#38.最後の手紙
親愛なるエリミアへ
貴女がこの手紙を読んでいるということは、わたくしはもう学園には戻れないのね。恐らく国外追放の身になっていると思うけれど、わたくしは大丈夫よ。どこで生きていてもわたくしはわたくしなの。
でも貴女は言うでしょうね。連座など理不尽だ。何の罪も犯していないわたくしが裁かれるのはおかしいと。確かにその通りよ。規則や慣例が間違っているのかもしれない。貴女のその気持ちはとても嬉しいわ。
けれども法は法よ。それを曲げてわたくしを裁かなければ、王家は民の信頼を失い、国は崩壊してしまうわ。だから間違ってもラファエル様やラルフェルト様を恨んだりはしないでね。なにより、わたくしは全て承知の上で証言台に立つのだから。
貴女の主張も心配も尤もだけれど、貴女も知っている通りこれはわたくしが望んだこと。気に病む必要はないわ。
それはそうと、エリミアには謝らなければならないことがあるの。何故ならわたくしは嘘を吐いたから。
例の知識を持っていたのはお祖母様の侍女のレアラと話したけれど、レアラはお祖母様の侍女なんかではないわ。貴女と同じ歳の女の子よ。ある事情があって人前に姿を見せることは出来ないのだけれど、エリミアになら会ってくれると思うわ。とは言っても、この手紙を誰かに見られでもしたら大変だから、どこで何をしているかを書くわけにはいかないわ。会いたいと思ったら自力で探して。貴女なら協力してくれる人も沢山居るから大丈夫よね?
12の頃熱病を患ったというのも嘘よ。わたくしがグレンデスの領地で暮らし始めたのは学園に入る二年程前のこと。一年ぐらいはそこで暮らしていたけれど、そこからまた別の場所に移り住んだわ。どこに何故移住したか知りたければそれはレアラに聞いて頂戴。
それから、わたくしはラファエル様と婚約なんてしていないわ。皆そう思い込んでいたけれどそれは間違い。思い込みというのは大変な間違いを引き起こし兼ねないから気を付けた方が良いわね。落とし穴は身近な所にあるモノよ。油断しないでね。
わたくしの吐いた一番大きな嘘は残念ながらこの手紙には書けないし、それ以外も沢山あり過ぎてキリがないわ。だからこれぐらいで終わりにするわね。最後の手紙が嘘の告白ばかりなのは嫌なの。貴女もそうでしょう?
わたくしはわたくしの為に沢山嘘を吐いた。後悔はしていないわ。それについて謝る気もないの。でも貴女には全てを話しても良かった。貴女が差し出してくれた手を取るべきだった。だからご免なさいエリミア。信じるべき人を信じきることが出来ないなんて淑女として失格ね。いいえ、赦してとは言わないわ。恨むなとも。けどこれだけは信じて。貴女達に最後に掛けた言葉、あれは紛れもない真実。
ただ勘違いして欲しくないのは、わたくしは一人で闘っていたわけではないわ。レアラは親友だし仲間も共犯者も沢山いるの。貴女とは立場が違っただけで、彼らはわたくしの望む未来の為に全力を尽くしてくれたわ。中にはこれから一緒に過ごすことになる人もいるから新しい生活に不安も心配もないわ。貴女も余計な心配はしないで。
最後の手紙なのに辛気くさいことばかりね。話を変えましょう。
貴女とレオンハルトは本当にお似合いだと思うわ。エリミアは良く否定していたけれど貴女は美人よ。もっと自信を――――
=======中略=======
――――短く済ます積もりだったのに随分と長くなってしまったわね。
これで少しは伝わったかしら? わたくしが貴女達との時間を本当に楽しく過ごしていたこと。わたくしが本当に貴女達の幸せを願っていること。そして、この結末はわたくしが本当に望んでいたということ。納得は出来ないわよね。でも理解はして。貴女はブラーツに必要な人だから。こんなことで止まっていてはいけない人だから。
最後にもう一度言って置くわ。
ありがとうエリミア。
―――――――――――
刑が執行されたら私に渡してくれとレアンドラ様がラビエラ様に託していた手紙。それがこれまで通りリヴィを通じて私に届いたのは、レアンドラ様を見送った日の夜のことです。受け取って直ぐ一通り読んで泣き、もう一度読みぐちゃぐちゃになって翌日は授業を休みました。あの日はレオンハルトに慰めて貰って……もう一歩前進した日でもありましたから、異常な程浮き沈みの激しい日でしたね。
それは兎も角、最後の手紙なのに突っ込み所が満載で謎が激増するというなんともレアンドラ様らしい手紙です。学園での思い出を語っている部分ではボロボロに成って泣きましたが、最後の署名を忘れるという茶目っ気は必要ないと思いますし、レアンドラ様がラファエル様と婚約してないなんてそんなことある筈がないのに……。
レアンドラ様が旅立ってから一週間。レオンハルトを寮のサロンに招いた私は、リヴィを下がらせ二人きりなってから彼に手紙を読んで貰いました。
「……こんな大事なもんのことをなんで一週間も黙ってたの?」
「え? もう読み終わったの?」
レオンハルトが読み始めてからまだ二,三分しか経ってません。そんなに早く読める長さではない筈なのですが……。
「途中俺は関係なさそうだから読み飛ばした。ってか、友達との思い出話とか他人に聞かれるの恥ずかしくない?」
「そこが泣けるのに」
「泣かせたかったの?」
「ううん。どう思うか訊きたかっただけ」
冒頭部分は謎が謎を呼ぶ文章ですからね。
「だったらもっと早く知らせてくれよ」
「そんなに急ぐようなことあるの?」
レアンドラ様の吐いた嘘の部分は確かに無茶苦茶ですが、焦って何かしなければならないわけではないと思います。
「先ずさ、グレンデス公爵家で四年前に起きたことって知ってる?」
「グレンデス家に四年前? ……知らない」
「レイクッド・グレンデス様が公爵家の籍から外れたんだ。だから前宰相は連座を免れている」
あ! そうでした。レアンドラ様にばかりに気を取られていてレイクッド様の存在を忘れていました。レアンドラ様のお母様、ルノア様は連座と横領の幇助により服務修道院で残りの人生を送ることに成りましたが、前当主のレイクッド様は裁かれていないのです。
「そのレイクッド様がどうしたの?」
「俺はここ三ヶ月レイクッド様を探してたんだ。そしたら彼は籍を外してから四年ずっと行方不明だった」
前公爵が行方不明? 隠居先を告げずにフラフラしているんですか?
「……何でレオンハルトがレイクッド様を?」
「今はそれどうでも良いから取り敢えず忘れて。
手紙に寄ると、レアンドラ様は四年前にグレンデスの領地から何処かへ引っ越してる。これは公爵の籍を外れて領地を去るレイクッド様に付いて行ったってことじゃないかな?」
「その推測は理解出来るけど……」
根拠は皆四年前ってだけでしょう?
「大事なのは手紙にヒントがあるってこと」
「ヒント?」
「二つ目の嘘の所に引っ越した理由をレアラに聞けって書いてある。当然レアラが知ってるってことだ。もっと言えば、「知りたかったら」じゃなくて「知って欲しい」と言いたいようにも取れる。それからこれは推測だけど、レアラとレイクッド様は同じ所に居るんじゃないかな?」
前者は兎も角、何でレアラさんとレイクッド様が一緒に居るとかそんな推測になるの?
「突飛過ぎない?」
「この国で18の女の子が一人で暮らせるとは思えない。人目を避ける必要もあるみたいだし男手も含めて数人で共同生活しないと厳しいだろ?」
「あんまり根拠になってないと思うけど……」
「まあね。大事なのはそこじゃないし」
……何の話をしていたんだか分からなくなって来ました……
「一番のヒントは、エリミアには協力してくれる人が居るって記述だ」
「私に協力って人探しを? 居なくもないけど顔が広い方じゃないんだけど……」
争いを仲介して以来ファンクラブの女の子の一部とは仲良くしていますが、その程度です。顔が広いと呼ぶには程遠いでしょう。
「違うって。エリミアには心当たりがある筈だよ。レアンドラ様やグレンデス家に関係している人の中でレアラに繋がる人。思い当たらない?」
「私が知ってるってこと?」
「そう。要約すると、協力者にレアラの居場所を聞けってことだと思うよ。この嘘の話」
回りくどいからこんな変な文章ばかりってこと?
でも……直接表現出来ないから遠回しなのは仕方がないとして、婚約者云々は滅茶苦茶です。それとも、私が何か思い込みをしていると警告してくれたのでしょうか?
「レアンドラ様やグレンデスの関係者でレアラさんと……?」
ダメです。全く思い当たりません。
「あとはそうだなぁ。レアンドラ様が信頼を寄せていた人とか」
信頼……あ!
「もしかして、ラビエラ様?」
「ラビエラ?」
「うん。私がレアンドラ様と手紙をやり取りする時仲介してくれた侍女。多分レアンドラ様に一番信頼されてたと思う」
ただ、レアラさんとの繋がりは全く見えません。
「この手紙はその人を経由してエリミアのとこに来たんでしょう?」
「うん。まあそうだけど……」
「身近な所にある。三つ目の嘘のヒントも揃った。謎は全て解けた」
レオンハルト。貴方は高校生探偵ですか? 身体つきこそ筋肉ムキムキだけど、ジャ◯ーズにいても全然おかしくないイケメンだし……。
「でもさ、ラビエラ様って今……」
グレンデス元公爵の刑の執行前から公爵家の解体が進んでいました。グレンデス家の使用人も沢山逮捕処罰されていて、ラビエラ様が今何処で何をしているのかは全く分からないのです。多分裁かれてはいないと思いますが……。
「そう。だからこんな大事なもんのことを何で一週間も黙ってたのか訊いたんだよ。理解出来なかったのならもっと早く読ませて欲しかったな」
「……ごめん」




