21 第9話 ロンリネス
人間界でいうところの太平洋上空、雲ほどの高さには、天空星石と呼ばれる、重力に逆らう不思議な超巨大宝石が無数に浮遊していた。
六角柱の原石がある一点を中心にして放射状に伸び出し、まるでウニのようにトゲトゲしいものやイガグリ程度のものまで色々である。全て半透明の乳白色をしており、太陽の光を浴びてきらきら輝いていた。
そのうち、最も大きいものは形状もイガグリ程度であったため、宝石の内部へ掘り進んである施設となっていた。これこそ、国際軍事組織デウスエクスマキナの本部だった。
浮遊する超巨大宝石の内部に築かれたデウスエクスマキナには5千万近くものウーバスタンドたちが生活しており、もはや一つの国のようである。
そんな、デウスエクスマキナの拠点とされたエアズライトのうち一つの六角柱の先端に、華奢な少女が座って遠くを見つめていた。
六角柱とはいえ、彼女の座っているものは充分に広さがあるので見た目はさほど危なっかしいわけではない。だが、この六角柱の床以外に頼るものがなく、周囲はすぐ空であるし、下に至ってはもう大海原という状況。鉄柵でもあれば別だが、こんな場所、いくら見晴らしがいいからといって普通なら恐ろしくて暢気に来られたものではない。中でもここは風が強く吹き付けることがあり、そもそも来る意味があまりないので誰も来ない。それなりの度胸、もしくは絶対に落ちないという自信があるのなら、昼夜を問わず恋人とも心ゆくまでゆっくり過ごせるような場所だった。だから、ここは彼女のお気に入りの場所なのである。
風が激しく、彼女の水色のセミロングを荒げていった。同じく水色のキャミソールと膝までのスカートがはたはたとなびいた。それでも彼女はアクアマリンのような瞳を寂しそうに翳らせたまま大海原の彼方を見つめて、ただ乱れた髪を手櫛で軽く整えただけだった。
「レイド」
不意に名前を呼ばれて振り向く。幼い頃に自分を拾ってくれた、ラッシュという魔女がいつもの優しい微笑みを向けてきていた。
「やれやれ、こんなとこそう簡単には来られないのに、その器用さも考えものね。私には大変なのよ?」
「朝ご飯なら後で食べるけぇ、ラッシュはみんなと先に食べるさ」
ラッシュはふぅ、と肩を下げてため息。黒いトンガリ帽子を風で飛ばされないように押さえながら、レイドの座る六角柱の先端へ近づいていく。
「レイド。もう何日もそう言って食べてないじゃない」
「朝食べてないだけじゃ。昼と夜は食べてるけぇ、問題ないさ」
レイドは最近、元気がなかった。原因は他でもない、亞界化のせいである。
亞界化前はギアスと一緒にデウマキ兵として任務に出ていたものだった。けれど亞界化からもう2週間ほど経つというのにギアス本人からは何の連絡もない。生きているのかどうかも確信が得られていなかった。
レイドは細い膝を抱えた。クラウンハーフアップにした髪が解けかかっていたので、ラッシュも彼女の後ろにしゃがみ込んだ。
「髪が解けてきてるわよ?」
「後でお風呂はいるけぇ、直さなくていいさ」
「ううん、直す」
「……」
ラッシュはレイドの白いリボンを解いて左右の三つ編みを頭の後ろで結び合わせる。レイドは結び直してもらいながら、風に消え入るような声で言う。
「ねぇ、ラッシュ。ギアスは、生きてるの? メネスと戦闘になったっきり、会えてない。なんか、もう、何年も声、聞いてない気がするさ」
「生きてるわよ。キサルニアから連絡があったって、知ってるじゃない」
「でも、おかしいさ。何で全然ギアスは連絡くれないさ」
「……さあ。きっと、色々あるのよ。ギアス君が何の理由もなしに、レイドに連絡しないはずがないわ。あんなにレイドのこと好きだったんだから」
「ん〜〜、はぁ〜〜」
レイドは大きく息を吸い込み、吐き出した。
「もう我慢の限界じゃけぇ、ギアスに会いに行ってくるさ。任務とか、そういうのよりギアスのがずっと、大事さ」
「……」
ラッシュはレイドの髪を結び終え、彼女の細い肩に両手を置く。
「仕方ないかなぁ。このままにしておいても、レイドったらどんどん元気なくしていくだけだし。行かせちゃったほうが、いいかしらねぇ」
「え、いいの!?」
ラッシュは久しぶりにレイドの笑顔を見た。振り向いたレイドの瞳は青から黄色に変わって輝き、彼女が心底喜んでいる証だった。
「まあねぇ、仕方ないとしか言いようがないわ。それにギアス君も、いくら強いからって放っておけないところもあるし。ま、そうと決まれば、支度しなくちゃ——わっ!」
「うわ〜〜〜っ! ラッシュありがと〜〜っ! ラッシュ大好きじゃ!」
レイドは今までが嘘のように舞い上がり、ラッシュに抱きついた。
「じゃ、私は先にキサルニアさ行ってるけぇ、後で追いかけて来て! それじゃ、行ってきまーす!」
「あ! レイド待って!」
氷と雷の属性を使いこなすレイドは、ラッシュに呼び止める間も与えず電磁浮遊して飛び出していってしまった。ものの数秒で青空と海との間に消えてしまった。




