表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/32

魔物討伐!……と浅慮近謀




【7月 火の1の日】


 ブラッドは森を進んでいる。森の奥からキーキーとサルの鳴き声のようなものが聞こえる。

おそらく、その鳴いている魔物のテリトリーなのであろう。

侵入者に対しての警告のために鳴いているのか、仲間に知らせるために鳴いているのか。

とにかく、先程の対応を見るに、ブラッドがテリトリーに入り込んでいるのは既に察知されているのであろう。


 しばらく歩いた後、やはり視界右奥の木々の隙間から石が飛来する。

先程とは違い、ブラッドの体に届くことは無い。

カキンと高い音を立て、その体の周りに張られた薄い障壁により、地面に落ちる。


 「よしよし、いい感じゃないか」


 その後、いくつもの石がブラッドに向けて投擲されるが、そのすべてがブラッドの足元に転がる。

数分そんな状態が続いた後。

鈍い衝撃がブラッドの全身に伝わる。

なにか石では無い大きなものが、ブラッドの障壁の上部に当たったのだ。


 と、同時にブラッドの前に、大きなサルらしきものの首が転がってくる。

障壁の向こう側では、首から上と両腕を失った、これまたサルらしきものの胴体が大量の血を噴きながら転がった。

あーやっぱりサルか。とブラッドはその頭部を見て、そう思う。

ただ、やはりデカいな。その体長はおそらくブラッドとそう変わらないぐらいある。

もしかしたらブラッドより大きいのかもしれない。2つに分かれてしまっているため確認し難いが。


 どうやら投擲での撃退を諦めたサルは、自らの爪で侵入者を撃退することに決めたらしい。

気配を殺し、侵入者の頭上まで近づいたサルは、その両手についている武器である鋭い爪を使い侵入者を引き裂こうとしたのだ。

がしかし、その侵入者の周りには限りなく透明に近い、かなりの強度を持った、薄い壁が円柱状に張り巡らされていた。


 もし、その円柱の中にサルが入り込んだのならば、そこはサルの独壇場となり、ブラッドはその身体を切り裂かれ、1分もかからず絶命していたであろう。

ただ、そのサルには運が無かったようだ。

その100キロを超える体重と、世界の重力というものに、自らの脚のバネを足して勢いを増したその攻撃は、木々をなぎ倒す程の衝撃となったであろう。

その力や速さを持って、鋭利とは言わないまでも、それなりの薄さと、その薄さで持ちうる最大限の硬度を持つ物質に当たった時、サルの体躯は綺麗に切断されてしまったのである。



 そこで、一歩間違えば殺されていた事実に気づいたブラッドの顔には冷や汗が流れる。

あー……これはやばいんだな。

なんで頭頂部開けてたんだっけ?演算が面倒くさいからか。あーしくった。やっときゃよかった。

続けて他のサルが飛びかかってきた場合、運よく今回のような結果になるとは……考えにくい。


 今もなおブラッドの周辺ではなにかの気配がしている。なにかのって間違いなく足元に転がっているものの仲間であるだろう。

ブラッドは気配に対して敏感では無いのだが、これだけガサガサと物音がしていればわかる。

1匹とか2匹じゃない。囲まれているのだろう。

おそらく、仲間の死んだ理由がわからず警戒しているのだ。

そりゃそうだ。侵入者が何かを行った気配も無いのに、突然真っ二つになって絶命したんだから。

実際何もしていないし。


 そこまで考えて、ブラッドはサルの頭部をおもむろに掴むと、素早く踵を返し、再度、森の入り口に向けて全力疾走したのだ。



 ブラッドは浅慮である。

それは間違いない。このサルの名前も知らない。名前も知らなければ特定部位がどこかもわからない。

一角兎や大兎の特定部位チェックしかしないでこの森に来ている。

それ以外の魔物と遭遇した際には逃げるつもりでいたからだ。

それが、なぜか熱くなってしまい意気揚々とリベンジしに来ているのだ。



「あー もうっ」

「くそっ 危ないとこだった。」

「上から来るとは思ってなかったなー」


 ブラッドは森の入り口まで戻ると一息ついてそう独り言ちた。

投擲を諦めたサルは道に姿を現し、じりじりと近寄ってくる。そこに強大な魔法をぶちこむ。なんて考えていたが、相当に甘かったらしい。

頭頂部まで障壁を拡大し、もう一度リベンジしようかとも思ったが、特定部位の殆どは頭部であるらしいし、これだけでも魔物討伐完了になるのでは無いかと思い直す。

追手はいないようだし……帰ろうかな。

ブラッドはそのまま、時折、背後から追手が来ていないか振り返り確認しながら、町へと戻っていく。


 森の入り口から離れ、辺りが見渡せる場所まで来てからブラッドは障壁の魔法を解除した。

通常、発現してしまった魔法は術者であろうがなんであろうが、破壊や消滅させる以外に消去できないのであるが、ブラッドは解除できるように作成時に仕込んでいたのだ。

そうでなければ、身体の周りに薄い壁をまとった男は、とりあえず門の中には入れないだろうから、1時間以上無駄にどこかで時間をつぶすことになっていたはずである。


 サルの頭に止血の魔法をかける。もちろん助けようとかそういった理由では無い。既に絶命している。

血をしたたらせたサルの頭部を持って町に入る訳には行かないからだ。

その際に改めてサルの頭部を確認。既に死んでいる生物の頭部であることを再確認し思わず、吐きそうになる。

今まで見たグロいものランキングが塗り替えられた瞬間である。

ちなみに、これまでは闇魔法の実験中に使用した鶏の死体であった。


 残念なことに大きな布は持ってきていないので、そのまま背負い袋に入れる。

後で背負い袋も含めて、すべての道具類は洗わねばならないな。面倒だなと少し思ったが、背負い袋以外に入れられそうな入れ物はないし、中の道具のすべてを外に出して歩くわけにもいかず仕方が無かったのだ。



 その後、降水の魔法を行使。血まみれの体を洗い流す。服は着たままである。

だらだらと流れ続ける血でブラッドのズボンはサルの血で血まみれになっており、1回目の投擲による出血で上半身も血まみれである。髪もバリバリと固まっている。

本当は服を脱いで身体とは別に洗いたいところではあったが、街道で裸になる度胸は無かった。

水が降り注ぎ、その温度を上げておけばよかったとすぐに後悔したが、発現した魔法の効果は打ち消せないわけで、7月の寒空の下、ずぶぬれになる。

 温熱風の魔法を使い、乾かす。

心地よい。生き返る。震えていた身体が温まってゆく。

あー魔法使いで良かった。このまま温風を吹かせながら帰りたいくらい気持ちいい。



 さて、これから、やらなければいけない事がある。

このサルの特定部位を調べること。

特定部位以外を捨てること。

特定部位を冒険者ギルドに持っていき、依頼報酬を受け取ること。

の3つである。


 その全ては冒険者ギルドで可能である。

魔物の特徴等から名前を調べることもできるし、名前さえ分かれば特定部位一覧という冊子がある。

がしかし、そんなことをしていればアセプトに見つかるのは自明の理であるし、見つかったならば間違いなくお小言だ。


 さて、どうするべきか。と考えながら歩いていると南西門が見えてきた。

なんだろう。やりきった爽快感というかやり遂げた満足感というか、一皮むけた感じがする。

実際は何もやり遂げていないのだがブラッドはそう感じた。

これで一人前の冒険者だ。

そう思うとブラッドの足は力強く、そして軽やかになった。

そうこうしていると南西門に到着。



 ※※※



 ブラッド様は大丈夫であろうか。

そんな心配をしながら職務に励んでいたガーディであったが、その心配は然程の時間をかけずに解消される。

ブラッドが南西門を出てから4時間ほど経ったであろうか、感覚的にさっき出て行ったばかりのブラッドが戻ってきたのである。

丁度昼飯を食べようかというときに現れたブラッドの姿を見つけると、ガーディは慌てて詰所を飛び出し、ブラッドに駆け寄った。


「ブラッド様!」

「ガーディさん!ただいま!」


 やはり、森へ行くのは諦めたのであろう。

さすがはノエル家のお坊ちゃま。お兄様のように深慮遠謀の方だったのだ。

逆になぜ朝はあんな無謀なことを言っていたのか?まぁ貴族の戯れというやつか。

にこやかに笑うブラッドとその小奇麗な服装を見て、ガーディはそう考えると、言葉を続ける。


「おかえりなさい。お怪我はありませんか。」

「はい。大丈夫です!ぴんぴんしてますよ!」


 引き返してきたことについてはあまり深く聞かない。

それが大人の対応であり。平民と貴族との関わり方でもある。


「あ、そうだ。あの森の中にサルみたいな魔物がいる?」


 サル?

スロウエイプの事か?


 不光の森にいたサルは、もともと賢く投擲により侵入者を攻撃するようなサルであったが、その縄張りは森の奥深くであり、その投擲物も木の実などであったため、猛獣指定などはされていなかった。

だが、そのサルは魔王顕現によりスロウエイプという魔物に変化した。

体長は倍の2mを超えるものまで現れ、その筋力の肥大化により投擲物は石に変わった。

集団で投擲を行われた場合、並みの冒険者では対応は難しい。

DランクないしはCランクくらいのパーティでないと、難しいのではないだろうか?

まぁ、縄張りは相変わらず森の奥であり、相当運が悪くない限りは森の入り口あたりで出くわすことは無いのだが。


「スロウエイプのことですかな?」

「それってどんなの?」


「体長はだいたい、170か80くらい。狂暴化したサルなので、他の特徴はサルと同じですね」

「ほー。それってキーキー鳴く?」

「そうですね。鳴き声もサルと一緒です」

「なるほどなるほど。ちなみに特定部位は?」

「特定部位は、他の魔物と同じく右耳ですよ。」


 特定部位はそのほとんどが右耳である。

切り取り易く嵩張らないというのが一番の理由である。

なぜ、左耳では無く、右耳なのかというと、右利きの者が多いため、打撃や斬撃により左耳は損壊するケースが多いかららしい。



 おかしなことを聞くものだと、ガーディは思った。

スロウエイプに遭遇している訳などない、あれの縄張りは森の奥であるし、運悪く遭遇したとしたら生きては戻っていないはずだ。

入口付近でその鳴き声を聞き怖気づいたのだろう。

森までの街道にだって魔物が出ることはあるのだから、その声が聴けるほど森の近くまで行ったのであれば、それはそれで褒められるべきことである。




「ありがとうガーディさん!助かったよ」


ブラッドはニコリと笑いそう言うと門の中に入ろうとせず、門の外周に沿って北へと歩き始めた。


「坊ちゃん!どこへ行かれるんですか?!」


「あー、西門から帰ろうかなーと思って。ちょっと用事があるし。」

「西門に用事があるなら一度中に入ってから向かったほうが良いですよ。壁の外は……貴族街の周りはそうでもありませんが、よそ者がテントを張って寝泊りしていますし、わずかですが魔物も出ます」

「大丈夫、大丈夫、西門はすぐだから!心配ないよ!何度も行ってるし」

「あっ 坊ちゃん!」



 聞く耳を持たずブラッドは走り去ってしまった。

やはり貴族のご子息の考えることはよくわからない。

何かあった場合きちんと制止しなかった私の責任になるのだろうか?いやそこまで構ってはいられないぞ。

まぁ、森まで行って帰って来られるんだから壁の周りなら大丈夫であろう。

ガーディはため息をつきながら、遅くなった昼飯を取るために詰所へと戻ったのであった。



 ※※※



 いっぽうガーディの元から走り去ったブラッドは人目につかない場所まで行くと、背負い袋からサルの頭部を取り出す。

その安らかとは言い難い死に顔にまた胃の内容物がこみあげてくるのを我慢する。

背負い袋の中からナイフを取り出し、その右耳を切り取る。

辺りを見回し、人がいないことを再度確かめると、残った頭部に対して消滅の魔法をかけ消し去る。

そして、急いで西門へと向かった。


 あー、ガーディさんがいてくれて助かった。

何もわからず森に行き、名前も知らない魔物と戦いましたなんて言ったらアセプト絶対怒るもんな。

特定部位まで知ってるなんて、さすが元冒険者。

……ん?ガーディさんが冒険者時代は魔物なんていなかったんだから、特定部位知ってるわけないな。

もしかして一般常識だったりするのだろうか?


まぁいいや、余計な荷物も減ったし。

冒険者ギルドへ行こう!

ちょっと消滅魔法はやりすぎだった気もするが、サルの頭がこの辺に転がっていたらそれはそれで大騒ぎになるであろうし、仕方がない。

仕方がないが、おかげで魔力が枯渇に近い。今日はギルド行って報告したら、早々に帰宅して寝るとしよう。



続く




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ