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長距離走!……と厳しい人






【9月 火の2の日】



 第12魔法隊としての訓練が始まった。

まず、整列と受け答えから訓練が始まったのは、昨日の整列と受け答えが、ノース隊長の求める騎士団のそれから遠くかけ離れていたためであろう。


 昨日、ノース隊長が言っていたように、第12魔法隊全体の訓練である。

騎士団っぽい者や、決して魔法使いではないだろうなという冒険者風体の者も入交じり、校庭には概ね200人くらいの隊員が来ている。

隊列訓練の必要ない騎士団所属であった隊員はノース隊長の後ろに整列し、バラバラと動く主に魔法使いの隊員たちを見ている。

騎士は10人ずつの5小隊から成っているようだ。

いっぽう騎士では無い近接戦闘者、冒険者とみられる者は、一緒になって整列訓練を行っている。こちらもやはり50人。


 今日は、他の隊はいないようだ。

クラウス学園にいるのは第12魔法隊だけである。

……よってディロビスに会う可能性も無い。




「整列っ!」

「遅い、散開っ!」

「整列っ!」

「おいっ!ナルフッ!自分がズレてるって分からないか?おまえの頭だけ横にズレてんだよっ!もう一回! …… ……わかったか?わかったんなら返事ぃっ!」

「はいっ!!」

「よーし。散開っ!」

「整列っ!」


 かれこれ1時間近く、このような形で整列練習がされている。

ブラッドは、卒業してから整列などしたことが無い。おそらく他の者もほとんどがそうであろう。

足並み揃えろとまでは言われていないが、なかなか整列も難しいものだ。


 整列といえば、初等部時代をちょっと思い出す。

思えば神童と呼ばれていた時期があったのだが、それも中等部の半ばくらいで他者の才能に埋もれて行った。

上級生のお姉さん方に可愛がってもらった記憶がある。後にそのお姉さん方はジャイニーにお近づきになりたくで俺にちょっかい出していたと知り、子供ながらに落ち込んだものだ。

あーなんだろう。当時から俺は……


「おいブラッドっ!ぼっとすんな!動けっ!」

「はいぃ」

上ずった声で返事をし、ブラッドは駆ける。



 っていうかいつまでやるんだよ。この整列練習。

いい加減にしてほしい……



 ランニングの成果かブラッドの息が上がることはないのだが、魔法使いの中には既に肩で息をしているものまでいる。


「よしっ。整列訓練はここまで!。11から15小隊も隊列に入れ。隊列のまま校庭を走る。時間は私がいいと言うまで。ペースは諸君らに任せよう。遅すぎるようなら指示する」

「いけっ!」


 ここからランニングかーい!

あの死にそうな顔してた兄ちゃん、本当に倒れちまうぞ?



 ※※※



 ……隊列でランニングって酷くね?

外側の人間と、内側の人間で走る距離全然違うじゃん。


 10人が並んで校庭を一周した場合、一番外端になる人間は一番内側を走る者より、かなり余計に走ることになる。

隊列は昨日呼ばれたままの順番であり、ブラッドは最後に呼ばれたわけで。

隊長を先頭にして並んだ場合、ブラッドは一番後ろになる。隊長が内側に位置取った場合、ブラッドは一番外側になる。

とにかくブラッドは、この中で一番長い距離を走っているのである。


 このまま延々外側を走り続けるのはマズいぞ……

走り始めでしばらく、ブラッドはそんな事を考えていた。


 が、しばらく走っている内に。

走り続ける内に隊列は崩れていくのだが、とくにノース隊長は注意するわけでもなく。

ある程度のスピードを保っていれば何も言わないようだ。

走るというよりは速足くらいの速さだ。


そのおかげで、じわり、じわりとブラッドは円の内側へと入り込んでいった。



 ※※※



 ……ってか、いつ、まで、走るん、はぁっ、はぁっ、

もう、12時だと、思うんだ、けどな、はぁっ


 死にそうな顔をしていた魔法使いは既に救護所に行っている。

それどころか、魔法使いのほとんどは、救護所に行っている。

 冒険者の中でも何人かは脱落している。

そんなに入る救護所なのかと案じるが、入るのだろう。

グラウンドの中央に、昨日までは無かった巨大なテントが設営されているのだが、そのテントが救護所であるらしい。


 かくいうブラッドもそろそろ限界である。


 その時、イスタブルに12時を知らせる鐘が鳴り響く。

と同時に何人かが事切れたようにその場に倒れ込む。

「12時まで。12時まで。」と思って走っていたのであろう。

ブラッドもそうであるから良く分かった。

だが、ノース隊長からは何の言葉も発せられなかった。

 いや、「救護班っ」という声は聞こえたが、この走り込みを制止するような言葉は出てこなかったのである。


 うおー。はっはっ。

心。はっはっ。

折れそう。はっはっ。

だめ。はっはっ。

もう。はっはっ。


 12時の鐘より30分ほど経ったとき、ノース隊長からようやく停止指示が出た。

「そこまでっ!」


 ブラッドはその場に倒れ込む。


 良く通るノース隊長の声が、救護所の中にいる隊員、グラウンドに倒れ伏している隊員、未だ隊列を崩していない騎士に向けて発せられる。

「……まぁ、諸君ら魔法使いは文官のようなものであるから、仕方が無いと言えば仕方が無いとも言えるが……」

「本来であれば、このくらいで音を上げるようなものは討伐隊に入隊するべきではない」

「今程度の速度で、せめて2時間、行軍できるようでないと、戦場で待っているのは死だ!」

「敗走時には走れきれない者から死ぬのだ!救援時に走りきれなければ、味方が死ぬのだ!」

「孤立時にものを言うのは体力だ!体力の無い者から死んでいく!」

「実際の行軍、戦闘時には今の様に身軽な格好では無い!そこで涼しい顔をしている騎士連中だって金属鎧を着ていればもう少し険しい顔をしていることだろう」

「魔法使いとて、手ぶらで戦闘に臨むわけではないのだ!」

「兎にも角にも体力っ!1月という短い期間では体力など付きようも無いが、行軍自体は数か月はある。その中で諸君らは戦時に耐えられるくらいの体力を付けねばなんのだ!」


 朝礼台の上に立つノース隊長の激を、騎士は直立不動で聞いている。

体力の無い魔法使い達は、ほとんどが蒼褪めた顔をし、うなだれている。


 はぁ。まぁ。

このペースで走るというのが分かっていれば、然程大変な事でもないかな。

今日は、最初、ペースが掴めなかったからな。

とりあえず、明日からは早朝ランニングしなくて良さそうだ。


この隊員の様子だとしばらくは体力トレーニングが続くのだろう。


そうブラッドは息を整えながら予想するのであった。



 ※※※



 昼休憩の後、15時に校庭に再集合した第12魔法隊。

午前中より少し人数が減っている。

救護所に入ったままなのか、昼休憩から帰ってきていないのか、逃げたのかはわからないが、こと魔法使いについては80人ほどしかいない。



 ノース隊長が朝礼台の上から声をあげる。

「では午後の訓練を始める!」

「午後は守護隊…えーと、魔法使い以外だ、その者たちは模擬戦。今日は個人での模擬選を行う」

「第11小隊から第20小隊は、魔法使いの守護に当たるのが主な役目であるから、まとめて呼ぶときは守護隊って言うからな。いいかー」

「「「はいっ」」」

主に騎士が集まった小隊の方から応答の声があがる。

「小隊長は昨日説明した通りに、すみやかに模擬戦を行え」

「「「はいっ」」」


 守護隊と呼ばれた近接戦闘隊が、校庭の各々に散開した。

各小隊長達はノース隊長が用意していた木剣を隊員に配っている。

どうやら木剣での模擬戦を行うようだ。



「では、魔法使い諸君、君たちはこの部隊の主力である!」

「第12”魔法隊”であるからな」

「で、諸君らはそれなりのグレードであり、通常の魔法の行使についてはそれほど訓練の必要があるとは思っていない」

「そんな君たちが戦時に、魔法隊として行うべき行動は大別すると3つある」


「ひとつ、戦闘部隊への付与魔法の行使。これはほとんど自部隊に対してだな」

「各部隊、補給部隊を除くすべての部隊には付与、回復のための魔法使いが随行している」

「そのため付与に関しては、それぞれの部隊で賄えるはずだ。他の部隊への付与魔法はまぁ、考えなくても良い」


「ふたつ、回復魔法の行使。これはこの第12魔法隊が回復魔法隊として配置された場合だが、その他の部隊の負傷兵への回復魔法を担うことになる」

「自部隊で出た負傷兵については基本的には自部隊で回復魔法を行使することになっているのだが、その許容量を越えた場合は回復魔法隊へと運ばれることになる」

「ちなみにだが、これだけ魔法使いが集まるんだ。十分な魔力量さえあれば失った四肢ですら取り戻せる。そんな話を皆、聞いたことがあると思う」

「それは本当か?」

「否、そんな魔法は現実的では無い。魔法使いである諸君らの方が詳しいはずなので説明するのも時間の無駄なのであるが」

「グレード100超えの者が1000人集まり、複雑な人体組成の魔方陣が描けたなら、可能」

「その両方が現実的では無い」

「誰かの四肢を生やすために、1000人を越える魔法使いが昏倒したのでは話にならないしな」

「諸君らが行使する回復魔法とは、そのほとんどが止血、鎮痛、回復力の強化等々になるだろう」

「なのでこれについても訓練の必要は無いと考えている」


「みっつ、大規模魔法の行使」

「これについては、皆、ほとんど経験が無いはずだ。複数人で使用する攻撃魔法というのは普通に生きていれば、そうそう体験することはない」

「大規模魔法の行使についてのみ訓練が必要であると考えている」


「これも皆の方が知っているだろうが、大規模魔法を行使する際には……」

「充填者とも操舵者とも言うが、魔方陣内に魔力を充填させる者、注入者と言われる、魔力を注入する者の2つに別れる」


 もちろん知っているよな?

という顔でノース隊長が魔法使い達を見回す。

魔法使い達ももちろん知っているので、皆が皆目を逸らさずノース隊長に目と顔を向けている。


「各小隊の一番後ろにいる者!君たちが充填者だ」

「それ以外の者は注入者となる」

「符の管理は小隊長が行う事。いいか?大規模魔法の符は大きい。よって符を折らざるを得ない」

「諸君らも知っているだろう?折り曲がった符を使用した際の暴発の多さを?」


「では、これより小隊長、充填者は、符の折り方、充填方法の確認をしてもらう」

「それ以外の者は…… ……走るのと、瞑想。どっちがいい?」

 にやりと笑ったノース隊長が、ぐるりと小隊を見回す。


「「瞑想です」」

一部の魔法使いが声をそろえる。


「ん?聞こえんなぁ。走るか」

「「「瞑想ですっ!!」」」

今度はその大部分の魔法使いが声を上げた。


が、しかし。

「馬鹿者!上司の命令は絶対!上司が「走るか」と言ったのならば、お前らの意見を挟む余地などないわっ!走れっ!」

「1番隊より10番隊、小隊長と充填者を除き、整列っ!」

「隊列を維持したまま走行訓練っ!開始っ!」



 取り残されたのは、各小隊の小隊長と充填者。

第1小隊でいうと、グライ・トゥースレヴァとブラッド・ノエルである。


 朝礼台の上にいるノース隊長へ、係員がなにやら大きな紙を渡している。

「まずは、これだな。大火球。やはり魔法と言ったら火球よな」

ノース隊長が広げたのは、通常の符の高さと幅を3倍ずつしたような巨大な符。



 ※※※



 魔方陣、魔法符というものは接続式、起動式、手続式の3つから構成される。

接続式で暴発するという事態は起きない。

手続式の暴発は魔力が発現しない、不完全に発現するのどちらかに留まる。

しかし起動式、起動式に魔力を込め過ぎた場合、その魔力の噴流は主に注入していた術者を襲うことになる。

爆発魔法に近い魔法が発現することが多い。


 基本的に規定量以上の魔力を注入できないようになっている起動式において、暴発する唯一にして無二の要因は折り曲がりである。

折り曲がっているが故、本来入るべき魔力以上の魔力が注入されてしまうことがあるのだ。



 ※※※



「魔力操作の癖や好みもあるだろうから、好きなところで折るように」

「わかっていると思うが起動式は折るなよ?」



 ……というか、なんだこの魔法符?

なぜ火球の魔法符がこんなに巨大になるのか?

通常、巨大な魔法符というのは複雑な手続を踏むから巨大になるのである。

供される魔力量というのは、まぁ規模によるので起動式が大きくなるのは納得できるが……

なんだこの手続式……

方向、威力、スリープタイム、個数、余剰魔力の使用先、全部マニュアル操作になってる……

普通、魔方陣ってのは、この方向に、この距離で、この威力をと決め打ちするのだが……

こんなふざけた魔方陣を描くのは……


 魔法符の隅に署名を見つける。

その署名はブラッドが見慣れた名前であった。


 やっぱり。

やっぱり教授じゃないですかぁぁぁぁ。

なんだよこのプロ仕様。

いらんでしょう。

いらんでしょうよ。

誰が喜ぶのよ?

火球2個打ちたいなら魔法符2枚使えばいいじゃない。

方向変えたいなら魔法符傾けたらいいじゃない。

威力の調整なんて、ちゃんと魔方陣設計してたら、いらんでしょうよ。

だいたい1回で使えなくなるのよ?再利用できないんだから。


 マニュアル魔方陣というのは、意図しない手続きには手動で魔力を通さないようにするという難度の高いことをしなければならない。

だから、誰も使わない。一般人など以てのほかであるし、冒険者だって発動時にそんな手間がかかる魔法符は使わない。


 そう、この魔方陣を設計したのは稀代の天才魔方陣学者、クラウス学園魔方陣学科のエスキュール教授である。

エスキュール教授はマニュアルが大好きだ。

マニュアル操作できないのに、魔方陣を使うなど、魔法の本質に触れていない。そんな魔法使いが多すぎると、時に怒気を孕んだ声で講義することもある。



 なぜ、採用された?

こんなくそみたいな魔法符がなぜ?

いや、くそじゃない、なんだ?

吐しゃ物?

いや。なんでもいいや。

とにかく最悪だ。

こんなもの机上以外で発動させるのは相当至難であることだけは確かだ。


 そう思っていたのはブラッドだけでは無かったらしい。

それは、目の前にいる小隊長グライ・トゥースレヴァも同様であったし、他のすべての小隊隊員もそうであった。


 そんな雰囲気を感じ取ってかノース隊長が口を開く。

「あぁ。そんな顔するな。これは使用する魔法符の一部で、中でも一番面倒なものだ」

「こういうのもあるんだぞ。という意味で見せただけだ」

 ノース隊長はニカリと笑ったが、こんな無駄なものを持っていくぐらいならば、漬物石でも持って行った方がましだ。

小隊隊員達は大なり小なり違いはあれど、同じようにこの魔法符の不要さを感じ取っていた。


「使用する魔法符のほとんどは通常の手続式だ。だが、この火球の符のように充填者に相当の技術を求めるような符も支給されることになっている」

「使わない符を持って行ってもしようがないからな。運搬から行使まで可能かどうかは少なくとも確かめておいてくれ」


 ノース隊長がそう言うと、各小隊長の前に種々様々な魔法符を持った係員が歩み寄る。

「今はまだ空いてるから、救護所の机を使って確認してみてくれ。わかったか?」

「「「はいっ!!」」」

「では駆け足!進めっ!」



 気が重い。

なんだろう。

毎日気が重い。




続く





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