1 第1話 加速 前編
単色の大きな色画用紙を一面に貼り付けたような雲一つない茜色の夕空を、鏡のように眩しいビルの群れが突き刺して静かに煌めいていた。ビルの森にぽっかりと広く空いた噴水広場では何やら多くの人だかりができ、みんな同じところを囲んで見つめていた。
嬉々とした視線を浴びていたのは、芸人風の顔をした金髪のちゃらけた若い男と、彼とはとても釣り合わないアイドル気質な桃色髪の可愛らしい少女だ。金髪男自らビデオカメラを持って自分たちや観衆の様子を撮影している。
観衆から漏れて聞こえてくる話によれば、二人は今流行りの動画配信者たちだそう。この都会の真ん中でゲリラライブを催していたらしいが、もう終わる頃だった。
金髪男がシメこそ明るく切り出す。
「さて、というわけでですね、そろそろお別れの時間になって参りましたでござるよ!」
「えー! もおーっ!? ウソー! 楽しいと時間が経つのってあっという間だね!」
金髪男は「ござる」なんて使い古された語尾でキャラ作りしていてあまりにもつまらないが、それもまだ年の数が一桁後半の子供たちからすれば新鮮だったようだ。天衣無縫な満面の笑みで喜ばれていた。よく見れば引率の女性教師が近くにいた。社会見学の途中だったよう。
そんな無邪気な子供たちが「えー、もう終わっちゃうの?」と口を揃えて残念がっている。桃色髪の少女はまた会おうね、と言いつつ寂しそうに手を振って幕を下ろしてしまった。
「なんだ、もう終わりだったんだな。ゲリラじゃ仕方ねぇか。そんじゃシフォン、アイスでも食いにいくか……、って、アレ?」
散っていく群衆の中に一人、背の高いスラリとしたバーテンダーみたいな格好の男が残された。色々と事情があってこのご時世に旅をしている身のギアスという青年だが、今は連れのシフォンという少女とちょっとした用事で出かけた帰りだった。
束の間の休息のはずが思わぬ一大事に。右へ左へ散っていく群衆の中にもシフォンの姿は見えず、彼は肩までの茜色の髪をはらはら揺らすくらいキョロキョロした後、いよいよ途方に暮れてしまった。
(ウソだろ、もう14なんだろ? それで迷子とか……)
やれやれとため息が出る。そして広場を囲むビル街の壮大さを眺め、また一段肩が落ちる。さらに夕焼けを見上げ、彼の肩はもう一段落ちた。
日が暮れてしまうと色々と厄介なのだ。
人間界に酷似したこの世界では、夜になると妖が活動を始めるのである。日中は人類に紛れて共存している彼らだが、夜闇が彼らから自我を奪い、本来の姿をあらわにさせることがあるのだ。
シフォンはまだ14と幼く小柄で非力な少女なのだから、もし彼らの魔の手が迫れば悲劇は免れない。ほんの少し目を離した隙に大変なことになったものだとギアスは首を振った。
○○○○
妖は特殊な能力を持つ。
例えば空を舞う能力、例えば変身する能力、例えば心を操る能力……。これまでこの街で騒ぎを起こした妖たちはことごとく退治してきたギアスだが、人質がとられては別格の緊張感だ。
刻一刻と辺りは暗さを増し、周囲のビルもほとんど沈みかけの燃える太陽に翳ってシルエットになっていた。
こんなことになるとは思わなかった。ゲリラライブに気を取られていたのはたった数分のこと。その間だけでこれほど完璧に見失うとはと、もはや驚かされるくらいだった。
一人の少女を見つけるために、この街はあまりにも広すぎる。けれど夜が迫れば迫るほど、諦めるわけにはいかなかった。むしろ焦燥にかられていた。
太陽はまだ沈みきっていないが、能力の高い妖では夜になる直前、18時頃からでも活動しはじめてしまうものもある。ギアスが腕時計を見ればちょうど18時になる頃だった。
(まいったな。今回ばかりは神に頼むってもんか)
シフォンの行きそうなところは全て回った。道行く人への聞き込みも探偵ばりにやっていた。迷子になったと膝を抱えていそうな寂しげな場所も思いつく限りくまなく探した。それでも見つからない。
(……、おいおい)
そんなギアスの身にある異変が起きていた。彼のつけていた腕時計は電波時計であり、狂うことはあり得ないはずだが、秒針がぐるぐると目を回す勢いで回り始めたのだ。もはや秒針の役割は分針が代わりに担いはじめているくらい。つまり1時間が60分ではなく、たったの60秒で過ぎてしまうのだ。
ギアスはようやくシフォンが見つからない理由が分かった。彼女は妖に連れ去られていたのである。
「クソ、時間を操る妖か。時空に手ぇ出されるのはもうこりごりだってのによ、鬱陶しい。……一瞬で片付けてやる」
夜中暴れ出す妖は第5級危険生物とされており、発見次第処分することを実力者たちは義務付けられている。もちろんその都度褒賞金も国から出され、ギアスなどはもういくら稼いだか分からない。
ギアスが時空の乱れに巻き込まれたということは、シフォンを連れ去ったであろう妖ももうすぐ近くにいるということ。
フォォォーーン! ガガガガガガ!
目の前の高架を電車が60倍のスピードで駆け抜け、弾かれるようにギアスは顔を上げた。電車が巻き起こした風に乗って、鼻の奥を突くような鉄の臭いが流れてきた。
「ギアス!」
臭いを放っている暗い高架下から、シフォンの怯えた声が反響して聞こえてきた。




