表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/50

#43.レイクッド

「甘ったれた小僧共だな。こんな年寄りを引き摺り出そうとは」


 ……意味がありませんでしたねマルコス兄様。一番上のお兄様のモノが流し読まれただけで、殆んど読まれないうちに端に寄せられてしまいましたよ、嘆願書。


「それだけ危機に瀕しているということかと」

「危機か。それを言うならリドガルド陛下が亡くなられた時の方が余程危機を迎えていた」

「先王陛下の崩御の際にはレイクッド・グレンデスという中央を収められる宰相がいました。今は彼に代わる人材が居ません。マリア様ご自身が選択しない限りこの混乱は暫く続きます」


 国王と宰相が真っ向から対立しているんですから収める人なんて居る筈がありません。マリア様は腰の軽……あの性格ですから直ぐに誰か選んでくれることはないでしょう。


「だからと言って私に収められるとも思えんな。何より騒動の性質が全く違う」

「レイクッド様に騒ぎそのものを収めて頂きたいとは思っていません。前宰相として若い国王陛下の補佐をお願いしたいだけです」

「ラルフェルト陛下の代わりをしろと?」

「はい。後見を行うだけの経験が貴方にはあります。実権のない補佐、相談役ならばグレンデスに対する反発もある程度回避出来るでしょう。騒ぎを隠れ蓑にして実務を進め、先の裁きで混乱したままの国を、民を鎮めて下さい。それが出来るのは貴方だけですレイクッド様」


 厳密にいつから始めたかは分かりませんが、少なくともレアンドラ様が旅立つ前からレオンハルトはレイクッド様を探していました。中央に戻って貰うことをずっと考えていたレオンハルトと、兄に命令されて初めて前宰相の復帰を考えた私とではその構想の深さに大きな差があります。ここは暫く彼に任せましょう。


「騒ぎは良いから民を助けてくれか……」


 呟いた? 少しは揺れてくれたということでしょうか? 相手は海千山千の大貴族。表情は読むだけ無駄ですが、レアンドラ様と同じ漆黒の瞳は少しだけ光を宿したように見えました。


「シャハに戻って頂けませんか?」


 レオンハルトの問いかけに対して考え込むように黙ってしまったレイクッド様ですが、暫しの沈黙を破って静かに口を開きます。


「話すまでもないだろう。ダンは腐った男だった。どうしようもない程に。そんなダンを育てたのは私だ。何をどう間違えたのかは分からないが、救いようもないクズを生み出したのは私なのだ。

 ダンはリドガルド様の暗殺とラルフェルト様への脅迫という大罪を犯した。全て終わったあとで奴の企みに気付いたあの時のことを思い出すだけでも忌々しい。いっそこの手で殺してやろうと何度も考えた。だが、巨悪と知りつつダンにすり寄る貴族を見てその気も失せた。

 私は逃げたのだ。親として、宰相として、息子を、大罪人を止めることを放棄した。そんな私を引き摺り出したとて何も出来ない。そうは思わないか?」


 自己卑下とまでは言えませんが、レイクッド様は随分と強い後悔をしているようですね。


「反発は少なからずあると思いますが、レイクッド様に代わる人材など居ません。異を唱えながらも、「下ろせば立ち行かない」と思わせることも貴方には出来る筈です」


 今のレイクッド様に必要なのはそういう言葉じゃないと思うよレオンハルト。


「それは買い被りだ。私は自分から辞めたが、専横が始まった時ダンを取り巻いた連中はまだ少なからず中央に残っている。グレンデス家が無くなり、後ろ楯となる貴族が居ないとあれば、平民など簡単に職を失うだろう。貴族とは己の都合しか考えぬモノだ」

「後ろ楯と呼べるかどうかは分かりませんが、前宰相の名声は民に浸透しています。高々六年でそれを忘れたりしていないでしょう。それに――――」


 街を歩いていると「前の宰相様の方が良かった」なんて声を聞くことは珍しくありません。まあラルフェルト様の治世にそれだけ問題があったということですが、レイクッド様の評判が良いのは間違いありません。何しろ、街で聞くのは「先王の方が良かった」という声ではないのですから。


「レイクッド様は後悔したまま生を閉じるお積もりですか? そんなお祖父様を見たレアンドラ様ならこう言うと思います。


 ――終わっていないことを後悔するなど馬鹿げていますわ――」


 敢えて厳しい言葉を選ぶと、レイクッド様はハッとしたように目を見開き私を見詰めました。

 ちょっと揺さぶってみただけだったのですが、思った以上に効果が有ったようです。良いか悪いかは話が別ですけど。


「ふっ。ふふっふふふ。まさかレアラと同じ歳のお嬢さんに挑発されるとはな」



 挑発の結果が何故笑顔なのですか? 何か嬉しいことでもありましたか?


「エリミア嬢。そなたもレアンドラに感化された口かな?」

「レアンドラ様に感化? ……レアンドラ様は目標にしたいと思う素敵な淑女でしたが、とても私なんぞが敵う方ではありませんから」

「ふふっ。だいぶ感化されたようだな」


 ……お孫さんに感化された人が一人増えただけでそんなに嬉しいモノですか?


「レアンドラ様に影響を受けた方なら学園に沢山いらっしゃいますよ。私だけではありません」

「感化されたのはレアラだ。レアラと同じことを言われるとは思っていなかった」


 ……矛盾してませんか? レアラ様と私の立場はそんなに差はない筈なのに、レアラ様に挑発されるのは普通で、私に挑発されるとは思わなかった……? レイクッド様はレアラ様を娘のように感じているのでしょうか?


「……レアンドラ様は此処でお暮らしになっていたのですよね。レアラ様とレアンドラ様はどんなご関係なのでしょうか?」

「無二の親友と言ったところだな。レアンドラは美しく賢く、それでいて意志の強い娘だった。六十年生きたが、彼女程自分の願いに対して忠実に邁進する者を見たことがない」


 息子さんのことは仇のように語っていましたが、お孫さんのことは可愛いくて仕方がないようですね。その証拠に、


「存分に着飾って社交に出る姿を一度も眺められなかったのは残念だが、グレンデリアの屋敷のバラ園をレアラと一緒に歩く姿は壮観だった。あれは一枚の絵のように優美でな、当人に止められたが絵師を呼ぼうとした程だ」


 レイクッド様の孫自慢は止まりません。

 ラファエル様とレアンドラ様が並び歩く姿は確かに絵画のような美しい光景でしたが、レアラ様というのはレアンドラ様並みに美しい方なのでしょうか?


「それから魔法使いとしても非凡であったな。レアラとゼノフと一緒に四人で狩りに――――」

「レイクッド様。レアンドラ様のお話はそれぐらいにしてお昼に致しますよ」


 孫自慢が止まらないレイクッド様を止めたのは大きな鍋を抱えてダイニングに入って来た壮年の女性です。この集落に似つかわしいほっかむりのエプロン姿の彼女は寮母さんのような元気な声で話します。


「レアンドラ様のお話になると止まらないんですよぉレイクッド様は。ついこの間もずっとレアラ様とお二人でレアンドラ様のお話をされていて食事をお忘れに――――」






「それはそうとレイクッド様。レアンドラ様がレイダムに着いていないことはご存知ですか?」


 昼食の兎鍋をゆっくりと堪能し食後のお茶の時間になると、雑談を打ち切ったレオンハルトが話題を元に戻しました。


「……そうなのか? いったい何処へ?」


 微妙な反応ですね。もしかして知っていたのでしょうか?


「レアンドラ様とフィアナ・ルオールはヘムダーズに拐われました」


 というのがレイダム側の報告です。実際は少し異なるようですが、レアンドラ様がレイダムに行っていないのは間違いありません。そしてこれは今回の為に長兄が教えてくれた極秘情報で、ブラーツではオズワルド先生の脱獄と共に極一部の人間しか知らない筈のことです。なので、


「生きているのか?」


 こうして冷静に対応されると違和感を覚えます。いえ、食事前のレイクッド様のレアンドラ様愛を考えると違和感どころでありませんね。不自然です。


「ハッキリしたことはなんとも。ただ、レアンドラ様達を拐ったのはヘムダーズの皇帝が率いた第一艦隊だそうです」

「第一艦隊……」


 言葉に詰まったようです。どうやらこれはご存じなかったようですね。


「皇帝は第一艦隊をベタ島まで往復させました。往復二ヶ月掛けブラーツで国外追放となった罪人二人を拐う為。――――なんてことはない筈です」


 他の目的は国内の不穏分子の洗い出しなど色々考えられますが、そのうちの一つは、


「「皇帝が都を離れてもヘムダーズは揺るがない」という示威行動」


 帝国がノバーノを侵略している間にブラーツやレイダムがヘムダーズへの侵攻を考えても無駄。という意味のデモンストレーションです。

 中海と呼ばれる広い海を渡らなければならない都合上ブラーツとレイダムの二国が連携しなければヘムダーズ侵攻なんて出来ません。しかし、二国共国内のゴタゴタで荒れた状況にあります。この状況で、「自分は安泰」と示すことは非常に効果的と言えるでしょう。

 自分だけが盤石であることを示した皇帝によってノバーノ侵略は近いうちに実行に移される筈です。


「はい。ノバーノは数年でヘムダーズに平定され、南の大陸が統一されるのも時間の問題です。ヘムダーズに対抗するにはブラーツとレイダムが協力するのが一番ですが、国力が落ちた状況で協力しても意味がありません。

 国王と宰相の二人を止めることは出来なくとも、政を疎かにして良い状況ではありません。ご協力をお願い致しますレイクッド様」

「……はあぁ……」


 隠しもせず大きな溜息を吐いたレイクッド様は、中空を眺めたあと昼食を作ってくれたジュリナ様に向かって以外な一言を放ちました。


「レアラとゼノフを呼んで来い」


 え? なんですかこの展開?


「ゼノフ様とは……?」

「レアラの夫だ」


 夫……そう言えば子供の声もしていましたね。レアラ様にはお子さんが居るのでしょうか?


 少ししてダイニングルーム現れた一組の男女。騎士のような雰囲気の中背の男性は鍛えているのが一目で分かるガタイの良いフツメンです。レオンハルトと話が合いそうですね。まあ先にダイニングに来たその方に問題ありません。問題なのは――――


 縦ロールにしていた長い髪を背中ぐらいで切り一つに結わいているという違いはあるのですが、その真紅の髪も、その見事なボディーラインも、神々しさすら感じるその綺麗な顔も、一ヶ月半前国外追放となったあの方そのものです。


「レアンドラ様!?」


 何故レアンドラ様が此処に?






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ