入隊初日!……と精密検査
【9月 火の1の日】
入隊日である。
早朝、アレクサンドリア騎士団練兵場へと向かったブラッドは、その門を潜るなり場所の移動を命じられ、クラウス学園の校庭へと向かっていた。
さしもの国の練兵場とはいえ、数万人が入れるかと言われればそんなことはないのであるから、人数を分けられるのは当然である。
前回の資料配布時に伝えておけよ!もしくは出発までのスケジュールに書いておけよ!と毒づきながらブラッドは王城前を横切り学園と向かっていた。
もちろん、指示をしたものに毒づいたわけでは無い。心の中でである。
ブラッドは初対面の人間に横柄な態度が出来るほど、不遜な人間では無い。
というか初めて会った人はもちろん、店員にすら敬語になってしまうレベルであり、軽い人見知りでもある。
親しい人には「俺」というが、知り合ったばかりの人の前では一人称が「私」だったり、「僕」だったりになってしまうのは育ちの良さから、というのもある。
そんなブラッドが初対面の人間に毒づける訳も無く、ぶつぶつと言いながら独り歩いているのである。
クラウス学園にたどり着き、勝手知ったる我が家とばかりに校庭へと向かうと既に100名ばかりの人が校庭にいた。
ローブ姿の者であったり、スラックスにシャツだけの者がいたり。鎧を着ている物の方が少ない。
金属部があるような鎧を着ているのは自分だけのように見える。
"訓練"であるのだから、鎧は不要だよな。そりゃそうだ。
冒険者ギルドでは何の変哲も無い。取り立てて目立たない恰好であるが。どうやらここでは浮いてしまう。
ブラッドは少し恥ずかしくなり、その外套の前を閉じるよう内側で裾と裾をまとめて握りしめた。
そんな集まった人々の風体を見るに、ここは魔法使いに近い人間が集められているようだ。
中には見知った顔も見える。
あー!魔法科の天才児!
あいつ討伐隊に入隊すんのか!
名前なんて言ったっけな……たしかジ…ジー……思い出せん。
うわぁ、ディロビス先輩だ……隠れよう……
あれ!その隣にいるのセリシア先輩じゃん。まじかーあの二人まだ付き合いあんのかよー
っていうか先輩、宮廷魔術師になるって言ってた気がするけど、ここにいるってことは……なれていんじゃん。
卒業生が多数、中には在校生もいる。
ブラッドが種々の思いを心に浮かべていると。
「皆さん静粛に」
細いが、しかし、聞きとりやすい、若干高めの声が校庭に響く。
あれ?シークエル講師?
遠くてよく見えないが壇上で白黒の何かがふらふらと動いている。
真っ白い頭髪に、真っ白い肌、それを覆う漆黒のローブ。
間違いない。あんなザ・レイスみたいな人シークエル講師以外に知らないや。
ブラッドは校庭の入り口から、声のしたほうに歩きだす。
他の者たちも、声の主のほうに集まり始めている。
「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます」
「あー先生ーぇ」と、どこかで黄色い声が上がる。
シークエル講師はもう30歳を越えているが、その白い肌はまるで陶器の様で、その端正な……
ブラッドは仮面のようだと思っていたが、その端正な顔は一部女子生徒から人気があった。
しかも、たまに、たまに、笑うといい笑顔すんだよな。あの人。ギャップ萌えってやつだ。
「今日から1週間、といっても土光は休みなので、あと4日だけですね、あなた方の訓練を担当するシークエルと申します」
「訓練というのは正確では無いかもしれません。適正検査と言った方がいいですね。その体力であったり、魔法であったりについて検査していきます」
「これは部隊編成の際の参考にもなります」
「例えば体力があるから前線に送られるかと言われれば、それはハッキリ「否」と申し上げておきます」
「ですので、みなさん手を抜かないようお願いいたしますね」
そういうとシークエル講師は滅多に見せない笑顔を見せた。
※※※
適性検査は、まさに適正検査であった。
4日しかないので4班に分かれ、班毎、日毎に違った検査を受けていく。
【火の1の日】
ブラッドの初日の検査?は面接であった。
希望部隊や、これまでの経歴を聞かれるというものだ。
ブラッドの担当は初めのあいさつをしたシークエル講師であり、学園でのブラッドをよく知っている人物だったため、即座に終了。
残りの数分を雑談に充てていた。
「シークエル講師、お久しぶりです」
「あぁブラッド君、ご無沙汰ですね。まぁ座ってください。簡単に確認だけしますよ?」
「まずは、希望部隊ってあるのかな?」
「どのような舞台があるかから、良くわかっていないのですが、どういったものがあるのでしょうか?」
「そうですね。まずは大規模魔法を行使するための魔法部隊があります。これは魔法使いがメインとなる部隊です。」
「続いて、騎士がメインになる部隊として、近衛隊と主力隊があります。騎士がメインにはなるのですが、魔法使いがサポートとして必ず入ることになっています」
「それから、遊撃隊。これは冒険者がメインですね。こちらにもサポートとして魔法使いが必ず入ります」
「最後に補給部隊ですが、こちらには魔法使いは入りません。行軍時の庶務を行うための部隊です」
「どの部隊が前線になるんですか?」
「どの部隊がというのはありません。近衛隊でも前線配備されることもありますし、主力隊が先陣を切る場合もあります。ただ、遊撃隊は常に危険な場所にいることになるでしょうから前線といえば前線でしょうね」
「なるほど……ではやはり主力隊か近衛隊がいいですね」
「えぇ、そうですね。あ、おそらくですが、ブラッド君は近衛隊かそれに近しい主力隊になると思いますよ」
「え?なんでですか?」
「貴族ですからね。貴族の方々の多くはそういった部隊に配属になります。まぁ全ての貴族がとは言いませんが。おそらく自家が属する派閥の隊に配属されます」
※※※
「なるほど、先生も王国から召集されたんですね」
「えぇ、この歳で無職ですからね、私は」
うわぉぅぶっこんできた。気まずい……
多少なりとも給金を頂いている助教授のブラッドに対し、講師である先生にはお給金が出ていない。
話題を変えねば……
「でも、訓練指導するということは、何か我々とは異なる召集なんですか?」
「えぇ、そうですね。学園の講師や、まぁ教授でも召集されて参加されている方もいますが、学園関係者は基本的に小隊長扱いになるようです。魔法使いって指揮経験のある人がとても少ないので、指揮は無くても指示していた人間ならば円滑に部隊を回せるのでは?という考えらしいですね」
「なるほど。確かに。今回宮廷魔術師が参加していない以上、実質、学園の教授や講師の方々が王国最高の魔法使いとい言えますもんね……ん?私は学園関係者枠から外れているんですね……?」
「あぁブラッド君は講義を受け持っていたわけでは無いので、おそらくそういう理由でしょう。あと若いというのもあるかもしれませんね。20代の講師はやはり、あなたと同じように一般として参加していますよ」
「そうですか……確かに指示なんてしたことないから、一般の方が気が楽ですね」
「あっそうだ。魔術師は行軍中でも設計することになりますよ。おそらくですが、あなたも」
「あ…はい。ん?……さっき教授もって仰いましたが、まさかエスキュール教授は?参加してませんよね?」
「いませんよ。あの方は研究第一ですからね。戦争に参加している暇なんてありませんよ。ただし、設計にだけは関与しているみたいですが。」
「良かった……」
「それにしても、教授の秘蔵っ子がいよいよお披露目ですか。私も楽しみにしていますよ」
「いやいや秘蔵っ子だなんて。運が良かっただけ…… ……運が良かったんでしょうか?」
「ははは……良かったんだと思いますよ。エスキュール教授は世界的な権威ですからね。その教授に付きっきりで魔方陣の研究が出来るのですから」
「はぁ……そうですよね。そう思うようにします」
今日はレアな日だ。2回もシークエル講師の笑顔を見てしまった。
そういえば担任講師だった頃も、助教授になってからも、こんなに話したことなかったかもな……
【水の1の日】
2日目は体力検査でった。
ひたすら走る。登る。泳ぐ。
まだ雪の残るこの時期に泳ぐのかよ。と口ぐちに言っていたのだが、学園のプールを見た時皆が絶句した。
誰かは知らぬがかなりの広範囲で温度上昇の魔法を行使したらしく、プールの周りは夏であった。
更にプールの水自体もを温水にしてあるようで熱いくらいであった。
なんだこのレジャー施設。
冬でも泳げます!泳ぐのが好きな人にはいいかもしれない。
いないだろうけど。
ブラッドとしては、水の暖かさどうこうよりも、以前、危険な溶液で一杯にしたことがあるこのプールが泳ぐためのものだったことに驚いた。
ここは実験用のプールで、人が泳ぐものでは無いと思っていたためだ。
【木の1の日】
3日目は経路充填の精度検査であった。
経路に魔力を流す、その精度を検査する。
魔法を発動させるためには、各手続式及び手続式間を魔力で満たさなければならない。
市販の魔法符は大概、一本道で同様の魔力を押し込む感じで充填完了するのだが、複雑な魔方陣となると、その経路内を自身の感覚を持って充填させなければいけない。
細い場所には細く、太い場所には太く魔力を通す必要がある。
手続式にちゃんと魔力が通っていない場合、魔法自体が暴発することがほとんどであり、運が良く発現しても、その手続式部分は実行されない。
ブラッドは比較的得意な方である。
まだ在学中のブラッドがエスキュール教授付の助教授に慣れた理由は2つあり、1つ目は魔方陣のデザインセンス。
ブラッドには魔方陣を描く才能があった。
論理的思考が得意かと言われると決してそんなことは無かったのであるが、こと魔方陣の描画に関してだけは天才肌タイプであった。
2つ目が充填精度の高さである。
当時の充填精度がズバ抜けていたかと言われると、そこまででは無いのだが、とにかく、この2つを持ってブラッドは、前代未聞の特定として2年の途中で学園を辞め、助教授となった。
ことになっている。表向きは。
この検査に関しては、ブラッドはトップクラスだったはずである。
もともと得意だったのに加え、学園での理論の習得及び、エスカ老師との魔力形状化の修行が活きている。
【金の1の日】
最終日は魔力量検査であった。
魔力量を検査する。鉄を生成する例のアレである。
半年間、魔力量増大法を続けてきたためグレードが上がっているかもしれない。
グレード上がってたら教授に出すレポート書かなきゃいけないな……
って経過観察してない以上書けないじゃん。やべー。
と心配しながら検査したブラッドであったが、グレードは変わらず32のままであった。
まぁそりゃそうだよな。
1年で1上がればいいほうだ。
要らぬ心配であったが、行軍中も期間を定めて魔力量検査しなきゃいけないな……
めんどくせー
続く




