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#36.二人の切り札

「――――机の端に置かれたそれをわたくしが手に取ると、「何をしている!」と慌てたような怒声が後ろから聞こえて来ました。振り向くとそこに居たのは父、ダン・グレンデスです。怒った父はわたくしから奪うように小瓶を取り上げ、それを机の引き出しに閉まいました。その慌てた様子は何か大きなことを隠しているように見えましたわ。それから父は勝手に書斎に入ったことには何も仰らず、「出て行け」とだけ冷たく言い放ちました。まだ子供の時分ではございましたが、その時の父が何かおかしかったのは理解出来ましたわ」


 ダン・グレンデスの実の娘レアンドラ・グレンデスが淡々と証言すると、弁護側弁論人である革新派貴族のロング男爵が反論する。


「しかしレアンドラ嬢、貴女は当時九歳だ。そうハッキリ断言出来ますかな?」

「レアンドラ嬢の証言は実に詳細だ。この証言は充分に信憑性がある」


 弁護側が挟んだ疑問に直ぐ様反論したのは検察側弁論人のモルデューク子爵という保守派貴族だ。弁論人二人と証人とでやり取りする。これが大法廷の本来の姿である。


「わたくしは公爵家の娘です。怒られることはおろか、食事以外で父と顔を合わせることは年に数えられる程しかございません。書斎に忍び込み怒られた日のことなら鮮明に記憶しております」


 レアンドラが父の書斎に入って肺血香の小瓶を見つけたのは偶然ではない。彼女はその可能性を知っていたから忍び込んで小瓶を入れ替えようとしたのだ。無論その目論見は失敗に終わってしまったわけだが、もし成功していたら……。


「その時見た小瓶は肺血香でしたか?」

「中身が肺血香だったかどうかは判りませんが、リドガルド陛下が亡くなる数日前、父が肺血香とおぼしき小瓶を持っていたのは間違いありません」

「ラファエル様が昨日仰っていた通り、肺血香と白桃香は見た目区別がつきませぬ。それが白桃香であった可能性は否定出来ませぬ」

「なら何故、グレンデス公爵は慌ててその瓶を隠す――――」


 初日から一転して粛々と審理が進行している理由は二つある。一つは、ラルフェルトが全権委任をしてラファエルが裁くことが決まった時点で、グレンデス公爵の周りから殆どの貴族が逃げ出したということ。二つ目は、レアンドラ・グレンデスが証言台に立ち、冒頭から「父、ダン・グレンデスは国家に仇なす大罪人」と証言したことによる。

 大法廷での宣誓証言は重い。嘗て大法廷で偽証をしてだけで死罪となった侯爵が実在した程である。それに加え、レアンドラ・グレンデスがまだグレンデス公爵家の人間であるという事実が重要だ。ダン・グレンデスに掛かっている容疑は先王の暗殺というこれ以上ないぐらいの大罪である。連座制のあるブラーツでは一族郎党死罪となっても何ら不思議はない。勿論レアンドラも。


 自らに降り掛かる罪を自らで証言する。


 そういった証言はより一掃重視される。要するに、レアンドラ・グレンデスが証言台に立った時点でダン・グレンデスの有罪は確定したに等しい。故に審理は粛々と進行する。ダン・グレンデスを断頭台に乗せる為に。


「――――先王陛下崩御の数日後、「さっさと探し出せ!」と騎士達を怒鳴り付ける父を見ました。今思うとあれはフィオナ・ルオール様を探していたのだと思いますわ」

「皆様ご理解頂けておりますでしょうが、グレンデス公爵にはフィオナ・ルオールを殺す動機がございます。それは無論口封じ――――」


 恨みとも取れる強い視線を父親に送りながら証言台で淡々と語るレアンドラ。そんな彼女を国王の椅子から見下ろすラファエルは違和感を覚えていた。いや、これはあの夜、フィオナの日記を持ったレアンドラがもう一人の切り札を連れて王宮を訪ねて来たあの夜から彼が感じていた違和感だ。

 ただ、違和感は違和感。それ以外表現しようがない。敢えて上げるなら今の彼女からはいつもの堂々とした風格が感じられないと言ったところだが、違和感の正体がそれかと問われたら是とは言えない。モヤモヤとした感覚に引き摺られていたラファエルだが、考えるだけ無駄と思考を切った。


 しかし次に考えたのもまたレアンドラのことだった。

 証言台に立つ代わりに彼女は二つ条件を付けた。一つは、大法廷から彼女が実際に刑罰を受けるまで王家がレアンドラの身の安全を保障すること。もう一つはその期間に一度だけ王都西の森まで遠乗りをすること。

 最初の条件は何の不思議もない。革新派貴族からすれば彼女は裏切者。「お礼参り」を避ける必要がある。酌量されて死罪にならない筈の彼女が殺されてしまうのはラファエルとしても看過出来ることではない。

 不思議なのは二つ目だ。国外追放される見込みの高いレアンドラが思い入れの高い場所に行きたいと言い出すのは理解出来る。また乗馬は貴族令嬢の嗜みだ。得手不得手はあってもレアンドラは馬に乗れる。しかし、王都西の森は険しく深い。貴族令嬢が遠乗りで出掛ける場所としては不適切だ。それどころか、未熟な手綱さばきでは事故が起き兼ねない場所である。何か思い出のある場所なのだろうか?


 そこまで考えてラファエルは気が付いた。


 ――私はレアンドラのことを殆ど知らない。

 十年以上婚約者という関係でありながら、改めて考えてみるとお互い相手のことを殆ど知らない。それは学園入学までレアンドラが私との接触を避けていた為だろうが、それを差し引いても彼女には謎が多い。

 いつだったか、レアンドラから聞いた「病死に見える毒」の話。私が先王陛下暗殺の真実にたどり着けたのはあの話が切っ掛けだった。裏を取るにはかなりの時間を擁したが、決め手はなくとも全体像が掴めたのは彼女の……違う。私がマリアに惹かれてもレアンドラは何も言わなかった。グレンデスを潰すと決められたのは私が彼女にそこまで思い入れがないからだ。そして決め手を持って来たのも彼女。もしかして、全て計算づく? いや、流石にそれは荒唐無稽――


 ラファエルの思考はそこで遮られた。レアンドラの証言が終わり、次の証人が呼ばれたからだ。その証人は確実に導く。ダン・グレンデスを断頭台へ。


「フィオナ・ルオール。証言台へ」






 レアンドラ・グレンデスとフィオナ・ルオール。この二人の証言で、ダン・グレンデスは国王暗殺の国家転覆罪で有罪、死刑が確定した。彼にはそれ以外の罪状、横領、背任、脱税、密輸等おぞましい数の余罪があったが、それを全て大法廷で審議してはいられない。最も重い罪である先王の暗殺が有罪とされたところで彼に対する審理は終わった。

 その後法廷は本来の開催用件であるオズワルド・キッシュの審理に移ったわけだが、彼がマリア落胤説を知っていたことは証明出来ず、事実認定はなされないままに大法廷はその幕を閉じた。


 その閉幕直後の夕方の王宮に、庭を散策する一組の男女が居た。


「ラファエル様。お疲れ様でした。大変でしたね」

「ありがとうマリア。だがまだまだやることが残っている。休んでいる暇はない」


 王位の禅譲には様々な手続きが必要であり、継承式には他国の王族を招く必要がある。故に国王はまだ暫くラルフェルトのままであるが、大法廷で審議された案件に関してはラファエルにその処理が委任された。オズワルドは勿論、グレンデス公爵の余罪で逮捕される者、そして、レアンドラ他連座を受ける者。彼らの処遇はラファエルが決めることとなったのだ。


「でもこれで私達……」

「ああ。だが直ぐとは言えない」


 婚約者が居なくなり想い人が落胤と証明されたのだ。ラファエルとしては今すぐにでもマリアとの婚約を発表したいが、流石にそれは体裁が悪い。


「二ヶ月もしたら継承式を開ける。それまで待っていろ」

「二ヶ月……」


 事件の処理に一ヶ月。そこから継承の準備に最低一ヶ月。終わるまではマリアとの時間は余り持てないことがラファエルの何よりもの懸念事項だ。彼女が一人の男に尽くす女ではないことぐらい彼は理解している。しかし、王位継承の正統性という意味でも手放すわけにはいかない。


「不服か?」

「いいえ大丈夫です」


 全く信頼出来ない大丈夫を聞きながらラファエルは愛しい人を抱き締めその唇を塞いだ。


 その二か月の間にラファエルは生涯忘れ得ない経験をすることとなるのだが、この時の彼にそれが想像出来たかと問われれば答えは間違いなく否である。いや、結果的にではあるがそれは「生涯忘れ得ない経験」などではなく「生涯囚われ苦悩させ続けた体験」と言った方が正しい。正妃を迎えようとも、子供が産まれようとも、実の息子が王位を継ごうとも、ソレはラファエルを縛り続けたのだ。


 たった一度、一夜の記憶が。




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