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13 〜変貌〜 ②

 バクはまだ10だが、毎日文句の一つも言わず働いていた。

 朝食の後は牛に餌をやり、体を洗ってやり、それが終わったらすぐに工場へ出て夜まで力仕事。それの繰り返しだった。

 ネルはどうしてそんな働き者の兄があんな目に遭わなくてはならないのか理解できなかった。昨晩の出来事が本当に現実であったのなら、そんな理不尽な仕打ちはない。


 心配になって、今日も牛を洗うバクの背中を物陰から見つめていた。ぼろぼろの汚い作業着姿で、伸び散らかした傷んだ金髪が背にかかって右へ左へ忙しく揺れている。好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時に遊んで、好きな時に食事ができる自分とは真逆の生活。どうして同じ家に住む兄妹なのにこんなに違うのか、ネルは不思議だった。


「……」


 暢気な牛の鳴き声と、首に下げられたベルの乾いた音だけが聞こえる。バクは鼻歌も歌わず無心でひたすら仕事に徹していた。全くこちらに気づく気配もない。

 ねぼすけな小鳥たちがさえずる。それも興味がないようで、バケツの水を流す音であっさり掻き消してしまった。


 バクは一仕事終えて額の汗を拭い、バケツやタワシなどを脇に片付ける。と、なにやら壁にもたれて座り込んでしまった。

 まるで別人のようだった。いつもにこにこしている優しいバクが何も表情を浮かべていない。強いて言えば、何事かを考え込んでいるようだった。


(やっぱり、昨日のあれ、夢じゃなかったんだ……)


 ネルは確信した。今朝の朝食のときも、両親はあまりバクに話しかけていなかった。それどころか、しきりに冷たい視線を送っているようにも見えた。何かを黙っていろと言わんばかりに。

 ふと、景色が歪み出す。ネルは浮かんだ涙をごしごしと拭い、バクのところへ駆け出した。


 バクが髪を紐でまとめるときは工場へ出かけていく合図だ。ちょうど髪をまとめて立ち上がったところで、ネルは彼の手を掴んだ。けれど、かと思えばバクはブルっと驚いて飛び上がり、その手を振りほどいてしまった。


「な、なんだ。ネルか。脅かすなよな」

「……」

「?」

「……。ん〜〜っ!」


 言いたいことが言葉にならず、ネルは両手に拳を握ってバクを見上げた。地団駄を踏むようにばんばんと飛び跳ね、キョトンとしたバクに抱きついた。


「行かないで! 行かないでっ!」

「お、おいおい、どうしたんだよいきなり。うっ!」

「!」


 バクの背中へ回した手に、何か変な感触があった。バクも短く痛そうな声を上げ、ネルははっとして手の置き場に困り、彼のお腹を掴む。

 あのねちゃっとした嫌な感触は、何だったのか……。

 バクは何事もなかったようにそっと頭を撫でてくる。バクに包まれながら、ネルは戦慄して言葉も失っていた。


「……ごめんな、ネル。お兄ちゃんも一緒にいてやりたいけど、仕事なんだよ。ちゃんと帰ってくるから、いい子で待っててくれ」

「……」

「また今度遊ぼ。かくれんぼがいいか? 鬼ごっこがいいか?」

「鬼ごっこ。……いなくなっちゃ、いや」

「ははは、心配性だな。こわい夢でも見たのか?」


 ネルは頷いた。こりっとバクの腹筋が額をこすった。

 バクは逞しい兄だ。仕事で体は鍛えられ、近所のいじめっ子も恐れをなして近づこうともしない。そんなバクを痛めつけるものと、一体どう戦えばいいのか。

 助けたいと思うだけでは助けられない。なら、どうしたら助けられるのだろう。困惑しはじめたネルの頭を、またバクは優しく撫でた。


「ネル。お兄ちゃんは強いから大丈夫だよ。いなくなったりしないし、オレがネルのこと守ってやるから」

「……うん」


 そうしてバクは行ってきますと言って踵を返してしまう。

 バクの背中で妙な感触を感じてから、ネルは急に彼の言葉がよく分からなくなって、なんとか会話を成り立たせただけだった。

 唖然としているうちにバクの背中は小さくなっていた。

 あの感触を感じた手のにおいを嗅いでみると、鉄の錆びたような臭いがしていた。

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