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12 〜変貌〜 ①

 ウーバスタンドは、中世ヨーロッパを発祥とする。それは人類の進化の瞬間であり、奇跡であり、同時に悲劇的な出来事だった。

 外見こそ既存の人間と変わらないが、中身が大きく異なり、寿命という概念を持たないばかりか超常的能力すらも持ち合わせてしまった。彼らウーバスタンドたちが既存の人間たちから魔物や魔女として恐れられ、迫害されるのは必然。例えば家族であろうと恋人であろうと見境なく、ウーバスタンドだと分かるや否や片っ端から火炙りにされる時代が幕を開けたのだった。


 どのようにして人間の中からウーバスタンドが誕生するのかは現代でも不明である。先天的なものだけでなく、後天的にウーバスタンドとなる例もあったのだ。とはいえ、後天的にウーバスタンドとなった人物は歴史上たった二人しか存在しないが。


 ネルは貧しい家庭に生まれた、金髪の少女だった。貧しいながらに愛情を受け、着る物も食べる物も寝るところも一番良いものをもらって育った。彼女の生まれながらの美貌がそうさせていた。体こそ小さいが、お陰で貧乏人とは思えないお人形のような身なりをさせてもらい、決して不自由のない暮らしだった。


 しかし、ネルが7つになったある晩のこと。彼女は弾けるような音に目を覚ました。よく馬車から聞こえる馬を打つような音だった。けれどこんな夜更けに聞こえるはずがない。

 バシンッ! あまり間が空かないうちにまた聞こえてきて、ネルはびくりと体を震わせる。目が冴えてきたら一層痛々しく聞こえた。

 ネルの家は一頭だけ乳牛を飼っていた。音は家畜小屋のほうからしたが、両親が牛を打つところなど見たことがない。


(何の音……)


 まるで悪夢のような音に嫌な予感がした。ネルには父親違いの兄がいた。最近になって時々どこへ行ったか分からなくなるときがあり、疑問に感じていた。

 恐る恐る体を起こし、暗い部屋の中を見渡す。ランプもとっくに消されていて当然何も見えない。


「バク……?」


 小声で兄の名を呼んだ。彼の部屋はすぐ隣。起きているのであれば壁が薄いのでこれでも充分聞こえるはずだ。バクの声さえ聞こえれば、この恐ろしい音も気にならなくなりそうで、早く彼の声を聞きたかった。


「バク、いる? こわいよ、こっち来て」


 流石にもう寝てしまっているのだろうか。全く返事がない。何度呼んでも自分の声が闇に吸われるばかりだ。

 どうにか我慢して寝てしまおうと思った。耳を塞いで再びベッドに潜るが、胸騒ぎがした。第六感的な何かがバクを探せとささやきかけてきて居ても立っても居られない。


 寸分先も見えない暗い中を一人で彷徨うのがどれだけ恐ろしいことか。しかもムチを振るうような凄まじい音が永遠続いている。だが、この音が本当にムチの音だったとして、もし、牛ではなく、バクが打たれているのだとしたら……。

 両親は自分に対しては優しいが、最近はバクにはどこか冷たいような気がしていた。あまり信じたくはないが、バクがいじめられている可能性はある。


 ネルは勇気を振り絞って、ベッドから立ち上がった。

 壁を伝いながら、音を頼りに裸足で少しずつ迫っていく。そして自分の部屋を出て、バクの部屋へ。また名前を呼ぶがやはり返事がない。彼のぼろぼろのベッドを見つけてあちこち触れてみて、バクがいないことに気づいた。その瞬間だ。


 バチンッ! 今までで一番痛そうに音が弾けた。直後、呻き声が聞こえた。バクの声だった。

 ネルは腰を抜かし、その場に尻餅をついた。頭の中をグルグルと「どうして」が渦巻いておかしくなりそうになる。

 家畜小屋はこの部屋を抜けてすぐだ。この壁の向こうで、バクが打たれている……?


(う、うそ、バク、バク……)


 助けなきゃ。一体バクの身に何が起きたのか分からないが、咄嗟にそう思った。

 思っただけで、体は動かない。金縛りにあったかのように指先一つ動かせない。ひたすら頭の中をたくさんの「助けなきゃ」がグルグルグルグルと回り回るばかりで何もできない。

 悪夢だ。ただただ涙が頬を伝う。人間以前に生き物のこんな苦しそうな声を聞いたことがない。なのに、ネルは怯えて泣き続けるしかなかった。



○○○○



 気がつくと自分の部屋にいた。いつのまにか朝になって、自分のベッドで目を覚ました。

 枕が涙でぐっしょりと濡れていた。どうやら夢だったようだ。

 どこからかいい匂いがしている。もう朝ご飯ができているらしい。あれが夢だったのか、なかなか納得できないが、ネルはお腹が空いてとりあえずリビングへ行こうとベッドから立ち上がった。


 リビングに行くにはベッドから降りてそのまま真っ直ぐ歩けばいい。廊下に出てもう一つ扉を開ければそこである。が、ネルはバクの部屋への扉を気にした。バクが心配だった。

 直角に方向を変え、バクの部屋に入る。と、バクはちゃんとぼろぼろのベッドで眠っていた。

 ほっと一息。ほんの一瞬だけ安心した。バクの寝顔は、とても苦しそうだったのだ。

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