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9 第4話 明晰夢の 前編

 部屋の明かりも消し、二人はもう眠ってしまった。

 雲に近いほどの高さにある部屋では夏の虫たちの鳴き声も聞こえてこない。広い空間に満ちた静寂の中には、ギアスとシフォンの寝息だけが消えていく。

 甘えん坊で寂しがりなシフォンは自分の部屋を使わず、いつもギアスの部屋に来ていた。慣れた日常になっていたのに、今日のギアスは特別大事そうに抱き寄せて眠っていた。


 娘と呼ぶには年が近すぎ、妹にしては少し離れている曖昧な距離感。この時代に出会うはずのなかった存在で、しかもフラスコの中で産声を上げた半クローンという悲しい少女。小さくて、折れそうに細くて、か弱くて、けれどそれでいて数ヶ月間も会えないときでも無事を祈ってひたすら待ち続けてくれた、そんな気丈さを持っていた。それは紛れもない、ギアスへの家族愛のためだった。


 シフォンが不思議な存在に見えるのなら、彼女から見たギアスも不思議な存在なのだろう。でも、彼女は時空や距離感の壁を越え、家族として愛してくれている。そんな彼女を、ギアスも時空や距離感、そして"生物"としての壁を越えて愛さずにはいられなかった。


 父親にはなり切れないかもしれないが、兄としてならどうか分からない。そんな中途半端な存在でしかいてやれないのが悔しいほど、シフォンへの想いは強かった。

 絶対に死なせたくない、失いたくない。そう思いながら眠りに落ちていったのが分かるくらい、優しく包み込んでいた。


 ギアスの意識は夢の中となった。

 ぼんやりとした景色が彼の前に広がっていく。居心地を妨げない程度に豪奢な、さきほど話をしていた広間だった。夢だからどういう理由でかは分からないが、扉に近いほうのワインレッドのソファーに寝ていたことになっている。ゆっくり起き上がってみると、向かいのソファーには誰かが深く座ってこちらを見つめてきていた。


 それが誰なのか、ギアスは不審には思わない。夢を見るときは大抵出てくる、慣れた顔だったのだ。

 どうも今回も明晰夢らしい。ソファーの柔らかい感触もあれば、その人物の気配も目で見えている以上。五感で感じられた。

 羽毛をかき集めたような白銀の天然パーマ、鋭い茜色の瞳。細長い体をギアスと同様、バーテンダーのようなタキシードに包んだ女だった。ウーバスタンドとして最も年老いた、20歳前後の外見だった。


「出たな」

「おいおい、オバケみたいに言うんじゃない」

「オバケじゃないか」


 ふっ、と彼女はクールに笑った。


「そういえば、もう死んでるんだったな。アンタに取り憑いてると、まだ生きてるように錯覚してしまうよ」


 ギアスはこの女に取り憑かれていた。だが悪霊などではなく、むしろ味方側。彼女こそ幼き日のギアスを残して絶命した、彼の母親のディスティなのである。

 同じ女性ですら虜にしてしまいそうな低くて甘い声。遠い昔の逸話でも語り始めるのではという、ゆったりした話し方。一度目の2108年にこの異世界へやってきて、待っていましたと言わんばかりにすぐに憑依されて以来、ギアスは夢でよく彼女と会っていた。


「亞界化してから出てくるのはこれが初めてじゃないか。全然出ないからどうしたのかと思ってたぞ」

「……、やれやれ、亞界化してから初めての再会なら、また去年みたいに感動してくれるんじゃないかと思ってたんだけどな。ちょっとしか喜んでくれないとは」

「それで出てこなかったのかよ」

「いやいや、もちろん冗談さ。亞界化直後で忙しそうだったから大人しくしてたんだ。それとも、いつもみたいに助言が必要だったかな」

「いいや、そこまで苦労しなかったな。亞界化自体は面倒だったけど」


 ディスティが夢に出てくる理由は二つ。一つは単純に、無念にも自らの手では育ててやれなかった最愛の息子に会いたいから、もう一つは、助言してやるべきことは助言してやっておきたいからというのだった。


 今回は後者であるよう。既に死んでいるのに美味いのかどうかは不明だが、葉巻を取り出すときは決まって助言をしにきたときだった。ギアスが横に首を振ったときにはもうキャップ——吸い口のこと。葉巻の端は塞がっているので切断し、断面から煙を吸う。——をギロチンカッターで切っていた。

 ターボライターで時間をかけて葉を焼きながら、


「だろうな。今のアンタならそうだと思ってたよ。でも、今回ばかりはお勧めしておきたいことがあってね」

「お勧め?」

「ああ」


 ディスティは葉巻をようやく咥え、ゆっくり煙を吐いた。

 その辺の自販機で売られているような安物とは全くの別物な甘い香りがした。香りを楽しむのには最高なのだろう。しかしそこにニコチンはいらないというのがギアスの考えである。どうせ夢の中なのだからどうでもいいのだが、お香にしておけばもう少し長生きできたんじゃないかといつも皮肉を言ってやりたい衝動が湧いてしまう。


「ウーバスタンドはニコチン摂っても関係ないからなぁ」

「私が言うのも難だが、これ夢だしね。害があったにせよ今は関係ない」

「美味い?」

「ああ。アンタにはやらないよ」

「いらねぇよ」

「ま、そんなことより本題だ。前にも触れたことがあったが、アンタももうある程度の実力がついてるからね」


 ディスティはまた吸って、煙を吐いた。


「タイラントに入ったらどうだ? 組織性の強いデウスエクスマキナとは違って単独行動もしやすい。それに、さらに上をいく連中の集まりだから、ちょうどいいと思うんだ」

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