表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/50

#35.退陣要求

 王太子の衝撃的な告発で騒然としていた大法廷。暫く怒声と罵声が飛び交う事態が起きていたわけだが、漸く落ち着き始めたその火にラファエルは油を注ぐ。今度は過去ではなく、現在そして未来に向けて。


「ダン・グレンデスは先王リドガルド陛下を暗殺した。この事実を証明する前に、私はもう一つの重大な事実を告発しなければならない」


 議場の中心、証言台の方を向いて話していたラファエルは、その場で後ろを向きこの大法廷で最も豪奢な椅子に腰掛けるその人物を見上げた。


「陛下。いや、父上。貴方はダン・グレンデスが先王陛下を暗殺したことに気付けた筈だ。何故ならば、暗殺には貴方がリドガルド陛下に送った白桃香が利用されたからだ」


 ラルフェルトの贈り物が先王の暗殺に利用された。この言葉で、貴族の大半がダン・グレンデスが現国王を傀儡に出来た理由が理解出来た。ラルフェルトを暗殺犯に仕立て上げそれを隠蔽することで影から国王を操れる状況を造り上げたのだと。

 これで長年の謎が解けたわけだが、同時に大きな問題が浮上する。ラルフェルトに暗殺の意思などない。白桃香は無害な香水なのだから暗殺に使われたのはラルフェルトが送ったのとは別のモノであった筈だ。なのに何故、ラルフェルトは反論せずに傀儡と成り下がったのか。証拠の無い脅しに屈したのだとしたら、もしかしてこの愚王は本当に愚王なのではないか? 臣下達はどうしようもない程の不安に刈られた。それがラファエルの狙い通りだとは知らずに。


「ダン・グレンデスが先王の暗殺に用いたのは肺血香という香水だ。その原料になる白桃香は仄かに桃のような香りがするだけの普通の香水だが、白桃香を特殊な魔法を用いて濃縮すると肺血香という香水になる。見た目は白桃香と変わらないのそれを嗅いで一晩経つと、肺病を患ったように吐血して死に至る。

 この肺血香の存在すら知っていれば、陛下はグレンデス公を糾弾出来た筈。リドガルド陛下の不審な死。それを疑問に思い追及する姿勢さえあれば、この巨悪の勝手を赦すこともなかった」


 怒り、そして恨みを込めたラファエルの声だけが議場に響く。まだ証明されていない暗殺を事実のように語っているのにも関わらずそれに口を挟む者はいない。いや、挟みたくても挟めないのだろう。王太子の気迫に圧倒されて。


 そして、最大限に語気を強めたラファエルの演説はこの大法廷の一番の“肝”に入った。


「ラルフェルト陛下。貴方にはこの件から下りて頂きたい。いや、その椅子からも下りて頂きたい。

 王太子ラファエル・グエン・ブラーツは、ブラーツ王国第三十一代国王ラルフェルト・グエン・ブラーツ陛下の退陣を要求する」


 当たり前のことだが、政務に臨む姿勢に多少の怠慢があった程度で王に退陣を迫ることは出来ない。ましてやラファエルの話では、ラルフェルトは先王陛下の死因について疑問を挟まなかっただけである。退陣などする必要は全くない。

 しかし議場に居る者の大半が気付いている。賛成反対は別として、国王の面子、王家の威信、ラルフェルトがグレンデス公爵を追い詰める危険性、ラルフェルトの為政者としての能力、総合して鑑みるに、ラファエルは本気で退陣を要求していると。


 それを知っているとあれば、今までが嘘のような騒ぎが起こるのは必然だろう。当然声高に反対を叫ぶグレンデス公爵とその近衆に、今すぐ退陣すべきと主張する保守派。ラファエルは若すぎるのではという声もあれば、陛下は頼りないなど失礼極まりない発言なんかもある。罵声怒声は当たり前、殴り合いが始まらないのが奇跡。総じて言えば、議場は今大混乱している。

 ただこの混乱には余り意味が無い。臣下がどんな結論を出そうと、国王を辞めさせることは出来ないからだ。国王を辞めさせられるのは国王のみ。ラルフェルト自身が決断しなければこの騒動に決着はないのである。

 故に、ラルフェルトに対して「優柔不断」という評価を下していた貴族達は次に起きた事態に驚愕した。


 ラファエルの退陣要求から僅か数分、突然ラルフェルトが立ち上がった。国王が起立をしたらその場に居る全員が起立もしくは床に跪かなければならない。混乱の最中にあった議場では反応が遅れた者が無数にいたが、十秒も経ずに大法廷には静寂が満ちた。流石に絶対の礼儀を弁えない者は流石に居なかったのだ。


「我、ラルフェルト・グエン・ブラーツは、王太子ラファエル・グエン・ブラーツに速やかに王位を委譲することを宣言する。

 この大法廷に於いては、今すぐラファエル・グエン・ブラーツに全権を委譲することとする」


 これにはラファエルも驚いた。ラルフェルトが王位に執着することはないと踏んではいたが、実際に委譲するには貴族達が退陣を願っているという事実が必要だと思っていたからだ。ラルフェルトの全権委任はラファエルの予測より遥かに早かった。だがこれは前進である。予想外ではあるが順調なことに変わりはない。


 ――あとは奴を追い詰めるだけ――


 簡略化した引き継ぎの儀式のあと議場から去るラルフェルトが最敬礼で見送られ、ラファエルは国王の椅子に座った。高さはそれほど変わらないのに今までとは全く違く見える景色に震えを覚えながら、最高権力者として最初の言葉を放つ。


「ダン・グレンデス。今すぐ全てを告白するのなら、酌量の余地があるぞ」






 大法廷はその後、全権委任を受けたラファエルと革新派の一部に守られたグレンデス公爵との攻防に移った。しかし、肺血香の存在を証明しただけで時刻は正子に近付き、巨悪を追い詰めるのは翌日に持ち越しとなったのだ。


「やはり一日では無理だったか。さて、明日はどうなるやら」


 太子の間の主室のソファーに身を投げながらラファエルは嘆息した。

 開催期限はないのだから時間切れの心配は要らないが、数時間でも仕切り直しは議場の空気を大きく変える。当初から一日で終わるとは思っていなかったラファエルだが、明日の議場の風向きを心配するのは当然のことだ。


「問題無いでしょう。一番の懸念事項は王位の禅譲だったのですから。グレンデス公爵を追い詰める証拠は無数にありますし、キッシュに関しては大法廷で裁く必要もない」

「そう甘くはなかろう。間接的な証拠は無数にあるが、奴が肺血香を使ったという証拠は一つもないのだ」


 それでも、グレンデスを追い詰めるには充分な証拠をラファエルは確保している。何しろ明日証言台に立つのは――――。


「まあそうですが……そちらの報告書は?」


 ラファエルに早く休んで貰いたいサリムは主の気を大法廷から逸らすために話題を変えた。


「これか? 読んでみろ」


 ソファーテーブルの上にあった書類を掴んだラファエルは、おもむろにそれを側近に渡す。そして、直ぐに目を通したサリムは、


「……ヘムダーズの第一艦隊が出撃!?」


 余りの事態に驚愕した。ヘムダーズの第一艦隊と言えば世界最強と名高い大艦隊だ。その報告書には目標が記されていないが、相当な重装備であることは間違いない。もしその標的がブラーツだったとしたら……。


「順当に考えればノバーノに侵攻を開始したということでしょうが……」


 サリムの言うノバーノとはノバーノ・ラーダ神王国。南の大陸の南岸に在るその国は三大国に次いで大きな国であり、世界一の大国ヘムダーズと言えども容易に滅ぼせる国ではない。


「ヘムダーズからノバーノに攻め入るなら陸路が常道だ。大陸の北岸から南岸まで回り込むのは無駄が多過ぎる。それに、第一艦隊は元々中海の治安維持が主任務。初手からノバーノに出すことはないだろう」


 聞けば聞くほど危機感を覚えるサリムだが、主は平然としている。何故、と口に出す前に当人から答えが返ってきた。


「ステファノス帝は策略家だ。第一艦隊が幾ら強かろうとブラーツやレイダムを落とすのに十数年から数十年掛かることぐらいは理解している」


 ヘムダーズとブラーツが戦争を始めればレイダムが、ヘムダーズとレイダムが戦争を始めればブラーツが、レイダムとブラーツが戦争を始めればヘムダーズが、それぞれ利することになる。大国が三つあるから大国は大国。この常識は正しい。真っ正面から派閥争いが起きているブラーツも、ヘムダーズとレイダムが戦争を始めたら団結して国益の為に動くだろう。サリムもそれは理解している。しかし、


「だったら何故?」

「国内の不穏分子を洗い出すことだろう」

「国内の不穏分子……どうやって?」

「旗艦を見てみろ」


 サリムは手元の報告書にもう一度目を通す。そこには「旗艦ヘムダリウス」こう記されていた。


「ヘムダリウスは王族以外使えない。そして恐らく――――皇帝本人が乗っている」


 成る程。とサリムは頷いた。皇帝が居ない間に動き出した不穏分子を一掃し、今度は陸路から本気でノバーノに攻める。賢帝とも称されるステファノフスならば充分に考えそうなことだ。

 この考えも間違ってはいない。皇帝の狙いが他にもあることを除けば。


「推測でしかないがな」

「間違っていたとしても今考える必要はありません。今日はもう寝て下さい。明日も大変ですよ」

「……ああ」


 側近の強引な勧めに少なくない疲労感を覚えていたラファエルは素直に従った。






 翌日。大法廷が再開され冒頭に呼ばれた証人を見て諸悪の根元が激怒した。


「っっの裏切者が!!!」


 二日目の証言台に最初に立ったのは、真紅の髪を持つ絶世の美女だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ