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#37.泣けよ

「これで良かったのかなぁ」

「レアンドラ様のことですか?」


 寝室のソファーに深く身を預け天を仰ぎながら呟くと、予想外に侍女の声が返って来ました。居るなら居ると言って欲しいです。


「……リヴィ? いつから居たの?」

「今入って来たところです」


 天を仰いだまま質問したあと声のした扉の方へと視線を送った私は、


「ビックリさせないでっ――――」


 慌てて姿勢を正すことと成りました。


 何で? 何で此処に居るの?


 リヴィに醜態を晒したのは一度や二度ではないので恥ずかしいことはありません。それどころか、いつ如何なる時も貴族令嬢としての所作を忘れるなと嗜められたことが何度もあります。でも、幾ら親しい仲でも異性に気を抜いた姿を見られるのは恥ずかしいです。しかも、


「……見た?」

「見てはいない。見えただけ」


 先程私は普通に椅子に腰掛ける姿勢からソファーの上に両足を乗せる形で座っていました。所謂○字開脚に近い姿勢で。しかも、このソファーに腰掛けると扉は真っ正面に見えます。詰まり、


 下着見られたぁぁぁぁぁぁ!!


 よりによって短いスカートの部屋着だったので彼の目にはバッチリ写り込んだ筈です。私の――――が。

 うぅぅ。考えれば考える程恥ずかしくなって来た。もうお嫁に行けない。ううん。遅かれ早かれ彼とは結婚する積もりなんだから問題ないよね? いずれ見せなきゃならないんだから早くても問題ないじゃん。うん。そうだ。こんなことで恥ずかしがってたら子供作る時なんか――――ってそうじゃない。今見られたってことが問題なんだ。しかもあんな恥ずかしい体勢で。うぅ。こっち見てるぅ。恥ずかしいぃ。


「だから寮でも気を抜くなっていつも言っているんです」


 それは確かに何度も言われたけどぉ。


「此処寝室だよ」

「寝室でもです」

「寝室に男の人を連れて来るなんてマナー違反だもん。リヴィが悪い」


 結婚許可状は来ましたから正式な婚約者ではありますが、決して夫婦ではありません。倫理的には問題ありませんが慣習的には……まあそんな慣例を本気で守っているのは一部で、貴族令嬢が結婚前に子供を産んだという話も聞かないことはありませんが……。


「幾らなんでもはしたな過ぎます。なんですかその座り方は」

「婚約者を寝室に入れる方がはしたない」

「そんなに嫌か? 俺が此処に入るの」


 レオンハルト……寂しそうにそんなこと言うのって狡い。


「嫌じゃ、ない。けど……」


 まだ午後のお茶の時間にもなってないけど寝室ってどうしても変なこと考えちゃうしやっぱり緊張する。出来れば違う部屋の方が――――。


「じゃあ良いよな」

「え?」


 扉の外に居た私の婚約者はズカズカと部屋に入り込み、バスッと音を立ててソファーに腰を下ろしました。しかも私の隣に。

 いつもの彼らしくない大胆な行動に驚いて呆然としていると予想外な行動は続きます。なんと、私の肩を抱いて自分の方へ引き寄せたのです。その不意打ちを無防備に受けた私の頭は彼の分厚い胸に乗っかり、綿のシャツにぴったりとくっついた耳からは彼の鼓動が聞こえて来ました。


「レオンハルト?」

「嫌なら止める」

「リヴィが居るのに……」

「嫌なら止める」


 不覚にも抱き締められて落ち着きを覚えていた私の口から、止めて、と言う言葉は出て来ませんでした。


「ではレオンハルト様、ごゆっくりお過ごし下さい。あ、晩餐は如何なさいますか?」

「お願いする」

「承知致しました。失礼致します」


 ゆっくりってリヴィ。そんなにしっかりと扉を閉めて行くこともないんじゃあ……。それにレオンハルトは晩餐まで此処に居る積もりなの? まだ午後の三時前だよ?


「レアンドラ嬢は生きてる。それも国外追放でレイダムに行っただけだ。あんだけの美人なら外国人だって嫁の貰い手は腐る程ある。直ぐには無理でもいつか必ず幸せになれる」

「……うん」


 今日の午前中、ブラーツ王国の王都シャハは大騒ぎをしていました。約一ヶ月前に行われた大法廷。そこで明らかになった罪人が裁かれたからです。勿論話題の中心はグレンデス元公爵ですが、レアンドラ様他国外追放となった人が旅立つ日でもあったのです。

 当然三姉妹は連れだって見送りに出掛けましたが、話し掛けることはおろか顔を見ることすら叶いませんでした。公開処刑が行われた中央広場程ではありませんが、港にも実に沢山の人が集まって結構な騒ぎになっていたので仕方がありません。でも、私が最後に見たレアンドラ様が船に乗り込む小さな小さな後ろ姿というのは寂しい限りです。


「それに彼女は強いし優秀だ。結婚出来なかったとしても魔法で食って行ける。商売だって出来るんじゃねえかな? あとは慣れだ。傅かれることに慣れた彼女には苦労も多い。けど、あのレアンドラは人を人と思わないゲームのレアンドラとは全くの別物だった。下手に偉ぶったりして逆に虐げられたりはしないだろう。だから心配するだけ無駄だ」


 頭の上から降り注ぐその声はとても優しく、肩を抱くその腕は力強く頼り甲斐があります。密かに波打つ心音は穏やかで心地良く、男らしい汗の匂いには何故か安らぎを覚えていました。


 彼と一緒に居ると安心する。


「でもさ――――寂しいよな」


 え?


「仲良かったもんな。羨ましいぐらい楽しそうだったもんな。寂しくないわけないよな」


 驚いて顔を上げると、レオンハルトは穏やかに笑っていました。


「友達って案外表面的な付き合いが多いけど、エリミア達はきっとホンモノの友達だったと思う。血が繋がっているわけじゃないのにずっと悩んでたもんな。レアンドラのことでさ。君達が友達じゃないなんて誰も言わないし言わせない。だからさ――――」


 うん。そうだよ。レアンドラ様もアリエル様もリリア様も親友だよ。だから寂しい。当たり前じゃない。今さら何言ってんの? 何が言いたいの?


「泣けよ」


 え!?


「泣きたい時には泣けよ。我慢しないでおもいっきり。誰にも言わないから」


 我慢してる? 私が?


「泣けよ。俺が傍に居るから」


 優しく優しいその声は、私の涙腺を壊してしまいました。






 婚約者の胸の中で思い切り泣いた私は今、横抱きにされる形で彼の足、と言うより腿の間に座っています。頭は彼の左胸にぴったりとくっつき、腰は彼の左腕でがっちりと固められ、右手は彼の右手の中です。唯一自由になる左手で若干の抵抗を試みるものの、普段鍛えている男の人と女の私では筋肉の絶対量が違いますからね。徒労と言うものです。

 いえ、レオンハルトは嫌と言えば絶対しません。私がノーと言えてないだけなんですが、あれですよ。そのぉ……お礼です。慰めて貰ったお礼をしているだけです。年頃の男の子はこういうことをしたいものですからね。彼へのご褒美です。だから、私が甘えてるとか、イチャイチャしたいだけなんてことは絶対にありません。レオンハルトが望んでるだけです。そうったらそうです。


「……大変だったんだ」

「そうでもないよ。外で遊べないことは不満だったけど、無理しなきゃ痛いとか苦しいとかなかったし、手術は自分でするもんじゃないしね。今考えると俺より両親や姉貴の方がよっぽど辛い思いをしていたと思う」

「でも一生の半分以上を病院で過ごして旅行一つ行けないなんて……。走るのも泳ぐのもダメで長時間座っていることすら出来なかったんでしょう? その上高校生で……」


 前世のレオンハルトがそんな重病だったなんて……健康なのに不健康なオタクライフを過ごしていた自分が情けなくなります。


「落ち込むなよ。話したいことはそんなことじゃないんだから」

「話したいこと?」


 恋人、婚約者としてお喋りしてるだけじゃなかったの?


「だからさ。嬉しかったんだ。転生して健康で走り回れる身体が手に入って。剣術始めたのなんかゲームだって気付く前だったし。おまけに攻略キャラのハイスペックだろ? もうこれでもかってぐらい鍛えまくった。強くなるのがホント楽しくてさ」


 ……私の質問どっか行っちゃった。


「勉強もさ、長時間座って本を読んでても全然平気だし、やっぱりハイスペックでどんどん頭に入って来るし、やってて楽しかった。二度目の人生楽しいことだらけ。神様ありがとう。なんて本気で思ってた」


 この論調だと今は違うってこと? レオンハルトは学園卒業して直ぐ国王騎士団に入れるし、そのうち近衛にも成れる。出世コースの真ん中を歩けるし、一応彼女、婚約者も出来て人生バラ色のままじゃないの?


「学園に入ってからもやっぱり楽しかった。レベルは低いけど授業はちゃんと受けられるし、男子寮はむさ苦しいけどその分バカなことやる奴も多いしさ。どうしようもないイタズラやったり逆に魔法や歴史ついて真剣に議論したり、所謂学園生活ってヤツは本当に楽しかった。でもさ――――」


 そこまで話したレオンハルトは胸の中から見上げる私と目を合わせました。優しさと真剣さを宿した黒い瞳の奥からは、なにやら強い決意が滲んでいます。


「生きるってそんな簡単なことじゃなかったんだよな」


 生きる? なんか、重い話?


「騎士として幾ら強くても、学校の成績が幾ら良くても、友達と過ごす時間が幾ら楽しくても、人間それで生きられるわけじゃないんだよな」

「難しく考えることないと思う。レオンハルトのやりたいようにやれば、貴方が楽しければ良いと思う」


 勿論、女性の職場が極端に少ないこの国、世界では旦那に働いて貰わなければ困りますが、それはそれ、これはこれです。趣味だろうと仕事だろうと、やりたい、楽しいという気持ちは必要です。


「うん。まあそういうことなんだけどそうじゃなくてさ、なんて言うか……そうだなぁ。やりたいこと、と言うか……好きなこと、あ! 大事。俺にとって大事なことじゃなかったんだよ」

「……何が?」


 話が見えなくなっちゃったよ?


「騎士になることも知識を得ることもダチと遊ぶことも」

「全部?」

「うん全部」


 全部大事じゃないって……それってもしかして、鬱病? そうだよね。全部どうでも良くなってやる気が起きないって鬱病だもんね。二度の人生で初めて出来た彼氏が鬱病?


「全部俺の大事なモノじゃなかった。それに気付いたのは一年ちょっと前かな」


 一年ちょっと鬱病だったってこと?


「今の俺に一番大事、大切なモノは――――」


 何? なんか顔が近くない?


「エリミア。君だ」

「へ?」


 エリミア? 君? エリミアって私? 私がなんだっけ? エリミアがどうなんだっけ?


「君を愛する為に俺は生きたい」

「……レオンハルト……」


 ずっと掴まれていた右手が解放されたと思ったら、レオンハルトの右手が私の頬を撫でます。互いに互いの瞳しか見えない距離まで近付いた二人は囁き合いました。


「愛してるよエリミア」

「私も大好き」


 そのあと私が息苦しくなったことまで話す必要はありませんよね?






 これで完結とお思いの方もいると思いますが、まだ続きます。寧ろ、ここからの展開にご注意下さい、

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