決起集会!……と自己問答
【9月 光の1の日 朝】
冬晴れの清々しい朝である。
遠くに見える山脈は悠然と白雪を煌めかせている。
今日から9月であり、そろそろ降雪も少なくなるであろう。
春は着実に近づいてはいるはずだが、寒さはもう暫く続きそうである。
吐く息が白い。
吐く息が白いのはその山脈を見るためにブラッドが窓を開けたためであり、それまでは夜通しメイドが暖炉に火をくべていたため室内は暖かい。
今日も、ブラッドの寝起きは良かった。
昨晩は、遅くまで付与式の設計をしていたが、いつも通りの時間に目が覚める。時刻は6時である。
まだ、薄暗い室内にメイドが駆け込んでくる。
「おはようございます。ブラッド様」
「あぁ、おはよう。メリー」
駆け込んできたのはメイドのメリー、ブラッド付きのメイドである。
歳は40才くらいだったはずで、ブラッドと同じくらいの歳の娘がいるらしい。
若いメイド自体が少ないというのもあるが、男性に対して年頃のメイドを付けない家というのは結構多い。ノエル家もそうだ。
完全に、絶対に、近づかせないかと言われればそんなことは無いが、基本的には若いメイドはブラッドの周りにはいない。
よって、ブラッドには、それほど女性に対する免疫が無い。
初等部時代は、男も女も無く外で遊んでいたものだが、中等部、高等部に上がるにつれ、その両者の間にある垣根は高くなっていった。
0では無い。中等部までは幼馴染のコトレや、ステラとも普通に話していたし、お茶会でも会っていた。
がしかし、2人は高等部には進まなかったし、高等部で仲の良い友達が出来る前に、アレがあった。
よく考えると高等部だけで言えば、男友達もほとんどいない。
貴族貴族した関係に馴染めなかったというのもあるかもしれない。
中等部、高等部に上がるにつれ、【ブラッド】ではなく【ノエル】と呼ばれる。そんな関係がいやだったのかも知れない。
という訳で、母親と、最近はアセプトを除けば、緊張せずに話せる貴重な存在のメリーである。
「本日はいよいよ入隊でございますね」
「あぁ。これで勇者パーティの一員だよ」
「目標が達成されそうで何よりでございます」
「魔王を倒して無事に帰って来られればね」
苦笑いしながらブラッドは応える。
「ブラッド様ならば大丈夫です。きっと何があってもお戻りになられますよ」
「そうかな……なんで?」
「……逃げ足だけは速そうです」
「ぶはっ……」
思わずブラッドは吹き出してしまう。
そんな風に思われてたのかー
って間違ってない。というか超当たってる。
この数か月で何度、森の入り口までダッシュしたことか……
あぁ……思えば、普通に歩いて帰った回数より、逃げて帰った回数の方が多いんじゃないだろうか?
それでも生きてるってことは、そうだな。
「確かにそうかもしれないね」
「あら、いやだ、すみません」
素直に肯定されると思わなかったメリーが思わず謝る。
「いや、いいんだ。イスト兄さんにも言われたんだ。必ず生きて帰れって。うん。大丈夫。逃げる練習は一杯したんだ」
そう言ってブラッドはメリーに微笑む。
「今日は、入隊の手続きだけだと聞いているけど、念のため綺麗目の服を用意してくれると助かるな」
「はい、かしこまりました」
そういうと、メリーは着替えを取に行くため、部屋を出て行った。
ブラッドは腐っても貴族、3男とはいえ貴族であるので、薄汚い服など着ることはない。これは服の装飾の話である。
普段の無地のシャツなどでは無く、多少の刺繍が施されている物を頼んでいるのだ。
こういったことも貴族の面倒な部分ではあるのだが、"ブラッド"では無く、ブラッド・"ノエル"として入隊するのだから致し方ない。
それに、ブラッドだって貴族として享受している利点を嫌というほど感じている。
あの日、迷宮に行かなければ。魔王が顕現しなければ。何不自由無い生活であったであろう。
いや、ちょっとは不自由あったかな?……親父あんなんだしな。
ブラッドはそう思い直しながら、メリーが持ってきた服に袖を通した。
ブラッドがズボンを履き終えたと同時に、メリーを含めた他のメイドたちが朝食を運んでくる。
どこかで見張っていたようなタイミングであるが、実際にどこかで見張っていたのであろう。
貴族たる者、メイドや執事にその私生活を知られることには慣れなければいけない。
そのため、メイドや執事はその職務の最中に知りえた情報を決して他言してはならないのだ。
その相手が家族であっても、例えその仕事を辞めた後でも。
今日の朝食はベーコンエッグである。
奇しくも魔王顕現時と同じ料理であるが、朝食は週に5日ほどベーコンエッグとなっているので、これまでと同様、ブラッドは何も感じていなかった筈だが、ふいに思い出した。
あぁそういえば、あの日は……
中途半端な時間に起きたのもあるが、魔王顕現で家の中も混乱していて、何も食べる物が無かったんだった。
余り物を食べる貴族、さすが三男!!なんて自嘲しながら自分でベーコンエッグを温めて食べたんだっけか。
思えばこの半年余りで、俺もだいぶ変わったよな。
未来に対する目標なんて何もなかったのに、勇者パーティになるなんて……よく考ると、これも思い付きだな。
マズいな。
俺、本当に短慮なんだな。
まぁ、でも結果的にあの殺人的スケジュールからは逃れられたし。
って、あっ!?
もしかして魔王倒したら、あの殺人学園に戻るのかよ。
いや、人は殺してないけど。
うわぁ……ちょっとやる気なくなってきたぞ……
あ、でも待てよ。老師のとこの修行だけは無くなるわ。
魔法課の講義も、もういいのか?
半日は自由時間が取れるのでは?
いや、あの教授のことだ。あいた時間に魔方陣学ぶっこんでくるに違いない。
あぁ、気が重くなってきた。
なんか楽しいことでも考えよう……
魔王を倒して……名前が残って……
帰ってきた後、殺人スケジュール!!
おーぅぷす。考えられない。楽しいこと考えられないよ。
まてまてまてまて。
モテる可能性は?あるんじゃないか?
……無い。無いんだよ。
何万人の内の1人だぞ?
あー、よく考えれば名前だって、小さぁぁぁぁくどこかの書物に載るだけなんだろうな。
アセプトは喜んでくれるだろうなぁ……
でもシングルマザーは、難易度高いなぁ。俺、さすがにこの年でお父さんには……
ってか、ガルレフがいるじゃないか。くそっ。あの中年イケメンめ。
まぁ、まぁアセプトはいいんだ。知っていた。かなり最初のほうから知ってたから。
……よく考えたら俺、貴族だし。モテる必要ないもんねー。
どうせどっかに婿入りだろ。三男だし。
あぁぁぁぁ……いよいよ何のために行くのかわからなくなってきたぞ。
アレだな。
"数あるイスタブルの貴族の中で我がノエル家だけ、討伐隊に名を連ねない訳にはいかない。"
これだな。
そうとでもしておかないと心が折れる。
こんな……入隊直前に心を折ってる場合じゃない。
落ち着いたブラッドは、ズボンの色に合わせた濃紺のジャケットを着て、その上に厚手のコートを羽織るとノエル家を後にしたのであった。
※※※
王城前広場は混雑していた。
アレクアサンドリア王城の正門前にある、王城前広場は1万人は集まる事ができる屋外スペースである。
門側、王城の門の前はその城壁に沿って直線であるが、そこから半円状に広場がある。
この広場は、重要な決定事項があった際に使われることが多い。
普段はなんにもない。無駄なスペースである。
ただし、国の正式発表が行われるのはほとんどがこの場所であるため、その周辺は常に清掃され綺麗に保たれている。
中央広場の周辺の建物はそのほとんどが国営の宿屋、貴賓等が止まる施設になっている。
一般人でも泊まることは可能であるが、宿泊時の審査は大変厳しく、窓から見える景色も他の宿屋と、王城のみであるため、金持ちが酔狂で泊まる以外に利用することは無い。
今回の魔王顕現に関わる混乱により、ひと棟が文官用に開放されている。が、入室するなり泥のように眠り続ける文官の姿から、死体安置所などという不名誉な呼び名が付いてしまっている。
ちなみに2日前、決起集会を見学に訪れる貴賓のために、その死体、もとい文官達は全員家に帰された。
「その荘厳かつ華麗な装飾の宿は貴賓のためのものであり、文官(文官の中でも特に若手を指してであるが、)ごときが、やすやすと泊まれる場所では無いわ」と、どこかの貧乏貴族がクレームを入れたことで、仮設宿泊所建設案が議題に挙がったのである。
まじかぁ……
ブラッドが溜息と共にそう呟く。
広場はもうぎゅうぎゅうの寿司詰め状態であった。
だいたい1万人収容できる場所に、10000人の令状。
かつ、決起集会の見物人。
完全なる飽和状態である。
ブラッドは王城南側より城壁にそって北側の正門を目指していたのだが、ちょうど真東辺りまで来たところ人の波にぶつかり、そのまま前に進めなくなった。
そこで王城方面から拡声魔法によるアナウンスが聞こえてきた。
「討伐隊入隊希望者に告ぐ。討伐隊入隊希望者に告ぐ。」
「本日は予想以上の混雑の為、当初予定していた入隊者の点呼については騎士団練兵場にて行うものとする。」
「入隊者参加の決起集会は、また後日行うため、入隊希望者は速やかに練兵場へ移動すること。」
「決起集会はこれより予定通り行う。」
「見学者は静粛に今しばらくその場で待機、入隊希望者が通れるよう道をあけること。」
「繰り返す。討伐隊入隊希望者に告ぐ。討伐隊入隊希望者に告ぐ。」
「本日は予想以上の混雑の為、当初予定していた入隊者の点呼については騎士団練兵場にて行うものとする。」
「入隊者参加の決起集会は、また後日行うため、入隊希望者は速やかに練兵場へ移動すること。」
「決起集会はこれより予定通り行う。」
「見学者は静粛に今しばらくその場で待機、入隊希望者が通れるよう道をあけること。」
おーそういうこと?
っていうか、予測できなかったのかよー
どう考えたって広場の前にゃ無理でしょうよ。
ブラッドの前には、人、人、人の群れである。
ぶつぶつ言いながらもブラッドは騎士団練兵場へ急ぐ。
騎士団の練兵場は町の東側にあるため、恐らくブラッドがいる位置から向かうのが一番早い。
もし、登録が早く終われば、決起集会が見られるかもしれない。
※※※
結局、ブラッドはその日の決起集会に参加することが出来なかった。
朝も早くからその広場に集まっていた人の殆どは、見学しに来ていた一般市民であったためである。
練兵場での登録は速やかに終わったのだが、もどったブラッドを待っていたのは相も変わらない人の波であった。
「我々は勝たねばならない!魔王は必ず倒さねばならぬのです!」
「この戦いで得られる勝利は討伐隊だけの物では無い。討伐隊を支える全アレクサンドリア国民の、いや、この大陸すべての人間の勝利だ!」
「皆、私に付いてきてほしい!!」
「このアレクサンドリア王国に勝利を!この大陸に勝利を!」
うをぉぉぉぉぉぉっ!!!
地鳴りのような歓声が上がる。
王城広場の東の端で姿の見えない勇者の演説、しかも最後の数分だけを聞き、ブラッドは家路についたのであった。
しかし、勇者様はやっぱり女性なんだな。
以前、パレードで拝見した時は小さすぎて見えなかったけれども……まぁ今回も見えてないが。
人とは思えない程の美人と聞いたが、それにしては猛々しい演説だったな……
まぁいいや。
どうせ俺は何万人分の1人だ。
勇者様と肩を並べて戦うなんてことにゃぁならんだろ。
ブラッドは、この物語の主人公であるから、いずれ勇者と肩を並べて戦うことになるのだが、ブラッドはまだその未来を知らない。
続く




