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23 第10話 ウーバスタンドは老いない 後編

 フラウズは頬袋いっぱいに詰め込んだ饅頭をお茶で流し込む。そして思い出すように天井を見上げた。


「お主ら、デュンケルハイトの夜のことは知っておるじゃろうか」

「はい、知ってます」


 スカイとフィジーも知っているらしく、両脇で頷いていた。

 デュンケルハイトの夜とは、闇の属性者の国であったデュンケルハイトという先進国がメネスの襲撃により一晩にして焼け野原と化した黒い歴史のことである。当然ながら現地へ送り込まれたデウマキ兵たちすらも多くが犠牲となった大事件であり、そのうち生き残った兵も大半が再生不良の深手を負い、引退を余儀なくされた。ギアスの亡き母親、ディスティもまた、この事件で命を落としたデウマキ兵の一人だった。


「オレの母親も、それで死んだそうなので」

「……うむ。ディスティは()に素晴らしい英雄じゃった。彼女が命を落としたことがどれだけの損害であったかしれん。今さらながらにお悔やみ申し上げる」


 フラウズは梅干しくらいに顔をしわしわにして残念がった。


「いいんです。ありがとうございます。続けてください」

「うむ——」


 なんと切り替えが早いことか、フラウズはまた暢気な顔をして饅頭を口に入れ、緑茶で飲み込んだ。


「まあ、要するにじゃな、わしもあの晩に出撃しておったのじゃよ。じゃが、運が良かったのか悪かったのか、劇毒のメネスと後に呼ばれることとなるやつとやりあうことになってのう。しかもあやつが人前に姿を見せたのは後にも先にもあの晩だけなのじゃ。小さな女子(おなご)のなりをしていながら、毒煙をまとっていてとても近づけたものではなく、わしは命からがら部下を連れて逃げ出すので精一杯じゃった。後に聞いた話じゃが、やつと目を合わせておきながら生還したのはわしらの部隊のみじゃったそうな」

「それで、逃げるときに毒を浴びて体を保てなくなったってことですか」


 そうスカイが言った。


「左様。以来、わしは急激に老け込んでしもうてのう。20歳前後の見た目からわずか20年ほどでこのしわくちゃじゃ。もう明日生きておるかも分からぬ。ほっほっほ、割と元気じゃで、案外まだまだ現役かもしれんがの」

「……ってことは、つまり」


 明日生きていられるかも分からないと言うフラウズの言葉に、ギアスは共感するものがあって独りごちた。

 残りわずかな命である人物など、半クローンという不完全な体で生まれたシフォン以外にいるとは思わなかった。毒を浴びて人間以上の速さで老けるようになったフラウズも、シフォンと同様、残りわずかの命なのだ。


「何か、どうにか生きながらえる方法を知りませんか」

「おおっ、どうしたのじゃ急に慌ててしもうて」


 フラウズが眼窩に奥まった小さな瞳を丸くする。

 ギアスはこんな大きな声を出したのは久しぶりだった。シフォンと同じ境遇にいる人物であれば、何か手がかりが得られるかもしれないと脳内に電流が走ったのだ。

 隣でフィジーが代弁する。


「実は、ギアスの家族も訳あってあんまり長生きできない体になってるんです」

「ふむ、なるほど」


 フラウズはふ菓子のようによぼよぼの細い両腕を組み、また顔を梅干しにして低くうなる。


「すまんが、わしにも分からん。この老いぼれとて、もちろん死にたくないものじゃ。デウスエクスマキナの情報も隅から隅まで血眼になって探し、怪しげな黒魔術や胡散臭い秘薬にまで手を出した、じゃが……、ようやく得られたのは他者の持つ生命エネルギーを己の肉体に吸収せよというもののみ。もちろん確信の持てぬものじゃし、そんなことを言われてもどう吸収せよというのかと、まるでイタチごっこなのじゃ」

「あ、ああ……」


 期待に膨らんだギアスの胸がしゅうぅ、ぅ、と、針で突かれた風船みたく萎んだ。フラウズがやっと入手した情報も自分が得ていたのと同じだった。

 隣でスカイが呆れて首を振った。


「困ったな。困ったとしか言いようがねぇや」

「すまんのう。わしはもう諦めてしもうて、死ぬ覚悟を決めておるんじゃ。ギアスの家族のことは悔やまれるが、わしに直接してやれることは、無いのう」

「いいや、そんな。ありがとうございます」


 すうぅ〜、と、開け放たれた障子戸から涼しい夏風が流れてきた。草本の長閑な香りが温かい緑茶の香りをより一層深めていく。

 フラウズはゴホンと咳払いして緑茶をすすり、長く伸びたカイゼル髭をこねた。遠い目をして独りごちる。


「なるほどのー。なるほどのー。まだ若いというのに、なんと泣かせる話じゃ。風の噂に聞くお主の強さは家族への想いが源であったか。納得じゃが、そうそうその若さでできることではない。流石はかのディスティの息子(せがれ)。いい意味でカエルの子はカエルじゃな。ふむふむ」


 そう感慨にふけりながらフラウズは立ち上がり、寝室へ続く軒下廊下へ歩みを進める。途中で振り返った。


「ほれ、ついて参れ。長旅に昔話で疲れたじゃろう。この勢いでは山菜野郎は張り切りすぎできっと当分戻らぬ。ささ、部屋へ案内してやろうではないか」


 骨に皮を張り付けたようなよぼよぼの手で手招きされ、ギアスたちもフラウズの後についていく。

 ギアスの後ろに続くスカイとフィジーはため息を堪えて顔を見合わせていた。

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