#41.長兄の命令
レアンドラ様が旅立ってから十日後に行われた卒業式はゲームの世界に転生したことを実感するような荒唐無稽な展開でした。
卒業の挨拶する筈のラファエル様がマリア様にプロポーズし始めたかと思ったら、ハイムルト様が割って入り、何故かアロイス様まで参戦し、全校生徒が見守るホールの壇上で三つ巴の争奪戦が始まったのです。ラファエル様はまだ太子でしたが教師達には当然止める手段がなく、唯一彼らを諌められる可能性があったレアンドラ様は不在。三人の言い争いがヒートアップし始めると、三人それぞれのファンクラブの会員もそれぞれを“応援”し始め、更にはファン以外の人もそれに参戦したのです。中にはマリア様を“口撃”する人も、いえ、中にはではなく半分以上そういう声だったような……。
壇上も座席も混沌とした状況のまま校長先生が強引に卒業式の終わりを宣言、関わりたくない私は直ぐにホールを出ました。その後どうなったのか詳しくはしりませんが、三人が冷静になるまで論争は続いたようですね。
それから約一ヵ月。残したくないけどハッキリ記憶に残るゲームのエンディングもとい卒業式終えて直ぐ、私はトーグ家の屋敷に戻りました。とは言ってもずっと家に居るわけではありません。レアンドラ様が最も信頼を寄せていた侍女ラビエラ様を探して、毎日何処かしらの貴族家を訪ねるなど精力的に動いています。最初は当然グレンデス家と繋がりがあった家を訪ね、最近ではファンクラブの争いを仲介した時に仲良くなった子の実家を訪ね歩いている状況です。残念ながら全く成果は上がっていませんけど。
余りにも進展がなくそろそろ止めようかと考え始めた私を呼び出したのは、同じ屋敷に住んでいるのに全く同居している感覚のないこの方です。
「ご用件は何でしょうかマルコス兄様」
当主の部屋に入り大きな執務机の前に立った私は、対面で豪奢な椅子に腰掛ける長兄に問いかけます。
「グレンデスの元使用人を探しているそうだな」
不遜な顔に愛想が無い態度。相変わらず大人気無いですねこの人は。私も素っ気ない口調になってますけど。
「はい。ラビエラという名の侍女を探しています。今のところ手懸かりすらありませんが」
まさか止めろなんて言いませんよね?
学園を卒業した貴族令嬢は結婚するまでの間大抵何処かしらの上位貴族家に花嫁修業に出ます。侍女や女中として働きながら貴族の奥方として必要なスキルを身に付けるわけですが、私が嫁ぐケイムス家は貴族家ではなく騎士の家系です。必要なスキルが異なるので花嫁修業も余り意味を成しません。だからやりようが無く好き勝手過ごしているわけですが、兄がラビエラ様探しに反対する理由には全く見当が付きません。
「いったいどう探しているんだ?」
「どうと訊かれましても……グレンデスと繋がりがありそうな所を回って……」
罪に問われなかったグレンデスの使用人や騎士の中には他の貴族家に雇われた人も少なくありません。そういった方を訪ね歩いて少しでもラビエラ様に繋がる情報を集めている状況ですが……。
「トーグはグレンデスと繋がりが無いのか?」
「え?」
「お前が俺を嫌うのは解るが、だったらホレスを頼れば良い。いつも肝心な所が抜けているんだお前は」
どちらかと言えばマルコス兄様が私を嫌っていると言った方が正しいですよ。私に嫌う理由はありませんから。
「トーグにラビエラ様が?」
「本人が居るわけがないだろう。だがトーグに来たのは学園でレアンドラ嬢の侍女をしていた者。お前の探し人の同僚だった女だ。話を聞いてみろ」
……灯台もと暗しですね。
「ご指導有り難く賜ります。でも……何故マルコス兄様が直接? 伝言だけで充分に思いますが?」
「……今の中央のゴタゴタぐらいお前も知っているだろう?」
「マリア様を巡る争いのことでしょうか?」
「他にあるか?」
……素直にそうだと言えば良いのに。
「それがこの話とどう関係しているかが分かりません」
先王陛下が崩御されて直ぐ、葬儀が始まる前の閣議で宰相セイムルト・グレイナー様がこんなことを言いました。「ラファエル様。貴方はグエン・ブラーツの血を継いでいないのではありませんか?」これが真であったとしても、もう王位を継いでしまったラファエル様をその椅子から下ろすことは出来ません。しかし、次に王と成るのは“ラファエル様の子供”ではなく“マリア様の子供”に成る可能性が高いのです。故に、中央では今ラファエル様とハイムルト様に何故かアロイス様まで参加して「マリア争奪戦」が行われているのです。
しかも、王太后様が何を言ってもラファエル様の疑惑を晴らすことは出来ません。父子の血縁を証明には“父親”の証言が必要なのです。ゲームでは中盤に解決していた問題がエンディング後に噴出した理由は定かではありませんが、今この問題は「解決出来ない」状況にあるのです。
「ラビエラという侍女は恐らくレアンドラ嬢にずっと付いて回っていた。彼女が行方知れずになった四年前も」
「レアンドラ様が行方知れず?」
「知らないのか? レアンドラ嬢は学園入学前の約一年、行方知れずになったいた。当然女ばかりということは無いだろう。信頼出来る男が共に居た筈だ」
「……ということは、今ラビエラ様の居る場所に……」
レオンハルトの予測が当たりということでしょうか?
「可能性はかなり高い。だからお前がラビエラに会いに行く時はこれを持って行け」
そう言って兄が差し出したのは封筒に入れられた手紙の束です。厚みから言って数十通はあるでしょう。
「それは?」
「嘆願書だ。国王と宰相と内務大臣がいがみ合っている今の状況で、まともに国を管理出来るのは“あの方”以外居ない」
引退された方に再登板願うしかないなんて……嘆かわしいですね。
「本来ならレアンドラ様と一緒に裁かれるべき人を中央に戻すなんて難しいのではありませんか?」
「確かに反発もあるだろうが、それはやり方次第だ。ラファエル様の同意さえ得られれば復帰は叶う。それより、今問題なのは本人が断るということだ」
「断る? ……ダン様に追い出された方なのにダン様が居なくなっても戻って下さらないのですか?」
「追い出されたというのは正確な表現ではない。あの方が辞めたのは嫌気が差したからだ。すり寄る貴族の余りの多さに」
詰まり、“呆れた”から辞めた。……初めはもう一人の転生者に会う為に始めた人探しでしたが、思った以上に重い話になってしまいましたね。
「それを説得しろと?」
「そうだ。どんな手段でも良いから引っ張って来い。グレンデスが潰れ他の貴族も無数に裁かれた今、中央は兎に角人材が足りない」
初めてですね。マルコス兄様が私に役目を与えるなんて。
「承知致しました」
五日後。私は今、リヴィ、レオンハルトと一緒に元はグレンデスの領地だったデアン領の領都グレンデリアに来ています。レアンドラ様が療養していたという屋敷に近いこの街に来たのは、トーグに雇われていたイリアという侍女が「ラビエラは暫く領地で暮らすと言っておりました」と言ったからです。グレンデリアは大きな街で、探し始めて3日経とうとしているのに全く成果は出ていません。
因みにまだ在学中のレオンハルトですが、ラルフェルト様崩御にあたって喪に服す為学園は一ヵ月お休みです。その代わり夏期休暇が無くなり冬季休暇は短くなるから同じですけど。
「……やっぱり行くだけ無駄だと思いますけど」
小山の頂上に建てられた立派な屋敷を目指して走る馬車の上でリヴィが呟きます。
「街を探しても成果がないんだもの。行ってみて屋敷を使っている様子が無かったら引き返せば良いだけでしょう?」
「ラビエラ様お一人の筈なのになんでこんな大きなお屋敷を使う必要があるんですか? そもそも、あのお屋敷はもう王家の物なんですから使えないですよね?」
「今の王家には管理する余裕ないでしょう? 住もうと思えば住めるわ」
王家がグレンデスから没収した財産は沢山ありますが、普通は何処かしらの貴族家に委託して管理して貰う形になるそれらを今は放置している状態なのです。ラファエル様。しっかりして下さい。
「だから大き過ぎますって」
「もう来ちゃったんだからつべこべ言わない――――」
「居たぞ」
向かいの席で小さな窓から前方を眺めていたレオンハルトが訃げたのは、
「ラビエラじゃねえかなあれ」
探し人の発見でした。慌てて身を乗り出しレオンハルトと同じ窓を覗き込んだ私が見たのは、私達を出迎えるように門前に立つラビエラ様の姿です。
間違いない。ラビエラ様だ。
「本当に居た……」
いつの間にか横に並んでいたリヴィが呟きました。信じられないといった面持ちの彼女に少し溜飲を下げた私ですが、そんなことより気になることがあります。
「なんて言うか……待ち構えていたって感じじゃない?」
「……考え過ぎではありませんか?」
結果、それは全く考え過ぎなどではありませんでした。何故なら門前で私達を出迎えてくれたラビエラ様が馬車を下りて挨拶する前の私達にこう言ったからです。
「お待ち申し上げておりましたエリミア様。レアラ様の居場所へご案内致します」




