#45.レアンドラ
「信じられないでしょうけど、私が本物のレアンドラ。それで、レアンドラは今のヘムダーズ皇帝の妹、アテナっていう末席のお姫様なの」
レアラ様がレアンドラでレアンドラ様が皇帝の妹? ダメだ。話に付いて行けてない。
「……詰まりこういうことでしょうか? 貴女、レアラ様がダン・グレンデス公の娘である本物のレアンドラ・グレンデス様で、国外追放となったあの方は、実はヘムダーズ帝国のお姫様だった」
リヴィ。あなたは冷静なのね。
「正解よ。彼女はステファノス陛下を愛していて、結ばれる為には別人に成る必要があった。私は“レアンドラを”彼女にあげたの」
「皇帝の力を使えばそんな回りくどいやり方は必要無かったのではありませんか? 外見のそっくりな方と入れ替わったりしなくても方法は幾らでもあるように思いますが……」
「一番問題なのはアテナの顔を見間違う人間なんていないってこと。彼女の顔を知っている人は他人のそら似だなんて思わないもの。別人だと言い張ってもアテナをアテナと思わない人なんていないと思わない?」
レアンドラ様やレアラ様みたいに美しい人なんて世界中探してもそうは見付かりません。他人のそら似だなんて思う人は滅多に居ませんし疑いを持つのが普通でしょう。
「でも今の彼女は公にレアンドラとして裁かれた身。ブラーツの貴族なら彼女を「レアンドラだ」と断言するし、疑いは持たれても別人として生きることが出来るの」
「凄い執念だな。でも実の兄妹が……」
ああ、そのことが抜け落ちていました。レアンドラ様は実のお兄様を好きになってしまったのですよね。この世界でも物語ならありがちなことですが、現実ではまず聞きません。ましてやその愛の為に罪人になるなんて……。
「公式には腹違いの兄妹だけれど、アテナの本当の父親は近衛騎士でステファノス様とは血が繋がっていないそうよ」
詰まり血の繋がらない兄妹。メロドラマですか?
「……御婦人が好みそうな小説のようですね。私は余り読みたくはありませんけど」
リヴィの感想は私と同じですね。
「ふ~ん。もっと言うと、アテナはこの事実をお母様から直接聞いただけでステファノス様はご存知ないそうよ」
「ということは皇帝は本気で……」
「そう。世の中理解出来ないこともあるのね。そういう私達が一番理解して貰えない経験をしているけどね」
「もう止めませんかこの話」
レオンハルトに全面同意します。
「そうね。他に訊きたいことはある?」
「お二人はいつどこでお会いになったのですか?」
「五年前、アテナがグレンデリアの屋敷に訪ねて来たの。その時彼女は髪を黒く染めていたけど、とっても驚いたわ。ラビエラなんかいつ髪を染めてたのかアテナに聞いていたわよね?」
「はい。お恥ずかしい限りで」
お屋敷に直接訪ねて……レアンドラ様は自分とレアラ様がそっくりだということをご存知だったということですか?
「レアンドラは学園入学前社交に出ないことで有名でしたけど、レアラ様は余り社交に出ていらっしゃいませんよね?」
「レアンドラに転生したと解ってからは余りどころか一度も出ていないわ。ラファエル様に会ったのも婚約した直後の一度だけよ。学園も行かない積もりだったし。それがどうしたの?」
「レアンドラ様、違う、アテナ様は何故レアラ様の容姿をご存知だったのでしょう? 公爵家のお屋敷に訪ねてらしたなんて偶然ではありませんよね?」
自分とそっくりな人物が必要だったアテナ様がそうと知らずにレアラ様の所を訪ねるなんて偶然はないでしょう。そこには確信があった筈です。
「あぁ、これは未だに私も良く解らない力なのだけど、アテナには未来が見えるの。先のことを見通せるのよ」
「もしかして、ドゥ・ラーダの先見の巫女姫ですか?」
「良く知っていたわね。ブラーツでは迷信の類いなのに」
先見の巫女姫が言ったから逆ハーエンドを望んでいると仰っていましたけど……レアンドラ様。ご自分のことではないですか。
「……先見の巫女姫……」
「先のことが分かるなんて……」
「信じられなくて当然だけど、彼女にはそういう力があったの。実は今日のことも彼女は予言していたわ。“レアンドラの”友人と婚約者が此処を訪ねて来ると。そして、お祖父様を中央に引っ張って行くとね」
パッと見ただけではアテナ様そっくりなレアラ様ですが、笑顔には若干差があります。アテナ様は朗らか、レアラ様は爽やか、それぐらいの差ですが、丸三年アテナ様の傍に居た私には比べなくても違いが判ります。
「その先見の力を信じて彼女の計画を受け入れたということでしょうか? グレンデスを潰すなんていう計画を?」
「そんなわけはなかろう? 彼女の力を信じられないのは皆同じだ。それだけで公爵家を潰す計画など受け入れるわけがない」
「では何故?」
男性中心になると話が硬いですね。ってまあ、女同士でも色恋の話をしていたわけではありませんが。
「彼女ならダンに勝てると思ったからだ。アテナの計画には初めからラファエル様の王位継承まで含まれていた。私にそれは出来ない。出来るのはあのクズを殺すことぐらいだった」
「ブラーツをこんな混乱に落としたのは彼女だということでしょう?」
「ラルフェルト様の暗殺とアテナ様は関係ないんじゃない?」
それが無ければここまで混乱してないでしょう?
「いや、彼女の計画にはそれも含まれていた」
「なら何故……」
「これは謂わば取り引きだからだ。ダンをあのまま放っておいたら内戦が起きた。これは説明するまでもなかろう?」
どちらが口火を切るかは分かりませんが、保守派と革新派はそのうち真っ向から対峙していたでしょう。内戦の火種と成りうるモノは沢山ありました。
「ならダンを殺すだけだったらどうなったか。恐らくラルフェルト様では政権は支えられない。ダンの後継者争いで国は荒れただろう。下手をすればこれも内戦だ。
対して今はどうだ? この混乱は内戦に発展すると思うか?」
確かに国は荒れていますが、それはマリア様を原因とする次世代の権力争いで、今の実権はラファエル様にあります。マリア様がどう片付こうとも内戦には発展しないでしょう。
「内戦が如何に愚かかは言うまでもないだろう。アテナの提案は我々にとっても大きな利益があったのだ」
「……ノバーノは平定されてしまいますよ。ブラーツはヘムダーズの遅れを取るばかりです」
「だからと言って、中海を越えて北の大陸に攻めるのは難しい。レイダムとブラーツ、両方が内戦を起こしでもしない限りな」
ヘムダーズがブラーツの内戦を嫌った理由もそこにあるでしょう。地理的に言って、ブラーツに侵攻するには同じ大陸のレイダムの方が遥かに簡単ですからね。
「でも……」
「まだレオンハルトは納得出来ない?」
「いや……納得っていうか……裏切られたっていうか……」
「レアンドラ様はそういう批判全て分かってやったと思うよ。だって必ずこう言ってたもん。わたくしの望む未来の為って」
全てを知ったらレオンハルトのように納得出来ない人の方が多いと思います。でも、アテナ様もレアラ様もレイクッド様も自分を曲げてなどいないでしょう。それぞれがそれぞれの望みに向かった結果今があるのだと思います。今が完璧だなんて言いませんが――――
「望む未来の為?」
「うん。アテナ様は、ううん、レアンドラ様は、どんな状況でも“自分”を貫いたの」
一度もブレることなく自分を貫くレアンドラ様から私が感じるのは失望ではなくやはり尊敬です。他人を演じるなんて簡単なことではないのに誰にも気付かれずに三年。これは色々条件が整っていたから出来たことですが、他人に成るなんて並大抵の決意ではありません。様々な苦労があった筈ですし、これからも沢山大変なことがある筈です。
名前が変わり、環境が変わり、肩書きが変わり、立場が変わり、それでもきっと彼女は貫くでしょう。
――自分が自分であることを――
「私達も、自分が誇れる未来を生きる為に今出来ることを精一杯やらなきゃ」
「……そうだな」
後悔だけはしたくありませんから。
「……私の隠居生活もこれで終わりのようだな」
「お手伝い出来ないのが心苦しいですが、お祖父様は行政府に骨を埋めて下さいませ。父という巨悪を生み出した者の責任として」
厳しいですね。レアラ様は。
「なら、代わりにお嬢様が手伝うしかありませんね」
「え? 私?」
「俺は卒業まであと一年あるし、暇だろ? 主席さん」
「お祖父様を助けてくれるのね。ありがとうエリミアさん」
あっという間に周りを固め固められましたね。
「私に出来ることがあればお手伝い致します」
約二ヶ月後。ブラーツ王国王都シャハ行政府。国王補佐官官長室(臨時)。
「王都の治安は盛り返して来たが地方はまだまだだ。旧グレンデス領に関しては悪化している」
「各領地間の関税を撤廃して貰うのが一番かと。経済を活性化させ仕事にありつけさえすれば治安は自然に回復するモノですから」
「今のラファエル様にそこまでの力はない。王都の関税を無くせただけでも今は充分だろう。市民税の減額も上手く機能している」
ですよね。私の思い付きが実行されるとは思いませんでしたけど。
「王都の賑わいを見れば貴族達も便乗する。貴女が言っていたことではありませんか。私もその通りだと思いますよエリミア嬢」
「サリムさん。どうなさったのですか?」
突然話に割り込まないで下さい。びっくりしましたよ。と言うか、いつ部屋に入ったんですか? ノックぐらいすべきです。
「ヘムダーズから驚くような一報が入りまして」
「ノバーノ侵攻が始まったか?」
ノバーノ侵攻は前々から噂されていましたから誰も驚かないのでは?
「いえ、ノバーノへの出征式典で皇帝がトンでもない宣言を出したんです」
「……何ですか?」
引っ張らないで下さい。
「ステファノス帝が正妃を迎えるそうです。それがなんと――――」
「レアンドラ様?」
「え? 何で分かったんですか?」
そりゃあ分かりますよ。レアンドラ様はその為に動いていたのですから。
「ヘムダーズの皇帝は先代も先々代も正妃を決めなかった。ステファノス帝はレアンドラを溺愛しているようだな」
嬉しそうですねレイクッド様。
「どこでどんな生活をしていようと、本人が幸せだと思えればそれで良いと思います」
レアンドラ様。私は貴女の無事を心よりお祈りしています。どうかお幸せに。
これで完結とお考えの方も居ると思いますが、まだ少し続きます。




