18 第7話 焦燥
ギアスは翌日、シフォンを連れて街へ出た。修行場に詳しい人物と話す機会が得られたのである。
円形の国土の中心から円周となる最外部区域へ放射状に走行する地下鉄で、最外部の一歩手前の駅で降りると、待ち合わせのカフェはすぐ目と鼻の先だった。
地上へ出れば、こんな最外部区域にまで群れを成すガラス張りのビルは、照りつける太陽の日差しを鏡のように反射し、目が眩むほど街をしらじら輝かせていた。暑さに汗をぬぐいながらも今日こそは絶対に離すまいと、ギアスは城から一秒たりともシフォンの手を離さず、どうにか無事にカフェにたどり着いた。
「いらっしゃいませ〜、失礼しま〜す。ご注文はお決まりですか〜?」
「またあとで頼みます」
「はい、かしこまりました。ごゆっくりどうぞ〜。失礼しま〜す」
「……」
亞界化前には顔を覚えてくれていたウェイトレスが水を出してくれたが、やはり彼女も何も覚えていないらしい。新規に対する扱いだった。振り返ることもなく、背中で結んだ黒いエプロンのリボンを上下に揺らして去っていった。
シフォンが呟く。
「みんな、ホントに何も覚えてないんだね」
「ああ。……。仕方ないよ。まあ、残念がったところで何にもならないから、とりあえず好きなもの選びな」
メニューを広げてやった。
そろそろ待ち合わせの時間になるが、時間にルーズな人なので充分くつろいでいられる。細い眉を下げてしょぼんとしていたシフォンもパフェの写真を見たらぱあっと笑顔になった。
「これがいい!」
「美味しそうだな。じゃ、オレもそれにしよう。……すいませーんっ」
「はーい」
「「うわっ!?」」
注文しようとして、二人はひっくり返りそうな勢いで驚いた。
突然、床からぬうっとオバケのように一人の女が浮き上がってきて、ウェイトレスの代わりに返事したのである。
「あっはっはっは! おっかしい〜! あたしが錬金術師なの知ってるくせに、どんな顔して驚いてんの。あっはっはっは!」
「……けっ、下から来やがったか」
「はわわ、わわわ、わわややわわ……」
ギアスは一気に疲れた。後ろで目を回しているシフォンに気づかず、めんどくせぇ、と頭を振る。
このイタズラ好きの女こそが待ち合わせの相手、ソニアだった。錬金術という、これもまた稀な能力を持ち、昔はデウマキ兵として活躍したが今は学園で教鞭を執っている。戦闘を日常としなくなって、物質を操り、ありとあらゆる障害物もすり抜けられたり武器や盾に変えたりもできるというその高い戦闘技術はイタズラに悪用されていた。
ソニアは亞界化前のことも覚えている。「久しぶり」と楽しそうに笑ってギアスの正面に「よっこいしょ」と腰かけた。童顔なのもあって、20歳で加齢が停止した長寿のウーバスタンドとは思えない。何百年生きていても精神年齢は幼いままなので、もはやただのイタズラっ子だった。
「珍しいじゃないか。アンタが時間守るなんて」
「いや〜、だって久しぶりの再会だからなぁ。そりゃ楽しみで、"一足早く"着いちゃうよ」
「いつから床の下にいやがった!?」
「え? 1時間前から」
「はあ!?」
ソニアは茶色い猫目を歪めてケラケラ笑う。サプライズが成功して相当嬉しいのだろう、頭のてっぺんでアホ毛が踊っていた。
「そこまで念入りに準備されると気持ちわりいな」
「……? え? あれ? 本物のギアスだよな? なんか雰囲気変わった?」
「オレはオレだよ」
ソニアは眉間にシワを寄せて怪訝そうにギアスを見つめた。普段はおどけていても一応戦闘のプロ。観察力はそれなりのものだった。
「なんか、リアクション薄くなったね」
「そうかな? とりあえず、注文だけ済ませよう。パフェ食べるくらいの時間はかかる話だろうし」
ギアスはさっきのウェイトレスを呼んで、シフォンの指差していたパフェを三人分注文する。その最中、ソニアとシフォンは顔を見合わせていた。
顔を覚えていてくれていたウェイトレスに、亞界化のせいで忘れられていてもあまり気にしていないような、前向きとも取れるがいまいちよく分からない態度。それにソニアと久々に再会したというのに笑みを見せない。挙句、とっとと話を進めてくれと言わんばかりにオーダーを急いだ。亞界化前にはこんな冷酷めいた言動はなかった。ソニアは亞界化が彼を歪めてしまったのだろうか、と難しい顔をし、腕を組み、イスに深くもたれかかった。
ウェイトレスが去っていくと、ソニアが先に口を開いた。
「なあなあ、事が事なのは分かるけどさ、焦りすぎるのは違うと思うな」
「また急に何の話だよ」
「……?」
「……?」
数秒、ソニアの茶色い猫目とギアスの茜色の瞳がお互い怪訝そうに見つめ合った。ソニアが根負けして視線を逸らした。
「まあ、いいや。……すいませーんっ」
ソニアはさっきのウェイトレスを呼び戻し、自分の分のパフェの注文を取り消した。またウェイトレスが戻っていったら、すぐに立ち上がってこう言う。
「レインズって国が北にある。雨の国なんだけど、その北西部に一箇所だけ晴れ間が差してる場所があるはずだ。そこへ行ってごらん。ギアスくらいのやつが修行するんなら、もうそこしかない。じゃ、またね」
「え、お、おい。もう帰るのか」
ギアスが呼び止めようとする頃にはもうカフェの出入り口で背を向けて後ろ向きに手を振っていた。
シフォンが窓の外を歩いていくソニアを見ながら言う。
「ギアスの、ばか」
「んん?」
ギアスには何が何だか分からなかった。




