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#07.遭遇

 腰まであるサラサラなストレート髪は穢れを知らない純粋な白。パッチリした瞳の青は海のように深い。全体として彫りが浅く優しげな顔立ちは、その色彩の割りに愛らしさと親しみ易さを感じさせる。神秘的な色と相反するような優しい笑顔を持つ小柄で華奢な彼女に庇護欲をそそられ、多かれ少なかれ恋情を抱く男は数限りない。溌剌とした雰囲気で周囲を元気付け、邪気のない笑顔で癒しを与える天使。


 乙女ゲーム「真実を暴き復讐を~~」のヒロイン、マリアの紹介文はこんな感じでした。「文章としてちょっとおかしくない?」何て感想を抱いたのは良く覚えているのですが、記憶は曖昧なので正確な記述とは多少違うかもしれません。まあ正確な表現がどうだったかは関係無いので脇に置いておきましょう。大事なことはマリアがとてもカワイイ子だということです。いえ、女の子らしい女の子が羨ましいとかそんな話ではありません。“私が”マリアに感情移入出来なかったという話です。


 例えば、王位を継承する重圧について語ったラファエルに対し、ゲーム“中盤で”マリアはこんな言葉を掛けたりしていたのです。


「無理をする必要はない筈です。ラファエル様はラファエル様の出来ることをすれば良いと思います」


 確かに人には得手不得手があります。どんなに研鑽を積んでも出来ないコトは出来ませんが、王なんて役職に就く人は無理なコトも無理矢理やらなければならない場面も少なくないのではないでしょうか? 


 また、兄を押し退け伯爵位を継ぐことを躊躇うオズワルドに対して吐いた台詞は、「先生なら出来ます。それに、先生が跡継ぎとして育てられていないことぐらい知っているんですから意地悪言う人が悪いと思います」でした。世間一般的な物語のヒロインとして男性を励ますのは当然のことですが、キッシュ伯爵家はかなり大きな家ですし、「大目に見るべき」というのはかなりズレた意見ではないでしょうか?


 乙女ゲームは主人公に感情移入し疑似恋愛を楽しむゲームです。あ、まあ、そうじゃない人もいると思いますが、兎に角私は言動に違和感のあるマリアに感情移入出来ませんでした。そして同時に、考えの浅い、相手の立場を理解出来ていないマリアに惹かれてしまう攻略対象者達も好きに成れなかったわけです。だって、私から見ると外見に惹かれただけですし……。


 まあ所詮はゲームですから、多少違和感のあるストーリーでも男性キャラが魅力的なら乙女ゲームとして成立しますが、海千山千の貴族社会で通用するとは思えません。間違いなく現実であるこの世界で、ラファエル様達があんな言葉に惹かれることはないでしょう。と言うか、特権階級である彼らがゲームのマリアのような女性を伴侶に選ぶようなことがあったら大変です。ホントに。


 え? なんでこんな話をしているか?


 それは、マリアが現実に存在したからです。






「あとは――室内灯ね」

「今更ですが、お嬢様が買う物ではありません。伯爵家の令嬢の買い物と言えば普通ドレスや宝石です」


 しつこいなぁリヴィ。まあ、消耗品の魔導具なんて伯爵令嬢の買うモノでないのは確かですが、


「出かける前にも言ったけど、只の息抜き。リヴィに付き合うだけなんだから良いじゃない。ドレスはお母様のお古で充分間に合っているし」


 お父様はお母様にぞっこんだったらしく、お古のドレスは相当数に及びます。保存状態も良く、サイズがピッタリになった最近では新調する理由が全くありません。


「……まあ良いですけど。じゃあゴラス魔導工房に行きましょう。他の店でも良いですが、ゴラスはエイミア様も贔屓にされていた店で、値は張りますが一級品ばかりです」

「覚えてるわ。あっちよね」


 お母様と一緒に買い物して歩いた数年前の記憶を頼りに歩き出すと、リヴィはすぐ後ろから付いて来ました。普段一緒に歩くことはありませんからこうやって主従らしくされるのは慣れません。幼い頃みたいに並んで歩いてくれる方が良いです。とはいっても、公の場でそんなことをしたらリヴィが叱られてしまいますから無理ですね。

 因みに護衛として伯爵騎士も一人付いて来ています。この辺りは治安が良いので昼間なら女性が一人で歩いていても事件に巻き込まれたりしないのですが、彼らは微妙な立場の私の我が儘にも付き合ってくれます。まあ、「要らない」なんて言って拉致でもされた日には目も当てられないので付き合って貰っています。長兄に弱味は作りたくありませんしね。


「そこを右だったわよね?」

「はい。曲がって直ぐ左手です」


 大通りから狭い路地に入り、少し進んで突き当たりを右に曲がった私は――――


「どうなさったのです?」


 立ち止まって後退りしました。


「う、うん」


 リヴィへの返事もそこそこに、今見た光景をもう一度確認しようと路地から顔だけを出して裏通りを覗き込みます。

 ……滅多に出歩かないのに、何でこんな場面に遭遇するのでしょうか?


「不思議な色ですね」


 主人のやっていることに疑問を持ちながらも、空気を読み身を隠しながら私と同じ光景を見た侍女が囁きます。

 リヴィの言うように、純白と表現するようなその髪色は千差万別の色彩が見られるこの国でも初めて見た色です。しかし問題はそこではありません。


「レオンハルト……」


 ゴラス魔導工房の前で立ち話をしている一組の男女。男性は、藤色の髪を短髪にした中背で体格の良い美男子で、少し困ったような表情で少女の話を聞いています。女性は、腰まである純白の髪が印象的な小柄で華奢な少女で、顔は見えていませんがその愛らしさは背中から見ていても伝わって来ます。


「ありがとうございました。助かりました」

「いや、俺は何もしてないから。さようなら」

「お待ち下さい。お世話になってお礼の一つもしないで帰してしまっては叱られてしまいます」


 少女の喜色を孕んだ声に対してどこか冷たい声で応じた男性が、辞去を告げたあと間髪入れずに踵を返そうとして呼び止められました。

 マリアを拒否した? レオンハルトは一途に好意を向けていると全く好感度の下がらない比較的攻略の簡単なキャラだったのに……。と言うか、もっと無口なキャラだったのに……。


「ただ訊かれたことに答えただけの俺にお礼なんてしていたらキリがない。道案内したわけでもないのに……。

 と言うか、目の前に看板があるのにそれに気付かない君に付き合いたくはない。さようなら」

「待って下さい。せめてお名前だけでも」


 意識してやっているのか無意識なのか、少女は自分の胸に彼の腕を引き寄せます。


「いや、本当に俺は何もしてないから」


 あの年の男の子に胸の感触を意識するなという方が無理だと思いますが、彼の意識は今そこだけに向いているようですね。辛うじて鼻の下は延びていませんが……なんか、モヤモヤします。


「二度とお会い出来ないかもしれません。恩人の名前すら知らないでいるのは淋しいモノです」


 胸に引き寄せた腕を両手で掴み、更に半歩近付いた少女は、上目遣いで彼を見上げます。あざといですね。


「頬が緩んでいますね。レアンドラ様程じゃないですけど大きいですし、仕方ないでしょうけど」


 口に出さなくて良くない? わざとらしく私の胸に視線を落とすなぁ! ……レオンハルトもやっぱり大きい方が好きなのかなぁ?


「私を見ないの」


 一言多い侍女を恨みがましく思いながら二人を眺めていると、執拗な少女に屈した男性は名を名乗って直ぐ私達と逆方向へと立ち去り、少女はゴラス魔導工房へと入って行きました。


「……どうします?」

「室内灯は別の所で買おう」


 ヒロインと鉢合わせする勇気はありません。






 翌日。


 ゴラス魔導工房は彷徨く場所の一つとして存在していて、基本的にはゲーム上使用する回復アイテム等が手に入る場所でした。時々レオンハルトが登場するイベントが発生することもありましたが、ただ……。


 何よりおかしいのは、(エリミア)がまだ二年生、ゲームの開始前だということです。


 ラファエル、ハイムルトとの校門での出会いから始まり、二人と別れたあと学園内で迷ってしまったマリアと遭遇するのがオズワルド先生。その後先生がマリアをレオンハルトに預け、遅刻ギリギリで会場に入ったマリアに対して悪役令嬢その二が嫌みを言うと、五人目の攻略対象者がマリアを庇う。これが通常攻略キャラ五人との出会いイベント兼オープニングでした。

 そして、マリアと五人はこの日が初対面という設定だったのです。


 もうゲームが始まってしまったということでしょうか? それともシナリオから逸脱しているということでしょうか?


 私やレアンドラ様、そしてまだ微妙ですがレオンハルト様等、登場人物のキャラが変わっていることを踏まえればシナリオから逸脱していても何の不思議もありませんが、設定通りのモノがこれだけあってイベントが全く起こらないとも思えません。ヒロインの動向には注意が必要です。


「エリミア? 次は実技よ。リリアもアリエルももう行ってしまったわ」


 え? ……考え事をしていたらいつの間にか授業が終わっていました。しかも、レアンドラ様と私の二人キリ。なんか凄く静か。


「珍しいわね。何かあったの?」

「いえ、あの……街でレオンハルト様とヒロインが、って……」


 何を言ってるんだろう私。


「レオンハルトと言うとケイムス家の一年生かしら?」

「は、はい」


 レアンドラ様の目が嘘を吐いた私を咎める前世の母親と同じに見えるのは気のせいですか?


「ならヒロインとはマリアのこと?」


 え!?


「何で?」


 レアンドラ様がマリアを、ゲームを知ってる?


「貴女もゲームを知っているのね?」




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