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#05.取り巻きその二、疲れる

「エリミア・トーグ様とお見受けしましたが間違いないでしょうか?」

「はい。私がエリミアで間違いありませんが、貴方は?」

「わたくし新入生のレオンハルト・ケイムスと申します。平民ではございますが、ケイムス家はトーグ伯爵家の遠縁故ご挨拶をと思い声を掛けさせて頂きました。宜しくお願い致します」


 新入生歓迎舞踏会の最中に始まってしまった保守派愚痴大会を聞き流していた私に声を掛けて来たのは、藤色の髪を短く切った中背でがっしりした体格の男性です。言葉遣いこそ丁寧で紳士的ですが、お辞儀のタイミングがやや遅く、視線は下を向いていました。こういった場には慣れていないようですね。


「ご丁寧にありがとうございます。ケイムス家はグレンデス家とも繋がりのある由緒正しき騎士の家系。レオンハルト様のこともお名前だけは存じておりましたわ。今後とも宜しくお願い致します」

「俺を知ってた?」


 目を見開らき口を半開きにしたレオンハルトは、かろうじて私だけに聞こえる程度の小さな声で呟きました。遠縁なのは事実と言え、殆ど交流の無い伯爵家の令嬢が一平民の名前を知っているなんて思っていなかったのは当然ですが、驚き過ぎです。一応小声だったので聞こえなかった振りでもしておきましょう。


「何か?」

「いえ、その……」


 レオンハルト様は何故かたじろいでしまいました。威圧的でしたか?


「一曲お相手願いませんか?」


 え? 苦し紛れにダンス?


「私踊りは……」


 ダンス自体は楽しいし、貴族の令嬢として少なからずレッスン積んでいる身としてそれを披露する場を逃すのは不本意ですが、正直、彼とは踊りたくありません。何故かと言えば彼は――――


「遠慮することないわ。踊ってらっしゃいなエリミア」

「ダンスを断られるのは堪えるとお兄様が仰っていたわぁ。特に断る理由がないなら踊るべきよぉ」


 アリエル様とリリア様が躊躇する私の背中を押しました。何故?


「私なんかで宜しいのですか? アリエル様やリリア様の方が――――」

「薦められるまま申し込む相手を変える殿方と踊りたくなんてないわ。エリミアが誘われたのだからエリミアが踊りなさい」


 口調こそ淑女ですが、内容は親戚のオバチャンじゃないですか?


「いえアリエル様。私は今日踊る用意をしていなくて……」

「何を言っているのエリミアは。ドレスも着ているし靴も履いているのにダンスが出来ないなんて」

「踊りたくない理由でもあるのですかぁ?」


 どんどん逃げ道を塞がれている気がします。


「えーと、あのぉ」

「無理なお願いをして申し訳ありません。失礼致します」

「あ! 待って。待って下さい」


 レオンハルト様が踵を返したのを見て、つい呼び止めてしまいましたが……。


「何か?」

「……その……」


 どうしよう。


「……今日は踊らない積もりでいたのですが、誘われるとも思ってなくて。だからそのぉ……」


 呼び止められその場で振り向いたレオンハルト様はしどろもどろな私を見て小首を傾げたあと、何を思ったのか私の前に跪いて右手を差し出しました。


「不肖の身ではございますが、お付き合い願いますエリミア様」


 ……なんでそうなるの?


「私で宜しければ喜んで」


 流石に受けないわけに行かなくなった申し出に戸惑いながらも差し出された手を取ると、レオンハルト様は頭一つ背の低い私と歩調を合わせながらホールの中央へとエスコートしてくれました。


 ……見た目に反して気が利く方のようですね。






「はぁ」


 魔法の明かりに照らされたきらびやかなダンスホールから庭に面したテラスに出た私は、人が無いことを確認し大きくため息を吐きました。肉体的疲労は殆どありませんが、僅か数分のダンスで私の精神力はアリエル様達の所に戻る気力すら無くなるまで削られていたのです。


 ――やっぱり、イケメンは疲れる――


 レオンハルト・ケイムスは攻略対象者の一人です。無口で武骨な騎士というキャラではありますが、乙女ゲームなのですから十人中七,八人は振り返るぐらいの一段上のイケメンという設定でした。いえ、現実のレオンハルトもゲームに負けず劣らずのイケメンですよ? ラファエル様みたいな正統派イケメンではなくハイムルト様みたいな知的なイケメンでもない、堀の深い男らしいイケメンです。どんなイケメンであれ疲れることに変わりはありませんけどね。


 波打つ橙色の髪と藍色の瞳。少しつり上がった狐目はキツイ感じで、全体としては美人顔。身長はやや高めで、華奢という程痩せてはいないが細身。自分で言うのも恥ずかしいですが、今世の私は美人です。勿論、レアンドラ様やハイムルト様の妹ヒルデ様のような飛び抜けた美人ではありませんが、舞踏会では顔も知らない男性からダンスを申し込まれることも珍しくはありません。そして同時に、


 嫌な視線を受けることも。


 レアンドラ様のような飛び抜けた美人が憧れの人とダンスしていても睨み付けるような視線を向ける人は稀ですが、エリミアのような中途半端な美人が相手だと、その妬み嫉みを隠そうしない人が多いのです。当然イケメン度合いが高い男性程視線も強く多くなるものですから……。

 レオンハルト様は平民で新入生ですからラファエル様と踊った時よりはだいぶマシでしたが、それでも強い視線を幾つか感じました。初対面なんだから恋心なんてあるわけないのになぁ。


 自意識過剰かもしれませんが、負の感情というのは向けられるだけで疲れます。そもそも目立つのが苦手な私は視線だけでも尻込みしますし勘弁して欲しいです。ホントに。


 それはそうと、ゲームのレオンハルトはフルボイスの筈なのにヒロインの台詞や地の文を読んでいるだけになる程無口で、ダンスをする為に手が触れただけで顔が赤くなるぐらい女性慣れしていないキャラクターでした。しかし、現実のレオンハルト様はダンスをしながらも世間話を振って来ましたし、自分からダンスに誘って来ました。女性慣れしているとまではいきませんが、苦手には見えません。

 総合してみると、彼はレアンドラ様以上にゲームの設定と掛け離れている気がします。それこそ……転生者?


 事実私が転生しているのですから他にいたとしても不思議ではありませんが、何人居るのでしょうか?


「ふぅ」


 ホールから漏れ聞こえるゆったりしたダンス曲の合間を縫うように聞こえて来た短く強く息を吐くような音。その音のした方へと視線を移すと、テラスの端の手すりに背中を預けて夜空を見上げる長身の男性の姿がありました。そして、その人の顔を確認した私は、


「エリミアか。疲れたんだろう? 休んでいったらどうだ?」


 踵を返しホールへと戻ろうとして呼び止められました。


「……先生の邪魔をしてはいけないと思いまして」


 彼はオズワルド・キッシュ。キッシュ伯爵家の次男で攻略対象の一人です。学園の教師である彼は一見紳士的な優男ですがその実……。


「邪魔なことはない。涼んで行けば良い」

「いえ、思った以上に風が冷たくて少し寒いぐらいなので戻らせて頂きます」


 再び踵を返してホールに戻ろうとした私ですが、


「まあそう言わずに付き合えよ」


 後ろから腕を掴まれ止められました。

 先生。21世紀の日本だったらセクハラ若しくはパワハラですよ?


「そんな義理は無い筈です」

「生徒を助けるのは教師の義務だ」


 ロジックが無茶苦茶ですね。


「助けて欲しいことなどありません。それにキッシュ伯爵家は保守派です。トーグ家の一員である私と親しくするのは外聞が良くないと思います」

「……次男の俺には関係ない」

「キッシュ家の嫡男の噂なら、余り社交に出ない私でも知っています」


 先生は私の指摘に苦々しく顔を歪めました。

 オズワルド先生の兄オーウェン・キッシュ様は、マダムキラーとして社交界にゴシップを提供することを生き甲斐とされている稀代の遊び人です。まあ本当に生き甲斐かどうかは別として、そのあまりの振る舞いに「爵位を継ぐに相応しくない」という評価が下りるのは当然のことでしょう。よって先生は今家督問題の渦中にいるのです。とは言え、オズワルド先生がゲーム通りだったら……。


「失礼します」


 掴まれたままだった手を振り払い、私は足早にホールへと向かいました。


 ……目を付けられていませんように。


 他の攻略対象者にも余り近付きたくはありませんが、彼には一切接触したくないのです。何故なら彼のルートにはヒロインを拉致監禁○◯するというとんでもないエンドがあるからです。ゲームでは簿化されていましたが、あれは間違いなく18禁展開でした。それ以外にも、ヒロイン以外の少女を拉致監禁○◯後殺害した罪に問われ、ヒロインと無理心中するエンドなんかもありました。


 彼に近付いてはいけないのです。


 運の悪いことに私は彼の魔法の授業を受けています。攻略対象らしくハイスペックなので先生としては優秀なんですが……。






 妙な緊張感の連続だった新入生歓迎舞踏会ですが、その翌日に入って来たのはこんな話でした。


「舞踏会の最中、舞踏会館の裏の庭で妙なことがあったそうですよぉ」


 リリア様。貴女は何故情報通なのですか?


「妙なこと?」

「なんでもぉ、桜の木の回りが荒らされていたとかぁ」


 舞踏会館の裏庭の桜の木?


「何でそんなことしたの?」

「木の回りが浅く掘られていただけで、誰が何故そんなことをしたのかは全然解ってないみたいですぅ」


 ゲーム「真実を暴き復習を~~」はランダム性の高いゲームで、基本的には学園マップか街マップのいずれかの場所を選択し、ランダムに発生するイベントをこなして行くゲームでした。その選択肢の一つ「舞踏会館裏の桜の木」を選ぶと、あるアイテムが手に入るイベントが発生することがありました。そのアイテムはヒロインをラファエル様ルートのハッピーエンドに導く重要アイテムであると同時に、


 レアンドラを破滅に導くモノでもありました。




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