プロローグ1 日記を書こう
序文
今日からクラウス学園高等部の1年生となるから、これからは毎日日記をつけていこうと思う。
将来、大きな成果を残した場合、自叙伝なんか書かれる場合がある。
そうした場合、その人となりが全くわからないではお話にならない。そのためにも日々の記録は必要である。
大きな成果を残せなかったとしても後から見直すことでなんらかの糧になるのではなかろうか。
また、その日の自己の行動をすぐに振り返ることで、よりよい翌日を送ることができるはずだ。
正直に言うと講師が日記を書けと言ったから書くわけで、前述した自叙伝云々はその講師が言っていた話である。
『論理的思考』というものが魔方陣学には重要らしく、パーツを組み立てるという意味で言うならば魔方陣学と作文は似ているらしいので、それであるならば書いていこうという次第である。
本当に、自叙伝に繋がるというならば詳細に書くのがいいだろう。
今日あったことを具に覚え、余すことなく覚え、時には脚色などもして、書いていこうと思う。
1月 風の3日
【日記】
今日はクラウス学園高等部の入学式であった。
首都イスタブルの西側に位置するクラウス学園は建立198年、その前身であるイスタブル符術研究所から含めると200年以上も前から続く歴史ある学術機関である。
年によって変動するが学部数10以上、学科数にすると20を超える大陸の東側随一の学園である。
随一と言っても大陸の東にはここにしか学術機関が無いのだが。
学園の門より周囲の壁を見てみるに中等部とは比べ物にならない広さであることがうかがえた。
今まで通っていた中等部の向かいにある建物であるから、目新しい物ではないが、実際自分がこれからここに通うかと思うと感慨深いものがあった。
実は憧れていた。
魔方陣学を勉強していけば自分で種々の魔方陣を描けるようになる。
そうなれば、わざわざ販売されている魔方陣を購入したりしなくてよくなる。
経済的である。
っていうか恰好いいよね魔方陣。
将来的には魔方陣研究職になりたい。
アレクサンドリア城か、イスタブル魔方陣研究施設、どちらかに就職できるよう頑張らねば。
学園の門の前で、ぼんやりとそんな決意をしていると、後ろからふいに声をかけられる。
「よぉ ノエルの坊や」
聞き覚えのある声、これは我がノエル家の隣に住んでいるブッシュ家のジャイニーのものだ。
自分は今年で14才、成人の儀こそまだ行っていないが、もう『坊や』と呼ばれる歳では無い。
がしかし、ノエル家の三男坊でその下に兄弟のいない自分は近隣の年長者達からするといつまでも『坊や』らしい。
ジャイニーはこの学園の政治学部の3年生であり、将来は宮勤めになるであろう人物である。
だからといって幼馴染である自分には数年後の就職先など関係なく、依然として幼いころから自分にちょっかいを出してくる近所のガキ大将である。
「やぁジャイニーさん おひさしぶりですね」
確かに隣の屋敷に住んでおり、時折市街地などですれ違うこともあるのだが、言葉を交わすのはひさしぶりである。
ジャイニーが中等部を卒業してから以来ではないだろうか。
「ジャイニーさんなんてよせやい、昔馴染みじゃないか。まぁ 入学おめでとう。おまえが魔方陣学部に入るなんて思っていなかったよ。俺はてっきり政治学部か経済学部に來るもんだと思っていた。」
「私は三男ですからね。政治を勉強してもあんまり意味が無いんですよ。経済は……魔方陣には夢がありますから。」
「わたし」
ククッとジャイニーが笑う
「僕ちゃんがいつの間にかわたしって言うようになってる ハハッ」
言い終えて、また堪らないとばかりに吹き出すジャイニー
「僕はもう僕のことを僕なんて言いませんよ!もう高等部なんですから!」
「もう僕って言ってるし。あまり最初から無理しないほうがいいぜ。どうせそのうち論文でも書くようになれば嫌でも使うようになるさ。嫌でもな」
あーどうだろう。書いてみて思ったがこのくだりは要らないな。
カットだカット。
門を抜け入学案内にあったレクレーションルームに向かう。
レクレーションルームは中等部の教室とよく似ていた。
縦に8席、横に8席の64席が並べられている。
教室の前後には黒板と教壇がある。
歩いてきた廊下側の反対側は窓になっており学園の壁の向こうに町の景色が見え…ない。
1階であるため学園の壁に阻まれ外の景色は一切見えない。
こんな殺風景な教室で講義を受けるとなると気が滅入りそうであるが、まぁ研究者は窓すらない薄暗い部屋で研究し続けるイメージがあるので、それに比べればまだマシなのであろう。
入口は2か所。前と後ろである。
どうやら私が入ってきたのは後ろの入り口になるらしい。
中に入ってみると、席はほとんどが埋まっていた。
それぞれの机の上には板が1枚だけ置かれている、座るべき生徒の名前が書いてあるようだ。
自分の名前の札を探し、そこに着席する。
着席後、周囲を見回し、空いている席の数を数える。
私が一番最後ということは無いだろうが、もう後数分で指定された時間である。遅刻者が多くいるのか?それとも単に空席?等と考えている内にも数人の生徒が扉から入ってきては着席していく。
残る席が3席となったところで、講師らしき男性が入室してきた。
「はい、注目」
講師の第一声はそれである。その言葉の通りに講師に注目する。
歳は20代半ば、髪はある、だがしかしなんだろう。
ムキムキである。
無駄な筋肉。
いや、魔方陣学というのは筋肉も使うのであろうか。
「俺はこの学園で体育を担当している、フィットだ。よろしく。」
あぁやはり体育か。
中等部ではもちろんあったが、高等部でも体育があるんだな。
よく考えれば入学案内に書いてあったような気もするが、入学案内が届いた日以降、今日の場所と時間以外の頁を見た記憶が無い。
いやだって、魔法学部なんだから魔法陣の勉強だけするもんだと思っていた。
そこからは学内の案内が始まった、これも入学案内に学内見取り図があったかと思うが主要な施設についての説明である。
職員室や実験棟の場所について説明を受ける。
学部、学科毎に棟が分かれていること、各階にトイレがあること等々だ。
魔法学部では危険な実験も行うため広大なスペースが必要になる。
そのため、敷地奥の山までが学園の実験スペースになっているとのこと。
その後驚愕の事実が判明する。
魔法学部については土の日が休みではないらしい。
ウソだろ。
ジャイニーが毎週土の日に学園行ってなかったから週休2日制だと思っていたが魔法学部は違うようだ。
政治学部に比べて、年間50日以上も休みが少ないじゃないか。
というか、よくよく聞くと光の日も実験がある日は登園するらしい。
まじかよ。
休みないじゃない。
あー しまった。
憧れというものは不都合なものを見せないのであろう。
そんなブラックな環境だとは思わなかった。
その事実にしばらく呆然としていたのだろうか、気づけばフィット講師が入学式が始まるので大講堂で行くように言っている。
一同ぞろぞろと大講堂へと向かう。
大講堂は学園の中央に位置する学園で一番大きな講堂で収容可能人数は2000人だそうだ。
学園内の全生徒が収容できると歩きながらフィット講師が言っていた。
入学式については……中等部の時と同じだ。
学園長の御言葉や貴賓の御言葉、在園生が園歌を歌う。
なにやら手帳を見ながら歌う生徒もいるところを見るに、それほど園歌を歌う機会は無いんだろうな。
覚える必要は無さそうだ。
ジャイニーは見当たらなかった。
講堂の一番前に座らされているため、後ろをキョロキョロ確認するという、みっともないまねはできなかったのである。まぁいいや。特にジャイニーについては書かないで行こう。
入学式が終わると、レクレーションルームとは違う部屋に移動するよう指示をされた。
またぞろぞろと移動する。
教室棟と書かれた門をくぐり、すぐの部屋、ここが私達の教室になるようだ。
私と同じ部屋に入るように指示される者と、隣の部屋に入るように指示される者がいる。
どうやら魔方陣学科は2クラス制らしい。
自分の名前の札が置いてある席に座り、しばらく待っていると
「はい、注目」
と言いながら講師が入ってきた。どうやらこの言葉は講師が共通的に使用するらしい。
歳はさっきのマッチョと同じくらい。
髪はある。
白い。
圧倒的に白い。
なんだろう昔読んだ本にレイスって死霊の挿絵があったけれども、それに近い。
病的に白い。
「私はあなた達のクラスを受け持つ魔方陣学科の、シークエルです。よろしくお願いします。」
「これから3年間魔方陣について一緒に学んでいくクラスメイトはここにいる31名、男の子がが27名の女の子が4名です。」
「改めてよろしくお願いしますね。」
学科生は全員で61名 毎年入学者はこの程度らしい。
男42名の女19名である。
基本的に貴族の娘以外は高等部に進むことが無いため、こんな男女比率になるのは仕方ない。
幼馴染のステラはそのまま自分の親の店で働いているしコトレは洋裁学校へと進んだ。
女子がいないと頑張れないタイプでも無いので大丈夫。
最近、魔方陣学部が女子に人気であると聞いたのだが、それでもこんなもんだ。
人気の理由は偏に女の手に職というものだ。コーダー職であれば家に居ながら作業を進めることができる。そういった理由もあり今女性に大人気!と聞いていた。
知ってた。
うん、いや、確か政治学部の方が男女比酷かったはずだ。
ちなみに魔法学科は24名だけだそうだ。
男女比についてはわからない。
魔法学科は確かにエリートの集まりである。
魔法はほとんど誰でもが使えるものである以上、魔法の研鑽に身を置く人間というのは殊の外魔力が高い人間となる。
私も魔力はあるし魔法は発動できる。それなりの魔力を持っているつもりではある。
が、魔法科に行くような人間というのはその魔力量が人並外れているんだそうだ。
魔力が少ない人間の中には調理符による着火処理時に気を失うものもいるらしい。
なかなかそこまで魔力の少ない人間はいないので特殊な例ではあるが。
そこまで魔力が少なければ日常生活にも支障がでるのかもしれないな。
市販されている調理符はさほど魔力を必要としないし、着火後はその火を使用し火力調整するのが一般的だ。
煮込み料理やなんかで持続性の調理符を使用する場合を除けば、調理符をそのまま使用し続けるようなことはない。
火力調整にいくつもの調理符を使用し、その都度魔力を使うのであれば、その人はよっぽどの金持ちで無駄な事が大好きな人間なのであろう。
そんなエリートが集まる魔法学科。別に足切りされた訳じゃないが私じゃ行けないのは分かっていた。私の魔力は人並だ。
いいんだ。
魔方陣恰好いいじゃん。
知らなかったんだけど、研究職以外に設計職ってのがあるらしい。
記述者が設計も行うのかと思ってた。
よく考えれば量産体制に入っている符なんかを記述者が勝手に書いてるわけないもんな。
設計者というのもいいかもしれない。
とりあえず明日からは一般教養の講義が始まるとのこと。
中等部を出ている私にとっては既に知っている知識も多々あるとは思うが、これも勉強である。
明日の講義は……一般教養である。
【ノート】
レクレーション
フィット(マッチョ)
実際の教室は入学式の後に移動する
職員室は1階の玄関横
トイレは各階の中央階段横
食堂棟は東側、実験棟は最奥
光の日は基本的には休みだが、実験等で登園になる場合があるらしい
魔方陣学科講師シークエル(レイス)
61人 52 11
魔法学部には魔法学科と、魔方陣学科がある。
1年生のうちは半分の講義が一般教養となる
魔法陣研究職:リサーチャー
新たな手続きを研究する
魔法陣設計職:インテグレーター
種々の手続きを合わせて魔方陣設計を行う
魔法陣記述職:コーダー
長期定着墨等を用いて種々の物に魔方陣を描く