さな顔を歪めて涙ぐみはじめていたレイドから視線を逸らし、


「ああ、そうだよ。お前の言う通りだよ! でも——」

「本当に私たちを近づけたくないんなら私の記憶を消せばいい!」

「!」


 レイドは泣き泣きそう叫んで、また駆け寄って、胸にしがみついた。ほぼ真下から必死にこちらを見上げてくる。


「できるか? 君に。私たちには関わってほしくないんじゃろ? でも私も、みんなも、このままにしていたら無理矢理にでも君を連れ戻す! 君のことが、死んでも好きじゃからじゃ! 前の君に戻ってほしいからじゃ! いつもの君でいて、ほしいからじゃ! どうする? このままじゃ君の思うようにはいかないぞ。もうすぐラッシュたちだってここに来る。そうしたら君の思うようにはならない。今すぐ私の記憶を消して、君のことを分からないようにでもしない限り、君は、逃れられないぞ!」


 ギアスは覚悟を決めたように、レイドを抱き返す。そして、彼女の頭を撫でるように触れた。


「……レイド。愛してたよ、オレは」

「ギアス、私は、信じてるぞ」

「さようなら……」



○○○○



 夕焼け空が燃えていた。はるか遠くまで赤く染まり、夢のようだ。

 涼しい夏風がゆるりと流れ、気を失って横になっているレイドの華奢な身体を優しく通り過ぎていった。


「……んんっ、ここは?」


 ギアスが遠くを眺めていると、ようやくレイドが目を覚まして、眠そうな声を発した。


「君は、誰じゃ?」

「……気がついたか。アンタ、倒れてたんだよ。ケガとか、してなかったみたいだけどさ、危ねぇから運んできたんだ」


 ギアスは言いながら泣きそうだった。仲間が死んだときよりもずっと苦しい気がしていた。

 レイドはそんなこととも知らず、慌ててお礼を言った。他人のように。


「礼なんかいらねぇよ。無事ならさっさと帰りな。アンタ、前に見たことあるよ。デウマキの人なんだろ? 仲間が心配してるぞ、きっと」

「は、はい! あ、あの——」


 ギアスが立ち去ろうとするとレイドは止めた。


「名前を、聞いてもいい? これも何かの縁じゃけ、その、またどこかで、会えるかもしれないけぇな。私は、レイド言うんさよ」

「……」


 ギアスは何も言わず、ただ後ろ向きに手を振って、レイドと別れてしまった。

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