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25 第11話 破壊してはならないもの 中編

 ギアスに充てがわれた部屋は一番東側のものだった。

 八畳一間。天井と壁は年季の入った味のある木で、床板はおそらく地面からの湿気にでも負けたのだろう、最近張り替えたような真新しいフローリングだった。

 置いてある家具はベッドとタンスと、赤ん坊二人でいっぱいになるくらいの机のみ。寝ることと着替えることのためだけにあるような空間だ。


 この部屋の殺風景さにギアスが気がついたのは夕方になってからだった。何せ、扉を開けたらまず柔らかそうなベッドが目に入ったので、ギアスは一目散に飛び込んであっというまに眠ってしまっていたのだった。

 脇の小さな机に置いていた端末を拾い上げる。「18:23」と表示されていた。寝起きでまだぽかぽかとする体を持ち上げ、ギアスは廊下へ出ていく。


 みんなは居間で団欒(だんらん)しているらしい。前を通り過ぎるときにフィジーたちの楽しそうな話し声が聞こえていた。よほど夢中になっていたようで、ギアスが外に出ていっても気がついていないようだった。


 屋敷の裏である東側には川が流れている。なかなか幅が広く、水切りをして小石を向こう岸に渡らせることができたらいい気分になれそうなくらいだ。川のすぐ手前まで草が茂って、茜色の夕日に焼かれながら涼しい風にゆらゆら揺られていた。

 そんな景色が右から左へ遥かに続いている。ギアスも自然の一部となって、遠くを見つめた。


(そういえば、こんなに一人でゆったりしてるのは、いつぶりだろうな)


 ふと、ギアスはそんなことを思った。思えば亞界化事件中はもちろん慌ただしく、その後は四六時中シフォンと一緒にいて、一人の時間など無いに等しかった。

 ギアスは草の上に腰を下ろす。そしてうんっと伸びをして、大あくびだ。この茜色の夕焼け景色はまるで夢のように現実を忘れさせる。血で血を洗う今までの残酷な戦いも、メネスの血に飢えた悪夢のような笑みも、なにもかもが違う世界での出来事のよう。


 どうしてだろうか。ギアスは急に胸が締め付けられるような寂しさに襲われた。

 一人の時間を得たのでは無いのだ。一人に、なってしまったのだ。

 この空の大きさ、草原の広さ、この川の長さが、お前の周りには誰もいないのだと主張する。ケンカする相手も、笑い合う相手も、誰一人、いないのであると。

 ギアスは仲間たちのことが大好きだった。亞界化前、共にデウマキ兵として戦場を駆け巡った仲間たちを思い出していた。会おうと思えば会いに行ける。しかし、ギアスはかつての仲間たちとの再会を恐れていた。


 もし、亞界化のせいで、みんな自分のことを忘れてしまっていたら。そんな残酷なことがあるだろうか。

 ギアスはポケットからある物を取り出し、見つめる。かつてのデウマキの仲間たちと撮った写真。自分の誕生日をみんなで祝ってくれた、最高のひと時がそこにあった。


「……レイド」


 声にならぬかすれた吐息で呟いていた。

 写真の中の自分のすぐ隣で、カメラに笑顔を向ける水色の髪と瞳をした少女。ギアスの最愛の恋人だった。

 今頃も太平洋上空に浮遊するデウマキ本部にいるのだろうが、自分のことを忘れないでいてくれていたとしても、また同じ時間を過ごすことは難しい。なぜなら、自分はもうデウマキ兵ではなく、強いて言えば罪人に近い存在だからだ。異世界中に亞界化を起こさせてしまった大罪を背負い、デウマキに顔を出したら後ろ指を指されるような男なのだ。もはや住んでいる世界が違ってしまっているのである。


「……」


 不意に誰かがギアスの右肩に手を置いた。

 何事だろうと振り返ってみれば、そこにはレイドが立ち、こちらを見下ろしてきていた。


「ギアス、おかえり」


 心臓が止まりかける。ふわりと風が吹いて、レイドの髪をなびかせていった。

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