勇者誕生!……と初の登城
【5月 某日】
東方大陸に存在する新ヨーク帝国では、勇者がヨーク帝国皇帝ノートリウム・フィッツガルドに謁見していた。
「勇者トレランシア・ブレイブハートよ。おもてをあげよ」
「はっ」
「お主のような少女に魔王討伐を託すのは心苦しくもあるのだが、教会からの推挙である。」
「はっ」
「困ったことがあったら何でも言うが良い。教会も、帝国も。いや、この件は既に西方大陸にも伝わっておるから、世界中がお前を助けよう」
「はっ 有り難き幸せでございます。」
「魔王は北方大陸におるとの話だが、すぐに向かうのか?」
「いえ、まずは聖剣を入手し、仲間を集めなければいけません。私の身一つでは魔王には勝てないようなのです。」
「その聖剣と仲間にはアテがあるのか?」
「いえ、これより世界を巡ります。」
「……うむ。では幸運を。」
そういうと謁見の間から皇帝は立ち去った。
聖剣と仲間。
それが無いと魔王は倒せぬ。
のんきな勇者が世界を巡る間に、我が国が滅ぼされたらどうするのだ。
これだから教会は……
謁見の間から自室に戻った皇帝は苛立ちを隠すことはしなかった。
だいたい勇者というのはなんだ。
軍を率いて戦う訳では無いのか。
魔王討伐に単独行とは……
あんな娘が魔王のところに行ったところで何が起きるというものか。
まぁ良い。
魔王が本格的な侵攻を始める前に、
諸国が反乱など起こさぬうちに、
西方大陸がこの機に攻めてこぬうちに
とにかく情報を、情報を集めなければ。
※※※
遡る事ひと月ほど前、魔王顕現と日を同じくして、東方大神殿の大司教に天啓が下った。
「近く帝国にて成人の儀を迎える者のより勇者が現れ魔王を倒す。」
ヨーク帝国内で成人の儀を迎えるものは山ほどいる。
それら全てをひとりひとり調べるなど、できるわけがない。できるわけがないのだが、教会はそれをするしかなかった。
※※※
トレランシア・ブレイブハート、6月に成人の儀を迎える予定であり、歳は14才。
ブレイブハート家は帝国に属する貴族の家である。
そして、トレランシアは帝国の学校に通う学生であった。
帝国が休校の判断を下すより早く、帝国上空に現れた悪魔は学校を襲撃した。
これによって、学校は休校となるのだが、運悪くトレランシアは学校で唯一の犠牲者となってしまう。
はずだった。
大怪我を負い、教会にも医師にも匙を投げられた。
もう助かる見込みが無いと言われ、後は死を待つばかり。
トレランシアの両親も神に奇跡を願うだけであった。
奇跡は起きたのだ。
横たわるトレランシアを光が包み込む。
傷口は瞬く間に塞がり、トレランシアの目が開いた。
次に唇がわずかに動き、こう言葉を発した。
「またか。」
トレランシアはそう呟くと、ベッドから降り右腕を肩からぐるぐると回した。
そこで一度跳び、着地。
「若いだけでも良しとしよう。」
トレランシアはそう言うと。
そのまま床に倒れこんだ。
どうやら気絶していたらしいトレランシアは、目覚めた後に驚く。
まずは生きていることに。
続いて自分の体が今までと全く異なってることにだ。
体は軽い。羽根のようだ。
頭は冴えわたっている。
魔力も漲っている。
なんでも出来そうな気がする。
宙返りでもしてみようかしら?
トレランシアがそう思ったとき、
(おまえが今代の勇者だ。○×△を倒すのだ)
頭の中に誰かの声が響く。
「誰?!なに?今の声。」
(おまえは、今代の勇者だ。○×△を倒すのだ)
「だから誰なのっ!」
(私は先代の勇者だ。おまえは、今代の勇者。○×△を倒すのだ)
「なによ勇者って。」
(勇者は勇者だ。力があり勇ましく、世界を救う)
「勇気はともかく力は無いし、世界も救えないわよ?」
(いや、おまえは選ばれたのだ。今代の勇者。おまえは○×△を倒すのだ)
「○×△?」
(そうだ。○×△は勇者たる、おまえしか倒せぬ)
「それは魔王のことを言っているの?」
(……)
「でも、私はただの学生よ。そんな力は無いわ」
(おまえは私とリンクしている。この世界、この時代でもっとも強くなるのはおまえだ)
「強くなる……」
(そう。今は違う。おまえの体は小さすぎるし、脆い。死なぬ身体とはいえ、それでは戦えぬ。鍛えねばならぬ)
(そして力の使い方を学ばなければならぬ。私とのリンクが途切れぬうちに)
「その ○なんとかを倒しに行かない という選択肢は無いのかしら?」
(無い。倒しに行かない選択をする者は私とリンクできぬのだ)
「倒しに行かないって言ったら、私の頭の中から消えてくれるってこと?」
(違う。おまえは倒しに行かないという選択をしない。だから私とリンクしたのだ。)
しばらくの問答の後、トレランシアは仕方がないというように頭の中の自称先代の勇者に言った。
「……わかったわ。断る気は無かったけど、とにかく私は勇者なのね」
トレランシアの承諾により、東の大陸に勇者が生まれたのである。
奇跡の少女がいるという噂を聞いて教会の使者がやってくるのは、それより1月ほど後のことであった。
教会の懸命な捜索は実を結んだ。
そして、一人の少女が勇者として魔王討伐の旅に出ることになるのである。
続く