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#04.保守と革新

 冬の休暇でも実家に帰らなかったレアンドラ様にその理由を訪ねると、「領地で暮らしている間に両親と疎遠になってしまったの」と寂しげに答えてくれました。全ての家族が健全な関係を築けるわけではありませんからね。そういうこともあるでしょう。

 ただ、肝心のゲームの知識については尋ねる勇気が持てず一年が経過してしまいました。まだ何も問題は起きていませんが情けない限りです。言い訳をするなら、レアンドラ様もなにかと忙しいらしく誘っても断られてしまうのです。なんて、一度しか誘ってませんけど……。


 何はともあれ学園生活そのものは順調です。

 レアンドラ様と三姉妹の四人で仲良く過ごし、学年末試験では満点で首位を獲得しました。まあレアンドラ様も同点首位でしたけど。

 因みに三位はラファエル様で、四位は攻略対象の一人の公爵嗣子、ハイムルト様です。彼らは設定通りのハイスペックのようですね。ゲームでは二人が一位と二位ですけど。


 こんな感じで何事も無く?一年を過ごした私達は今日後輩を迎えました。入学式が終わり、今行われているのは新入生歓迎舞踏会です。


「ラファエル様やオズワルド先生も美しいけれど、やっぱりレアンドラ様が一番だわ」

「そうですねぇ。制服も良いですけど、レアンドラ様にはやっぱりドレスが似合いますねぇ」

「目の保養です。ダンスも素敵ですね」


 学園の制服はゲームと同じ可愛らしいデザインの白を基調としたセーラー服です。でもレアンドラ様は大人っぽい雰囲気の方ですから大人しいデザインの服の方が似合います。丁度今日のような淡い藤色のマーメイドラインのドレスなんかはピッタリですね。因みに男子の制服は白シャツと白のスラックスの上に青いベストです。冬はその上に青いロングコートを羽織ります。細かな装飾も多く、学生服と呼ぶより騎士服と呼んだ方が適切だと思います。


「アリエル嬢、エリミア嬢、リリア嬢。今良いか?」


 レアンドラ様とラファエル様の優雅なダンスを眺めながら壁の華となっていた三姉妹。井戸端会議よろしくお喋りに興じていた私達に声を掛けたのは、サラサラの空色の髪を耳が隠れるまで延ばした美男子です。知的なイケメンのその方は、ハイムルト・グレイナー様。グレイナー公爵家の嫡子で、攻略対象の一人です。ゲームの設定だと、知的なのは外面だけで内実は俺様ドS、おまけに――――


「あらハイムルト様。お元気そうで何よりですわ」

「ここは身分に囚われない魔法学園。硬い挨拶は必要ないのでは?」

「そうね。それで、保守派の長の嫡子が革新派の令嬢に何の用かしら?」


 グレイナー公爵家の現当主は宰相にして保守派の長です。革新派の長であるレアンドラ様のお父様とは対極に居る方ですから、アリエル様はハイムルト様に対してツンツンしています。


「表向き対立は無いのだから我々子供まで邪険にすることもない。私はただ、妹が入学したので挨拶に来ただけだ。ヒルデ」


 ハイムルト様が一歩後ろ下がって、自らの影に隠れてにいたご令嬢に挨拶を促します。


「ヒルデと申します。兄がお世話になっております」


 カ、カワイイィ。


 ヒルデと名乗ったその少女は、ハイムルト様と同じサラサラした空色の髪を腰まで延ばした小柄で華奢な美少女です。ホント、カワイイです。

 ラファエル様にしてもハイムルト様にしても群を抜くイケメンですし、ヒルデはヒロイン並みの美少女設定でしたからこれはまたしてもゲーム通りです。ゲーム補正って凄いですね。そしてやっぱりレアンドラ様が“浮いている”ような気がします。レアンドラも並みの美人より一段上の美人という設定でしたが、現実では十段ぐらい上の絶世の美女ですからね。


「エリミア・トーグです。宜しくお願いいたします」

「……アリエル・クロフォードですわ」

「リリア・ライトマンです」

「宜しくお願いいたします」


 私が挨拶を返し二人がやや間を開けて名乗ると、ヒルデ様は控えめに頭を下げました。その仕草は守ってあげたくなるような儚げな雰囲気を醸し出していて、いつも知的な笑みを浮かべているハイムルト様が感情を押し隠せていません。彼の今の笑顔は――――


「彼女達はレアンドラ嬢の友人だ。良く覚えて置くんだよ」

「はいお兄様」


 妹を思う。いえ、甘やかす兄の笑顔です。そうです。表向き知的な紳士のハイムルト様は、俺様ドSにしてシスコンという無茶苦茶な裏の顔を持っているんです。なんて、シスコンは間違いなさそうですがドSなのがゲーム通りかはまだ判っていません。それを探る積もりもありませんけど。


「挨拶しなければならない方は沢山いるのでしょう? 用件がそれだけならもう行った方が宜しいのではなくて?」


 アリエル様……。追い払いたいのは解りますが、もうちょっと遠回しに言いませんか?


「……そうだな。では失礼」

「失礼致します」


 明らかに機嫌の悪くなったアリエル様を見てか、二人は軽く会釈をしてそそくさと立ち去りました。ハイムルト様はデフォルトの知的な笑みを浮かべていましたが、ヒルデ様は申し訳なさそうにしていましたね。


「友人だから覚えておけですって! グレイナーは革新派をグレンデスだけの派閥だと思っているのかしら? クロフォードはルマ地方の産業の殆どを統括している大きな家なのよ」


 お怒りですねアリエル様。


「クロフォード家がどうのこうのより、レアンドラ様に注意しろと言いたかったのではありませんか? いずれは王妃となられるわけですし、グレイナーにとっては私達“自身”の不評を買うのは後々良くないことになるという意味かもしれませんよ?」


 確かに、「レアンドラ様の友人だから覚えておけ」という言い方は多少失礼ですが、保守派の長の令嬢として革新派の長の一人娘は警戒するに越したことはありません。ましてやレアンドラ様はラファエル様の、王太子の婚約者です。その友人の不評を買うことも避けるべきだと思うのは自然なことです。


「エリミア貴女見ていなかったの? 宰相家の嫡子様は「覚えておけ」と言いながら笑っていたのよ。しかも、いつもの猫かぶりの笑顔じゃないわ。なんか甘ったるい顔だったのよ。あれはわたくし達を見下してる証拠よ」


 え? それってシスコンの……。


「ハイムルト様がクロフォード家を見下したのですか?」


 あ、マズイ。


「そうなのよ。「コイツらはレアンドラ様の友人だから覚えておけ」とか言ったのよ。妹に。まったくグレイナーも落ちたものね」

「それはまた失礼な物言いですわね」

「ええ、変な笑顔まで浮かべていたわ。これだから保守派は―――――」


 私達の話に割り込んで来たのは、革新派の貴族令嬢四人です。しかも、ゴシップ好きで話し出すと止まらないタイプのグループなので、これを止められるのはレアンドラ様だけです。学園には保守派貴族の令息嬢も少なくないですから余り大きな声で話していると……。


 今は小さな揉め事も火種に成り兼ねないですから注意して下さいね。






 ブラーツ王国の貴族には今、派閥争いが存在します。他に小さな派閥がないこともないですが、貴族の大半が、グレイナー公爵家率いる保守派と、グレンデス公爵家率いる革新派とに分かれています。経済的に、若しくは物理的に相手を攻撃することはしていませんが、水面下での勢力争いは熾烈を極めているそうで政策論争は日常化しつつあります。

 そんな対立が明確化した背景には、今世の私の父、前トーグ伯爵の死が大きく関わっています。


 十二年前、北の大陸をブラーツ王国と共に二分する国、レイダム王国との小競り合いでお父様は戦死しました。戦争なのですから多かれ少なかれ犠牲者が出るのは当然のことですが、伯爵家の現役の当主が、僅か三日で終わった戦い、両軍合わせても千人程度にしかならない小競り合いで亡くなるというのは相当な異常事態です。実際、かなりの衝撃でもってこの一報は王国内を駆け巡りました。

 なんて、私は当時五歳にもなっていませんでしたし父親を亡くしたわけですから貴族が騒いでいたことなんて後から知ったことですけど。

 それは良いとして、有力貴族の戦死の報を受け報復を主張する一派が出現する一方で、レイダム王国との対立そのものに疑問を呈す人が出て来るのも極自然な流れでした。これが、今に続く保守派と革新派の対立の根っこなのですが、今の緊張状態に至るにはまだ説明が必要です。


 お父様が亡くなったあと急遽伯爵家を継いだ長兄が頑なに報復を主張していたら、少なくない同情票を集めブラーツ王国とレイダム王国は全面戦争に突入していたでしょう。そんな一触即発の状況で兄を説得し貴族達を諌めたのがレアンドラ様のお祖父様、レイクッド・グレンデス様です。当時の宰相の活躍で大国同士の戦争は回避されたわけですが、その一番大きな理由は、「戦争なんかやだ」ではなく、「ブラーツとレイダムの対立で、結果利するのはヘムダーズ」という事実の為です。


 “一つだったら内乱が起き、二つだったら戦争が起き、四つ以上だったら大乱が起きる。大国が三つあるから大国として成立する”


 こんな教訓が出来るぐらいお互いがお互いに牽制し合っているのが三大国の現状です。戦争が回避されたのは、ヘムダーズ帝国に漁夫の利を持って行かれることを避けるためだったわけです。そんな理由ですから、頑なに開戦を主張する人が現れるのもまた必然でしょう。とは言うものの、冷静に考えればレイダム王国と戦争するメリットは少なく、実際に開戦を主張する人は少数に留まりました。

 和平派、のちの革新派は宰相を中心として結束の固い派閥で、開戦派、のちの保守派は主張は一貫しているものの旗頭がいない。そんな状況でしたから、本当に保守派と革新派の対立が明確化したのはその五年以上先、先王陛下が崩御なされたあとのことです。


 先王陛下が肺の病に倒れ急死し紆余曲折を経て王位を継承したのは、先王陛下の従弟である現国王ラルフェルト・グエン・ブラーツ様です。問題はそのラルフェルト様と、レアンドラ様のお父様ダン・グレンデス様でした。

 理由は全くもって謎なのですが、なんて、ゲームではエンド直前で明らかになっていましたが、ラルフェルト様はダン様の言いなりになっているのです。勿論表向きは繕っていますが、これは今や派閥問わず周知の事実です。目を覆いたくなるようなそんな事実によって、あるモノはダン様にすり寄り、あるモノは蛇蝎の如く嫌う。今の革新派と保守派の基礎が出来上がりました。

 ただ、この段階では圧倒的に革新派が有利なのです。何しろ、国王と宰相が味方に居る状態なのですから。まあ実際はそんな事は無かったのですが、ダン様が天下を取った気でいたのは間違いないと思います。


 そんな状況を突き崩したのもまた、レイクッド・グレンデス様でした。


 ブラーツ王国では国王が代替わりすると貴族も代替わりをします。明文化されていない只の慣例ではありますが、長く居座っている有力貴族は公の場で譲位を求められるぐらい根付いた習慣です。勿論宰相も例外ではなく、レイクッド様に対しても「早々に爵位を譲るべき」という声が上がりました。此処まではダン様の筋書き通りだったでしょう。しかし――――


 ラルフェルト様の王位継承から三年後。今から四年前に退官したレイクッド様は、元々保守派の中心人物だったハイムルト様のお父様、セイムルト・グレイナー様を次期宰相に指名して中央から去って行ったのです。宰相を任命するのは勿論国王陛下の仕事ですが、最大派閥の長が推した相手を簡単に否定することは出来ません。親子という関係上ダン様も表立って異議は唱えられず、セイムルト様が宰相と成る運びになったわけです。

 これによって保守派は実行力を取り戻し、今の拮抗した派閥対立に至りました。まあ実際はラルフェルト陛下がダン様の言いなりなのですから革新派が勢力として上ですが、表向き国王は中立ですからね。


 私個人としては、ダン様を支持したくなければ時期を見ながらの開戦を基本方針としている保守派も支持したくありません。ゲームのエンドに開戦は無かったと思いますが、勿論ゲーム通りとは限りませんし知らないエンドもあります。


 ホント、戦争だけは勘弁して欲しいです。





明日から午前0時更新になります。

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