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魔王顕現!……と生活改善

【4月 風の2の日】


 ブラッドは自室でぼんやりしている。

もしかして俺が勇者とかになれるんじゃないか?

ふとそんな思いが浮かぶ。


がすぐにその考えを打ち消す。

いやいや俺はそんな器じゃない。

だいたい剣にしたって、いや剣だけに限らず武具などというものは護身用のナイフを除いて持った記憶がない。

学園の体育の授業でやって以来剣を振っていないのだ。そんな俺がいきなり勇者なんかになれるわけもなく。


では勇者パーティの魔法使いとかどうだ?後ろのほうにいれば怪我することもないんじゃないだろうか。

いや、後ろから魔法で攻撃する奴から倒しにかかるよね。そうだよね。危険は危険なんだろうな。


もっと言えば、俺はゼピュロス迷宮の剣は抜けなかった。

調査チームであった俺は何度かあの迷宮に行き、何回かあの剣を抜こうとしたことがあるが、やはり抜けなかったのだ。

まぁその頃、ヒトリア講師に聞いたら「伝説の聖剣?聞いたことありませんね」と言っていたし、なんであれが急に伝説の聖剣となったのかは謎だ。




 ※※※




【5月 金の1の日】


 聖剣の御触れが出てからもうすぐひと月、ゼピュロス迷宮に行く人は後を絶たない。

地方からこのイスタブルに来て、何泊かしてからゼピュロス迷宮に行く者が多いため、ここイスタブルは大賑わいを見せている。


宿屋は場末の寂れた宿屋に至るまで満室御礼、城壁外にテントを張っているものまでいる。

武器屋、道具屋、魔法符屋も連日お客が途絶えることがないらしい。魔王バブルというか聖剣バブルというか。とにかくイスタブルは活気づいていた。


王国は経済的に潤うのではないか?

たまに飛んでくる悪魔さえいなければ。

そう、あれさえいなければ。


 魔王が出現してから、店舗型商店への税が、少し上げられた。上がった税は被害にあった建物の補修や、死亡者への補償に充てられるらしいが勿論全額では無い。

住む家を無くす者もいれば、家族の大黒柱を失う女子供もいる。王国トータルで見れば幸せなのか不幸なのかよくわからないが混沌していることは確かだ。治安もだんだん悪くなってきている。

結局、魔王が現れたことでプラスに働いているのは一部の商店だけだ。それも表立って喜べるものではない。


ブラッドはまたぼんやり ぼんやりと考えていた。

勇者や勇者パーティに憧れる気持ちはわかる。

格好いいよね。

でも俺は違う。

いや、俺は違った。

魔方陣研究者かなんかになって、この類まれなデザインセンスを駆使して画期的な魔方陣を構築する。

それに名前なんか付いちゃったりして……くらいの気持ちで魔方陣学者を目指していた。

このあいだ読み返した日記でも、そんなふうに書いていたはずだ。


だが、今なぜ勇者パーティに……などと夢想しているかといえば、この4年間の生活のせいである。

こんなに頑張ってきたんだから、なにか結果が返ってきても良いのではないか?これまでの4年間何のために努力してきたのか?

思えば明確な目標など無かった。


エスキュール教授に言われるがまま過酷なスケジュールに身を任せてきてしまった。

洗脳でもされていたのかと思うほど従順に従ってきたわけだが、先日の魔王顕現により俺には目標ができた。

少数精鋭とはいえさすがに4人パーティとかでは無いだろう。

数十人とか数百人規模であると考えられる勇者パーティの末席当たりに名を連ね、後世に名を残すのだ。


 魔力量だって学園の生徒達には負けないくらいある。

いや、負けるけど、1年生にはさすがに負けないかな?

あーでもたまに凄いやついるからなぁ。

えーとあれだ。

一般的な魔法使いくらいはある。


記述式のテンプレートだって山ほど頭に入っている。

いや、一般的な魔法使いにはそんなもの必要無いんだが、俺にだけは必要だ。

まぁうん、それはいいとして記述式だって山ほどかけるということはオーダーメイドの魔方陣だって描き放題である。

魔法使いとして無理でも専属記述者としていけるんじゃないか?


いや、専属記述者ってなんか名前残らなそうだな。「勇者パーティの馬車の御者です!」と同じくらい「遠っ!」って言われそうだ。


あーどうすんだろう。

意外に俺は潰しがきかないんじゃないか?魔力量は平凡であるし、魔法については発動までに時間がかかりすぎるし……えー…この4年間なんだったのよ……


 だがまずよく考えると、エスキュール教授は俺が勇者パーティに入ることを許してくれるのだろうか?というかあの人の目的はなんだ?あーなんか真剣に「儂の最強魔法使い」とか考えてそうだな。前に言っていた気がする。


なぜ俺に自由が無いのか?


教授の許可など無くても勝手に旅に出てはいけないのだろうか?


いけないのでしょうね。


我がノエル家はイスタブルの下級貴族である。

正確にいうと父親であるブライト・ノエルは子爵位である。

領地はイスタブルよりかなり離れた場所にあるのだが、領地経営は既に長兄に譲っている。


けっして大きくないノエル領での税により我がノエル家が食べていけるかと言われればなかなか難しいところである。

次兄は王城に勤めているが、お給金はそれほど多くない。


別の仕事をしなければならないほど困窮しているかと言われればそんなことはないはずであったが、父親は隠居を決め込んだ。

ブラッドの学園での助教授業のよる給金はノエル家の財政を少なからず助けているはずである。

正確にいうと、助教授になると決まってから父親は安心したように隠居を決めたのだが。

兎にも角にも学園の2年生だったブラッドは卒業を待たずにエスキュール教授の助教授として働くことになり、

助教授では破格の給金を聞いた父親は隠居を選んだのだ。


本来であれば助教授の給金は講師よりも少ない。が俺の初給金は教授に匹敵するものだったらしい。父親はそれを聞き安心したと言っている。何に安心したのかはわからないが。


そんな状態のノエル家であるが、俺が助教授業を辞めた場合どうなるのだろうか?少なくとも今の暮らしはできないだろうな。

父親はまぁいいとして母親に苦しい生活をさせるのはちょっと気が引ける。


 ということは、やはり。

なんともならんね。それが分かった。

俺はこのまま助教授を続けなければいけないらしい。


しかし、この多忙極まりないこの生活スケジュールだけはそろそろ変えてもらおう。


記述法についてもメジャーどころは習得しているし、魔力量だって人並だ。というか魔法学科に3年以上通ってるんだからもういいんじゃないか?普通の生徒だったらもう卒園だぞ?

エスカ老師の修行だってもう、教わることないんじゃないか?奥義みたいのも無さそうだし、最近は復習ばかりだ。

今度ちゃんと教授と話してみよう。




 ※※※




【5月 風の2の日】


 俺の生活スケジュールはかなり楽になりそうだ。

学園からの帰路でブラッドは今日の教授との会話を思い出していた。


学園にある教授棟、その一角に俺の部屋がある。

部屋といっても俺が横になることができないくらいのスペースであるため、物置としてしか使用できない。


本来の助教授にはちゃんとした部屋が与えられるのだが、俺には与えられなかった。また、自分の部屋などがあった場合。

そこで寝泊りすることになりそうで強く要求することは無かった。


その物置の隣のエスキュール教授の部屋のドアをノックするといつもの教授の声がする

「はい、入りたまえ」

声だけ聴けば太く威厳のある、教授然とした声であるのだが……

「失礼します。」


「おーブラッド君か、どうしたねどうしたね、課題は終わった?っていうか今は魔法学部で講義じゃないの?どうしたのどうしたの?どうして私の部屋に来ちゃったの?もしかしてわからないところあった?えーと先週末に出してた課題は金の神の……」


「いえ違うんですエスキュール教授」


この教授はどうも嬉しいことががあると、ちょっとだけ声が高く、だいぶ早口になるのだが、なぜか俺と二人の時は常にこの状態になってしまう。


いや、綺麗な奥様もいらっしゃるし、そっちの人では無いはずなんだが、なんだろう。俺と話すのが嬉しいらしい。どっちかというとペットに対する婦女子の反応なのだろう。


「魔法学科での講義についてなのですが……」

「なになに?魔法学科?あれなの?いやなの?ついていけないの?」

「いえ、もう3年以上も魔法学科で講義を受けているので必要な講義は全て履修しております。」

「じゃぁなに?ソリエス講師?あの男は細かいところがあるから、そういう話?」

「いえ、そうでは無くて、私は必要な講義は全て履修しておりますのでそろそろ魔法学科の講義に参加しなくても良いのではないかと。」

「魔法理論は?」

「全てとりました。」

「魔力論は?」

「全てとりました。」

「充填教科論」

「とりました。」

「高速起動論」

「とりました。」

「高速充填……なんだっけ」

「高速経路充填論なら履修しました。」

「魔方陣論」

「もともと専攻です。」

「魔力増大論」

「最初に履修した科目です。毎日実施しております。」

「そう。じゃぁいいのかな?いいような気もするね。じゃぁさ魔力量増大法だけは続けようよ。あれはさ。君に取って必要な作業だと思うよ。いや、だから講義はもういいとしようか、その代り日々の魔力量についてレポート書いてよ」

「自分の日々の魔力を推し量るような術を持っていないのですが」

「あーそうだよね。普通そうだよね。僕もそうだしね。じゃぁ、ある程度の期間を持ってどのくらいの効果が出たのかをレポートにしてよ」

「かしこまりました」

「じゃぁ、そのレポートを持って講義は免除ね。おーけーおーけー。話はそれだけ?」

魔法学科での講義受講は魔力量増大法を日課とすることで免除となった。


その後しばらく教授とのやり取りは続き。

しばらく話して分かったのだが、学園はしばらく休園するらしい。


悪魔の襲来が活性化しそうなためだそうだ。

学園には多くの魔法使いが集まっているため安全そうに思えるのだが、登園の際は少人数になるためやはり危険なのだそうだ。

完全に騙されている、その情報を先に知っていれば、なんのペナルティも無く講義が無くなるだけであったのに、おかげで魔力量についてレポートを書かなければいけないくなった。


 ただ、他の2つ。記述式と魔法の修行については完全になくなった。


なんと緊急事態に対応すべく、学園への予算が大幅に削られることになったらしいのだ。

休園であるし講義もないのに講師に給金は出せないのもある。講師はしばらく休業になるらしい。

講師の方々はどうされるのであろうか。まぁ俺がどうなるのかのほうが心配でそれどころではないのだが。


 それに伴い教授の使用できる予算も削減され、俺への給料やら、エスカ老師への謝礼やらに回せなくなったらしい。

エスカ老師は「既に教えることは何も無いので問題ない」と言ったらしいが、このタイミングでか?ちょっと前からそうだったのではないか?謝礼が貰えるからと無理やり冗長な修行をしていたのではないか?と疑念は尽きない。


俺への給料は減る。減るがその分拘束されなくてよくなる。ただ0では無い。0ではないからレポートの提出が義務付けられている。


魔力量についてレポートとマイナー記述式についてのレポートだ。魔力量については図書館に山ほど資料があるのだから適当に写せば良いだろう。


マイナー記述式については教授の専門であるからして、少し真面目に取り組まなければならないが……だいたいマイナー記述式って俺に必要なのだろうか?俺だから必要なのか?まぁいい。

これで完全ではないが晴れて自由の身である。

いつもの帰り道が少し短く感じた。体が軽いのかもしれない。


 帰宅したブラッドはこれからのことに思案を巡らせる。これまでの生活が大きく変わることになるのだが、いったい何から始めたらいいのだろう。


いざ自由になると何をしたらいいかわからなくなる。

あーこれはやっぱり一種の洗脳状態であったのだろう。何をしたいかなどという考えすら持っていたなかったのだから。

いやしかし、何事も無く助教授を辞めたわけでは無い、世は魔王顕現により混沌としている。未だ勇者は見つかっていない。勇者が見つかるまで……自己研鑽かな_?

俺は日課の魔力量増大法を行うためにゆっくりと目を閉じた。


 ブラッドが魔力量増大法を行うために瞑想状態に入っている時、

彼が足りていなかった睡眠をむさぼるため現れた睡魔と闘っている時、

王城にこれまでの事態を変える一報が届くのである。



続く




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