#06.侍女
「逆ハーエンドなんか微妙じゃない? あれって最後、簿かしてるけど「私の為に争わないでー」みたいな解釈で良いんだよね?」
え? 春ちゃん?
「そうそう。「マリア争奪戦は続く」みたいな感じ」
陽菜ちゃん?
「待ってよ。私まだ逆ハーやってないんだから」
ん? 私の声?
「あ、ごめん」
「絵美里はどのキャラもピンと来ないって言ってたじゃん。やり込む気ないんでしょ?」
「そうだよ。「ハマる気がしない」とか言ってたし。だったら私らが話しちゃっても問題ないよねぇ」
「えー、なんでそうなるの? 一応私も一通りプレイする積もりなんだから――――」
「別に奪い合う感じで終わっても良いんだけどさぁ。もっとこう、いちゃラブしてる終わり方の方が良くない?」
……無視された。
「うんうん。全然愛されてる雰囲気じゃなくて男同士歪み合うシーンで終わりだし、ハッピーな感じがしないよねぇ」
「現実だったら歪み合って奪い合うかもしれないけどさぁ、ゲームなんだから皆に愛されて幸せ的な終わり方で良いじゃんね」
「ねぇ~。なんであんな終わり方にしたんだろぉ」
この会話記憶にあるなぁ。て言うか、もしかしなくてもこれ、夢?
「……逆ハーが奪い合いで終わりだとしたらどこに復讐があるの? 真実を暴くシーンはラファエルルートであったけど、復讐する場面なんてどこにも無くない?」
「え? ……そう言えば……」
「タイトルなんてどうでも良くない?」
「だったらもうちょっと洒落た名前を付ければ良いと思う。「真実を暴き復讐を~~」なんて昼メロみたいだし、復讐が無いならこんなタイトル付けないんじゃない?」
「そもそも大元は同人サークルが作った18禁のネットゲームだし、タイトルはそのゲームのままだったんじゃなかったっけ?」
「あ! そうだそうだ。ゲーム会社が利権を買った時タイトルだけは変えるなって条件を付けたらしいよ」
「なんでタイトルに拘ったの?」
「そこまで知らなぁい」
・・・
あれ? 今なんか凄く大事なことを思い出した気がしますが……。
・・・
ダメですね。夢を見ていたのは覚えてるけど内容は全く覚えていません。諦めましょう。思い出そうとして思い出せた試しがないですし。
「お目覚めですか、エリミアお嬢様」
夢現にいた私を覚醒させたその声は、私が最も信頼を寄せる侍女、リヴィのモノでした。
リヴィはお母様が実家から連れて来た侍女の娘で、学園入学の際は自分から手を上げて付いて来てくれたのです。まあそれはリヴィのお母様が引退してしまってトーグ家の使用人の中で一人異質な存在になっていたのが理由だと思いますが、大抵のことなら無条件で私の味方になってくれる優しい娘です。
「おはようリヴィ」
「おはようございます」
表情が固いですね。何かあったのでしょうか?
「どうかしたの?」
「え? 何もございませんが?」
「いつもの笑顔じゃない。二人キリなのに話し方が他人行儀だし」
二人キリの時なら砕けた話し方をするリヴィに、朝一から畏まった話し方をされるのは珍しいことです。
「平民の私がキッシュ家の当主夫人に対して軽口を叩くわけには参りません。正式な輿入れはまだ先のこととしても、今から慣れて置くに越したことはありませんわ」
「冗談でも止めて。オズワルド先生とは本当に何もないの」
「昨日も呼び止められて逃げて来たと言っていたではありませんか」
呼び止められたのは事実ですが、成績が優秀なのを理由に雑務(書類業務)を押し付けて来る先生から逃げて来たと言っただけなのに……。
「色恋の話なんてしてないじゃない。一度手伝ったら、甘やかしたら付け上がられただけで、先生にもそんな気はないでしょう?」
「そうでしょうか? キッシュ家は保守派でも中立に近い立場の家だと言いますし、革新派と繋がりを持ちたいと思っていても不思議ではないかと」
「保守派で二番目に大きな家が家中で疎まれている私を次期当主“候補”の伴侶に求める筈がないと思うけどなぁ」
と言うか、監禁とか○◯とか絶対に御免被りたいので勘弁して下さい。
「家がそうだとしても、オズワルド様がお嬢様を望んでいるかもしれませんよ?」
「レアンドラ様なら兎も角、大人な先生が私みたいなお子様を相手にするわけないじゃない」
「自覚が無さ過ぎますお嬢様。何度も申し上げていますが、お嬢様は其処らの貴族令嬢とは比べ物にならないぐらいの美人です。胸さえもう少し成長すればレアンドラ様と比べても遜色無いという評価を受ける筈です」
力説していますが、私の外見がレアンドラ様と比べて遜色無いなんて評価は天地がひっくり返ってもあり得ないことです。ナニよりも、レアンドラ様はラファエル様以上の“高貴な気配”、何も言われていなくても平伏したくなるようなオーラの持ち主です。そういう面では庶民でしかない私とは比べ物になりません。要するに、リヴィは私を贔屓しているだけです。贔屓目でも誉められるのは悪い気はしないのでそれは良いのですが、
「一言余計だからその話を信じたく無くなるの」
何故毎回胸に触れるの? 細やかなのは否定しようがないけど……。
「うーん。じゃあ、ラファエル様とかどうですか? 王族は多妻が認められていますし、レアンドラ様は側室を嫌がる程狭量な方だとは思えませんよ?」
え? 何でラファエル様が出て来たの? と言うか、話が変わっているような……。
「ラファエル様だって私に興味があるとは思えないけど……」
「精霊祭の時ダンスに誘って下さったのでしょう?」
「あれはぁ、レアンドラ様に「友人とも仲良くしてくれなければ困る」と言われたラファエル様が三人と踊っただけで、“私と”踊ったわけではないと話したでしょう。義理以外の意味は全くないわ」
そんなこちらの事情はお構い無しに、嫉妬の視線は山ほど向けられてしまうのですから割りに合わないダンスです。
「もぉ。何でお嬢様はずっとそうなのですか? 素敵な男性が何人も近くに居るのに興味を示さない」
「そんなこと言われても……」
攻略対象者は皆ある程度魅力的だとは思うけど、心トキメクほど惹かれないんだから仕方がないと思います。前世でも、淡い想いを抱いたことはあっても、告白したいと思うほど男性(三次元)を好きになったことなんて無かったですし。
「お忘れですかお嬢様。学園卒業までに伴侶を見つけなければ本当にロウメイヤー子爵の後妻に入ることになってしまいますよ?」
あ! そうでした。あと一年九ヶ月しかないんでした。
「……私は普通の男性が良いの。殿下や先生みたいな美形は疲れるから」
「普通って……仮にも伯爵令嬢であるお嬢様の伴侶として認められるのは、最低限姓を持つ平民です。一般的な平民とは結婚できませんよ?」
「それは慣例でしょ?」
リヴィの言う通り、伯爵令嬢の結婚相手として認められるのは姓を持つ平民、詰まり貴族の血を引く平民までで、姓を持たない平民と結婚するのはかなり難しいです。ただこれは習慣的にそうなっているだけで、法的に規制はありません。
「伯爵様が認めて下さるとは思えません」
確かに……。何の政略にもならない相手との結婚を長兄が許可してくれる気はしません。まあ、貴族の結婚って大半がそういうモノですけど。
「結局政略結婚するしかないのかなぁ」
流石に四十過ぎのロリコン子爵は嫌だけど、なんとか頼み込んでそれなりの相手を見つけて貰うという結末に成りそうな……。
「そんなことはありません。認めて貰えないのならトーグ家と縁を切れば良いだけです。ご当主が逃げたエリミア様を追うとは思えません」
「……それもそうね」
逃げたモノを追い掛ける程兄が私に利用価値を見出だしているとは考えられませんし、いざとなればどうとでもなる気もします。
「そうなったら私も付いて行きますからね」
え?
「リヴィ?」
驚いてその顔を覗くと、今世の幼なじみは穏やかに笑っていました。伯爵家ではその鋭い爪を隠していますが、優秀な侍女の裏の無いその笑み安堵を覚えた私は自然と笑顔になります。
「それとも、私をあの窮屈な家に置いて行く積もりですか?」
「ありがとうリヴィ」
答えになっていない応えをした私に対して返って来たのは、幼い頃良く見た親友の無邪気な笑顔でした。
「とは言っても、私恋ってしたことないのよね。伯爵令嬢と一緒に逃げてくれる殿方が簡単に見付かるとも思えないし」
したくて出来るモノではありませんし、こればっかりはどうにもなりません。
「お子様なのか大人なのか……わかりませんねお嬢様は。恋を知る前からそんな現実を見ていたら本当に政略結婚しか出来なくなりますよ? もっと夢を見て下さい」
「……他人のことばかり言っているけど貴女も結婚適齢期でしょう?」
同じ歳なんだから。
「平民は二十五までに結婚出来れば良いのです。お嬢様程切羽詰まってはいません。優先すべきはお嬢様です」
「……私に恋なんて出来るのかなぁ」
二次元なら簡単なんですけど……。
ある意味とても深刻なこの悩みを解消してくれたのは、予想外な人物でした。