17 第6話 黄色い魔女
スマイルズは水面を仰向けに漂っていた。永遠と降り続く雨が池のように深く溜まった特殊な地形の国の外れに彼女はやってきて、小さな体を水に浮かべ、水面を叩く雨の騒音を聞いていた。
どうして何百年も前のことが思い出されたのだろうと、スマイルズは空一面の雨雲を見上げながら思った。
どれだけ月日が流れてもあの晩、魔女になって以来スマイルズはあまり大きくならないまま生き続けていた。他のウーバスタンドと比べても彼女は特に変わった体質で、15歳程度の体にまでしかなれなかったが、ウーバスタンドにならなければこんな不思議な異世界とは無縁だった。
四六時中大雨の国、レインズ。膨大な雨は草木を茂らせるどころか柔らかい土を片っ端から押し流し、空いっぱいに広がる鈍色の雨雲は太陽を隠し、植物の存在を一切許さなかった。発展が進んだ今ではビルが立ち並ぶ大都会が大洪水にでも見舞われたかのような異様な光景を見せている。
朝も昼も夜もほとんど変わりない雨の国。異世界に来て長いスマイルズもここへ来るのは初めてだった。
(ああ、水が気持ちいい。まるで大きいプールじゃん。しかも天然のシャワー付き)
ゴロロロ、ゴロゴロゴロ……。不意に近くで雷鳴が轟いた。だが自然に発生したものではない。スマイルズが試しに雨雲の中に雷を起こしたのだ。
敵が攻めてきたとき、雷の属性者であるスマイルズにとってはこれほどの好条件はない。そのときは雷が国中に溜まった大量の水を爆破。霧状に飛沫が上がったところで水分子を電気分解し、水素と酸素に分けたところでさらに雷を落とせば大爆発も起こすことができる。やりたい放題だ。
静かに水面を漂っていたスマイルズの白いパーカーの端が、彼女の体動にふるっと脈打つ。
(ちょっとだけ、試してみようかな。お腹も空いたしなぁ〜)
彼女の体は仰向けのまま、だんだん水底へと沈み始めた。自身の肉体を原子レベルに分解することで肺の空気を抜き、水で満たし、ますます沈んでいく。いくら物質が電子と陽子と、その融合体である中性子から成っているとはいえ、ありとあらゆる物体を分解し、果ては自身の肉体までも自在に分解できる雷の属性者などスマイルズの他には一人もいない。つまり彼女だけは生きながらにして幽霊のように壁をもすり抜けることができるのだ。当然、水の抵抗もなく、あっという間に水底へ両足をつけた。
薄暗い水底に、肩までの黄色い髪が淡く発光する。穏やかな流水に浮遊するように、ふわふわ膨らんで、ゆったり揺れていた。その穏やかさに無理やり取ってつけたように、開いた両眼は鋭く、正面を見つめ獲物を探していた。
水底からはビルの四階までが見え、それ以上は水面の上だ。国の外れであるこの辺りは旧都市であり、今ではゴーストタウンとなって妖の溜まり場になっている。体表にエラやヒレ、鱗を持つ半魚人種を狙っていた。
水という水をすり抜けるので、スマイルズは水の抵抗も嘘のように軽い足取りで水底を歩いていく。浸水した古びたビルの下層の群れの中を、パーカーのポケットに手を入れ、ぽつんと一人進んでいく。水に浸かったヒビだらけのコンクリートの壁やアスファルトの地面に、水面で波にかく乱された弱光が揺れてきらきらしていた。
時間の流れに風化しつつある人工物に永遠に変わらない自然の光が煌めく美しさをも尻目に、次の瞬間、スマイルズは少女とは思えない血に飢えた表情を浮かべた。
ビルの二階まで頭が届きそうな、巨大な半魚人が遠くに見えた。ここからでは小指の爪くらいにしか見えないほど遠い。が、しかし……。
「!! ……な、なんだテメーは!」
どれだけ離れていようと、1秒間に地球を7周半してしまう電波と同程度のスピードが出せる彼女には関係のないことである。一瞬の間に自分の二倍近い身長のある相手を弾き飛ばしていた。
あまりに一瞬の出来事で巨体の半魚人も目を白黒させていたが……、彼はもう、どこにもいなかった。
「ごちそうさま。ぜんぜんお腹いっぱいにならないや。無駄死におっつ〜!」
巨体の半魚人を、母親を殺したときと同様に微粒子レベルで分解。そして直接的に自分のエネルギーにしてしまった。
「……」
発光するスマイルズの鋭い瞳が右へ左へ黄色い光の尾を引く。また何かを見つけ、彼女は姿を消した。




