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勇者誕生!……と朝の一時

【6月 金の4の日】


 ブラッドは心地良く目が覚めた。

ただ、最近寒くなってきたため、起き上がるにはしばらく時間を要した。

都市部には、まだ雪は降っていないが、山にはもう白い雪がチラホラ見えている。

寒かろうが、何だろうが、早起きする自分の習慣に感謝である。

今日もブラッドは、早々に着替えを終えると日課となったランニングに出かける。


 アセプト、懇意にしてくれているギルド職員であるが、彼女に言われた通り、ブラッドは冒険者として依頼をこなすには、少々体格というか体力に問題があったらしい。

薬草採取にしても、護衛にしても、もちろん魔物の討伐にしても、体力が無ければ依頼は完遂できない。

そう判断したアセプトの判断で、つい先週までは依頼の斡旋を止められていた。


 懇意と言ってもプライベートなお付き合いがあるわけでは無い。

カウンター越しのお付き合いのみである。

アセプトとは忌憚なく話すことができるようになったが、それはあくまでも「冒険者とはどうあるべきか」「依頼達成のコツとは」といったアセプトの仕事の範囲内の話である。

アセプトが実は30に近い年齢で、実は子供が一人いるシングルマザーで、とある冒険者と良い仲になりつつある。

なんて話は、隣の軽食スペースという名の酒場で小耳に挟んだだけで、本人に直接聞いたわけでは無い。


 そんな、仕事や冒険者や依頼に関する話の中で、なぜ体力をつけなければいけないのかと懇々と語られたことがある。

魔法使いというのは、膨大な魔力を持った人間なわけで、そういった人間は往々にして、生活していて直面した困難を魔法でなんとかしようとする。

体力向上の符や筋力向上の符はその最たるものと言えよう。

ブラッドも「いざとなったら符を使えば良い」と考えていたので、アセプトの意見は尤もである。

 

 では、その符を使用すれば本人の体力など関係ないではないかと思うかもしれないが、そこにはやはりデメリットというものが存在する。

体力向上にも限度があるし、戦士の体力や、筋力を超えるような強化をするためにはそれなりに魔力が必要になってしまう。

また、体力向上の符には反動がある。その効果が切れた際に、それまでの疲労が一気に襲い掛かるのだ。

これを回避するためには、依頼が終わるまで、途切れることなく符を使用し続けるか、疲労を回復する符というものが必要となる。

どちらにしても常に魔力を使用し続けることになるのだ。

たとえ微々たる魔力とはいえ、日々の体力づくりでなんとかなるのであれば使わない方が良いにきまっている。



 人によって魔力量は違う。大魔法使いと呼ばれる者の中には、生まれたときから強大な魔力を持って生まれる者もいるが、それは稀な話だ。

大魔法使いと呼ばれる者のほとんどは、後の努力によってその魔力を得ている。もちろん、生まれたときの魔力だって人並以上に多かったはずであるが。

魔力量増大法という魔力量を向上させる方法があり、その技術を使用し続けることで、魔力量というものは、その増加量の大小はさておき成長していく。


 ということから基本的に大魔法使いはおじいちゃんだったり、おばあちゃんだったり年寄りになる。

若い魔法使いは体力がある代わりに、魔力が少ないというのが通例である。

たまに学園の魔法科に特待生として入学してくるような、異常な魔力量を持った子供もいるが。

ブラッドがアセプトにそう見られなかったのは、その稀な可能性を排除した上で、まだ若いからであろう。

実際ブラッドの魔力量はズバ抜けて高いわけでは無い。それをアセプトが見た目でわかったわけではないが。


 魔力量を見た目で計測することは困難である。

魔力量の計測には、同一符を連続使用し、魔力枯渇による昏倒までの魔法発現回数で魔力量を量るというのが一般的だ。

魔力量増大法の効果を1日毎に計れないのは、毎日昏倒するわけにはいかないからだ。

なかにはそうして論文を書いている酔狂な学者もいる。

いや、酔狂は失礼だな。

そういった献身的、まさに献身的な研究により、魔力量増大法か確立され、今もなお改良され続けているのだから。


 計測に使用される魔法符は鉄生成を使用することになっている。

これは単式であるため、魔力経路に流す魔力が少なくて済むこと。技術による差が出にくいこと。魔法発現の結果が再利用できること。等の理由からだ。

たとえば火球も単式であるが、魔法使いが魔力量を量るためだけに、火球を連発するというのは、まぁ誰が考えてもあり得ない話であろう。

符作成の魔法なども再利用できるが、術式が複雑であるため、技量を計るのであれば良いかもしれないが、単純な魔力量を量るのであれば不向きだ。

金生成やミスリル生成といった魔法があるならば、そちらを使用したほうが、再利用価値は高いだろうけれども、そういった魔法は未だ発見されていないし、発見された時点でそれらの鉱物価値は暴落するため意味を為さなくなるであろう。

世の錬金術師と呼ばれる魔方陣研究者は希少鉱物生成について研究を続けている者のことを指す。


 とにかく鉄を何グラム生成できるかで魔力量は量れる。

ブラッドは32グラムぐらい、グレード32と言われる。

魔法使いの平均が30くらいだと言われているのでまぁ、平均より上と言っても過言ではないだろう。ちょっとだけだけど。

ちなみに一般人でも7~9くらいあるのが普通だ。

かつての傭兵王の仲間にはグレード1000を超える者がいたと言われるが、それはまさに化け物であろう。

個人が1日1kgの鉄を生成できれば鉱山要らずである。


 鉄を32グラム生成するだけで昏倒する魔法使いが攻撃要員となれるかについては、そのために魔方陣学があると言っても過言ではない。

鉄生成は元素指定であるため、コストが高いのだ。

石礫を降らすストーンレインのような魔法の際は、石礫という概念指定であるためコストが低い。

中に泥の塊が混ざる事もあれば、ダイヤモンドが混ざることもあるが、基本的には一般的な石礫が降り注ぐ。



 ※※※



 ブラッドが1時間のランニングを終えると、ちょうどギルドの前の軽食屋が店を開ける。

ここはギルドが空くのを待つ冒険者のために朝早くから開くことになっている。

隣の酒場が閉まるのとほぼ同じ時刻に開くため、酒場で一夜を明かした冒険者がそのまま雪崩れ込むこともままあるが、今日はそういった者はいないらしい。


 この店はまだオープンしてまだひと月ほどしかたっていないため、テーブルも椅子も綺麗でブラッドはとても気に入っている。

以前は空き家だったはずだ。冒険者が集まる酒場の隣では落ち着いて生活することなど出来なかったのであろう、かなり長い間空き家であったように思える。

とはいってもブラッドが知りえる限りの期間であるが。

この店は、イスタブルの冒険者が増えたことにより必要となり開店した。

それまでは冒険者ギルドの開店待ちなどするものは稀であったためだ。これも魔物バブルの一環である。




「やぁ、おはよう。ブラッド。よく続くねぇ」


そう声を掛けてきたのは、この店「キャスト」の主、キャストフィールドだ。

以前は冒険者として鳴らしていたらしいが、討伐依頼の最中に治癒符でも完治できないほどの怪我を負い、引退したらしい。

見るからにして、冒険は無理だという風体である。右足は義足、左足も義足である。


いかに万能と言われる魔法でも失われた四肢を生やすことまでは出来ないと言われている。

鋭利な刃物で切断されたのであれば、接合し治癒符を貼ることで結合したという話を聞いたことがあるが……

どうやったらそこまでの怪我を負った状態で生きて戻れたか不思議であるが、まだ、どんな討伐依頼だったかについても聞き及ぶほど仲良くはなっていないため、いずれは話してくれるかもとブラッドは思っている。


 脚以外については冒険者だなぁという感じだ。

鍛え上げられた腕と胸板だけ見れば、まだ冒険者として通用するのでは?と思ってしまう。

顔つきも軽食屋のそれとは異なり、酒場のテーブルのほうが似合うであろう、口でもたたこうものなら殴られそうな雰囲気がある。

もちろん殴られたことはないわけだが、隣から流れてくる酔っ払いの取扱いを見るに、あながち間違ってもいないだろう。



「えぇ、体力を付けないと冒険者としては失格だとアセプトさんに言われてしまったので」


「そうか、まぁ、そりゃそうだ。」

「先月のおまえさんは、どう見たって学者か、運動していない学生、まぁどっちも当たっていたわけだが、そうとしか見えなかったよ」

精悍な顔を崩し、キャストフィールドは、かっかと笑った。


「確かに運動はしていませんでしたからねぇ。でも、走れるようになったんですよ。結構」


「やっと、スタートラインってとこだな」


「ですね。」


 そんな挨拶を交わしながら作っていた紅茶が、ブラッドの前に出される。

毎朝頼むので、最近では頼まなくても勝手に出てくるようになった。

おそらく開店からのひと月で一番この店に来ているのは自分であろう。ブラッドは自負している。なにせ開店1号の客である。

 そして、この店を気に入ったからこそ、この店を通るようランニングコースを決めたのだ。

貴族街には、朝早くから開いている店が無いことが最大の理由ではあるが、キャストの人柄も少なからず影響したであろう。



「そういや、聞いたかい?」

ブラッドが熱い紅茶に息を吹きかけている時、キャストフィールドが声を掛けてきた。


「聖剣が抜けたらしいな」

「えっ!?」


 ブラッドは驚き、危うくコップを落としそうになる。

あの偽剣いや、聖剣って本当に抜ける物だったのか。

てっきり絶対抜けないやつだと思っていた。

このまま勇者が現れずに、自由連合がなんとかするのを待つものだとばかり思っていた。

というか、そっちの勇者についていこうと思っていのに、まさかイスタブルに勇者が現れるとは。


「この国のもんじゃねぇらしいがな」


「というと北方のいずれかの?」


「いや。」

「まさか自由連合ですか?!」


「いや。この国もんじゃねぇってことしかわからないらしい。未だ出自の詳細は不明だとよ」


 ついに勇者が!

勇者のパーティに入る→魔王を倒す→名が残る

オーケーオーケー、着実に進んでいる。

いや、進んではいないか。だが可能性は出てきた。まさにスタートラインに立てたってやつだ。

今までスタートラインが無かったわけだから。

とりあえず勇者が出てきて良かった。

しかし、どうやったらパーティに入れるのかな?直談判しか無いんだろうか。

なんとか教授のコネでも親のコネでもいいからなんとしても入れてもらいたい。

 

「今日にも登城し、王に謁見だとよ。」


 あれかな。

ギルドに依頼とか出ないよなー。

求ム!勇者パーティ!みたいな。ないだろうなー。

強い騎士とか宮廷魔術師とか連れて行くのかな?

とすれば、俺はどうしたらいいんだろう。

待てよ。そのあいた宮廷魔術師枠に入るって可能性も…

いやいや目標は高く!勇者のパーティだ。


そんな決して宮廷魔術師と比べどちらが高いか分かりづらい目標をブラッドが再確認していると。


「たしか、トレイだか、トレイアだか、そんな名前だったぜ」

「なんだか……女みたいな名前ですね。異国人だからかな?」



キャストフィールドが知りえた情報をブラッドに伝え終えた頃。


あー やっぱり、この紅茶は美味しい。なんだろう、このオッサン。なんでこんなに美味しい紅茶が入れられるるのかな?

うちの紅茶もこの茶葉にならないかな。というか、どこの茶葉使ってるか教えてくれないかな。

あれか?カップじゃなくて、コップで飲むから美味いのか?

ブラッドがそんな事を考えている頃。


イスタブルには勇者が出現していたのである。



続く




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